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オーケストラ・アンサンブル金沢第18回北陸新人登竜門コンサート〈声楽部門〉
2019年5月19日 (日)15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) メンデルスゾーン/交響曲 第4番イ長調, op.90「イタリア」
2) モーツァルト/モテット「踊れ喜べ、汝幸いなる魂よ」K. 165
3) ドニゼッティ/歌劇「アンナ・ボレーナ」〜このような手に負えぬ炎は
4) ベッリーニ/歌劇「カプレーティ家とモンテッキ家」〜ああ、幾たびか
5) ドニゼッティ/歌劇「ラ・ファヴォリータ」〜私のフェルナンド

●演奏
川瀬賢太郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:水谷晃)
山下千愛*1, 橋美咲*4(ソプラノ), 前澤歌穂*3, 高野百合絵*5(メゾソプラノ)



Review by 管理人hs  

北陸にゆかりの新進演奏家が,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)と共演する,北陸新人登竜門コンサート。今年は声楽部門で,次の4人の女声歌手が登場しました。バランス良く福井,石川,富山の各県出身者が揃いました。

  • 山下千愛(ソプラノ)福井県出身
  • 前澤歌穂(メゾソプラノ)石川県出身
  • 橋美咲(ソプラノ)富山県出身
  • 高野百合絵(メゾソプラノ)富山県出身

指揮は,OEKの常任客演指揮者の川瀬賢太郎さん。川瀬さんがこのコンサートの指揮をするのは,今回が初めてのことです。


まず,何より今年は女声歌手4人が次々と登場したこともあり,過去のこのコンサートの中でも最高の華やかさがあった気がしました。そして,4人の歌手が競うように,非常にレベルの高い歌唱を聞かせてくれました。ブラーヴォの複数形のブラーヴィ!という公演だったと思います。今回から,「管・打・声楽部門」から「声楽部門」に部門が組み替えられたのですが,その効果が十分出ていた気がしました。

今回歌われたアリアが,比較的よく演奏される,ヴェルディとプッチーニ以外の作品ばかりだったのも良かったですね。山下さんの歌ったモーツァルトのモテット「踊れ喜べ、汝幸いなる魂よ」はOEKも何回か演奏していますが,ドニゼッティとベルリーニについては,石川県では聞く機会が多くありません。今回,イタリアのベルカント・オペラのコアと言っても良い,この2人の作曲家のアリアをじっくり聞けたのが特に良かったと思いました。

後半,最初に登場したのは,山下千愛さんでした。川瀬さん指揮OEKによる暖かみのある序奏の後,瑞々しい声が続きました。OEKと森麻季さんとの共演でこの曲を聞いた時の非常に艶っぽい雰囲気(特に第2楽章)とは一味違い,取れたての新鮮な野菜を食べるような新鮮さを感じました。

続いて,前澤歌穂さんが登場し,ドニゼッティのアリアを歌いました。モーツァルトに比べると曲全体にドラマがあり,前澤さんの声にも威力と艶がありました。音楽堂コンサートホールは,とても響きの良いホールですが,伸びやかな声がビンビンと響く感じでした。明るい透明感もあり,イタリア・オペラの雰囲気にぴったりだと思いました。これから声がさらに成熟していくと,さらに素晴らしいメゾ・ソプラノになっていくのでは,と思いました。

橋美咲さんの歌からは,作品に込められた情感の陰影がしっかり伝わってきました。「カプレーティ家とモンテッキ家」ということで,「ロメオとジュリエット」と同様の物語とのことでした。曲のいたるところで,ホルンやハープの聞かせどころが存分にあり,特に良い曲だなぁと思いました。金星さんのホルンの甘くくすんだ感じも素晴らしかったのですが,ハープのソロのような部分があったのが,特に印象的でした。橋さんの歌は,この雰囲気にぴったりのドラマを秘めており大変魅力的でした。

トリに登場した高野百合絵さんは,長身・長髪の方で,まず,ステージに登場した瞬間からプリマドンナといった華やかさが伝わってきました。「何かドラマが始まる...」といった静かな迫力を持った前半では,その深い声に惹かれました。後半はテンポアップし,ドラマが大きく盛り上がります。その伸びやかさのある声に浸りながら,オペラそのものを観ているようだ,と感じました。

石川県でベルリーニやドニゼッティの作品が演奏される機会は少ないのですが,今回のお客さんの反応はとても良かったですね。是非一度,OEKの演奏で,今回登場した若手歌手たちの歌でオペラの全曲演奏を聞いてみたいものだと思いました。

前半,川瀬賢太郎さん指揮で演奏された,メンデルスゾーンの「イタリア」交響曲が楽しめたのは言うまでもありません。後半に歌われたアリアがイタリア・オペラ中心ということで,これに合わせる選曲だったのだと思います。川瀬さんは,2月の定期公演でもメンデルスゾーンの「夏の夜の夢」を指揮されていますがが,メンデルスゾーンの曲の持つ,清新さにぴったりの指揮者だと改めて思いました。川瀬さんの指揮には,いつも嘘がなく,その曲の良さをストレート,かつ,しなやかに伝えてくれるのが良いですね。

第1楽章,パンと強くしなやかに音楽が始まると,一気に「イタリア」気分に。非常に流れの良い演奏でしたが,ダラダラと流れるのではなく,ピリッと締まった感じがするのも川瀬さんらしいところです。第2主題でニュアンスがすっと変わるデリケートさも素晴らしいと思いました。

第2楽章には,たっぷりとした滑らかさとほの暗い静けさがありました。大きな流線形を描くようなスケールの大きさを感じました。第3楽章では,軽く滑らかな流れが,気持ち良く流れていきました。トリオでのホルンの,大げさになり過ぎず,じっくりと聞かせる演奏も良いなぁと思いました。

第4楽章はキリリと締まっていました。力感がある一方,細かい強弱もしっかり付けられており,申し分ない「イタリア」という感じでした。この楽章ではフルートが印象的ですが,いつものことながら松木さんの演奏が鮮やかでした。展開部での,色々なフレーズが鮮やかに浮かび上がっては消えていく感じも良いなぁと思いました。

この曲には,旅する人の色々な旅情が込められた「イタリア旅行記」的な気分がありますが,その旅情をストレートかつ爽やかに再現してくれた演奏だったと思います。曲の魅力にしっかり浸ることができました。この日の金沢は爽やかな快晴。街並みは新緑に包まれていました。その気分とぴったりのイタリア気分を楽しませてくれた,素晴らしい演奏会でした。

(2019/05/25)





公演の立看板