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オーケストラ・アンサンブル金沢 小松定期公演春:茂木大輔が贈るベートーヴェン
2019年6月4日(火)19:00〜 こまつ芸術劇場うらら大ホール

ベートーヴェン/バレエ音楽「プロメテウスの創造物」op.43〜序曲,イントロダクション,第5曲アダージョ,第16曲フィナーレ
ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調,op.55「英雄」
(アンコール)シュトラウス,ヨハン&ヨーゼフ/ピチカート・ポルカ

●演奏
茂木大輔指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:松浦奈々)
お話:茂木大輔



Review by 管理人hs  

こまつ芸術劇場うららで行われた,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)小松定期公演・春を聞いてきました。「平日夜の小松」ということで,仕事の後,金沢から出向くのは少々大変でしたが,茂木大輔さんのトークと指揮を楽しみに出かけてきました。


到着したのは18:30頃でした。

茂木さんのお話によると,3月にNHK交響楽団の首席オーボエ奏者を定年退職された後,4月以降は,指揮者一本で活動されているそうです。指揮者として依頼を受けて指揮台に立つのは,この日が初めてとのことで,少々大げさですが「第2の人生(?)」の門出の演奏会といえます。

記念すべき演奏会ということもあり,今回のプログラムは,以前から茂木さんが「やってみたかった」ものでした。ベートーヴェンの「英雄」交響曲と同じくベートーヴェンのバレエ音楽「プロメテウスの創造物」(抜粋)を組み合わせ,茂木さんの解説付きで楽しもうという内容でした。

私が中学生の頃,NHK-FMでは,音楽評論家の金子建志さんが「ちょっと聞いてみましょう」と曲の部分を聞きながら解説をするような,クラシック音楽の番組がありましたが,そういう雰囲気とちょっと似た感じがあったと思いました。「英雄」の第2楽章の解説の時,ゴセックの葬送行進曲という珍しい曲を参考音源として聞かせていただきましたが,こういう聞き比べは大好きです。

私自身,そういう放送を聞きながら,クラシック音楽に「ハマって」いったので,この日のトーク&演奏を聞いて,クラシック音楽って面白いものだな,と思う若者も出てきて欲しいと思いました(この日は,地元の中学or高校生がかなり沢山聴きに来ていました)。

今回演奏された2曲は,「英雄」の最終楽章に,「プロメテウス」の終曲のメロディが大々的に登場する点でつながりがあります。ベートーヴェンのお気に入りのメロディということになります。

この日は開演前の18:30頃から茂木さんによるプレトークがあり,まず,「プロメテウスの創造物」についての解説がありました。ベートーヴェン作曲のバレエというのは,かなり珍しい印象がありますが,実は当時の人気曲で,ベートーヴェンの生前,何回も演奏されていたということなどが紹介されました。



「プロメテウス」の音楽の中では,序曲だけは何回か聞いたことがあります。この日の演奏は,ズシッとした手応えのある和音で始まった後,「神の国から火を盗み出して逃走するプロメテウス」といった疾走感のある音楽が続きました。不気味な嵐を思わせるイントロダクションの後,第5曲「アダージョ」が演奏されました。この曲が特に聞きものだったと思います。

茂木さんのトークの中で,ベートーヴェンの曲の中で唯一ハープが出てくる曲という「トリビア」が紹介されましたが,このハープと絡み合うように,フルート,ファゴット,クラリネットそしてチェロが大活躍します。OEKのメンバーを全部覚えているようファン(私のことです)にとっては,大変うれしい演奏でした。ちなみにフルートは松木さん,ファゴットは柳浦さん,クラリネットは遠藤さん,チェロがカンタさんでした。

茂木さんは,「この部分は,チェロ協奏曲のような感じ」と語っていたとおり,カンタさんのチェロの高音が相変わらず美しかったですね。

第16曲フィナーレは,バレエの終曲ということで,登場人物が次々登場して踊るイメージの曲で,何回も同じメロディが繰り返し出てきました。「英雄」の方は,変奏曲形式でどんどん姿を変えていきますので,それを聞いた後だと,「なかなか先に進まない」感がなきにしもあらずでしたが,オリジナルの形を聞けたのは大変貴重な機会でした。

その後,「英雄」交響曲の各楽章の冒頭部をOEKの実演付きで紹介しながら,茂木さんが解説をしました。今回のプログラム・リーフレットの曲目解説も茂木さんが書かれていましたが,それと読みながら聞いたので,茂木さんの考えている「英雄」像がとても良く分かりました。

その後,休憩をはさみ,後半,「英雄」交響曲の全曲が演奏されました。全体にかなり速いテンポで演奏されており,一言でいうと「剛毅」な「英雄」だったと思います。茂木さんの書かれた解説によると,第1楽章は「戦場の英雄」ということで,あちこち戦況を見回っている英雄という感じがしました。個人的には,大河のように悠々と流れるような第1楽章も好きなのですが,血気盛んな若々しい英雄も良いなと思いました。呈示部の後の繰り返しは行っていませんでしたが,「前へ前へ」という推進力がさらに強調されていたと思いました。

第2楽章も速目のテンポでした。一般的な,葬送行進曲のイメージよりはもう少し軽くさらっとした印象でした。が,中盤以降,ティンパニやトランペットを交えての盛り上がりが素晴らしく(小松のホールだと特に音がよく聞こえます),全曲のクライマックスがこの辺にあったように感じました。ちなみにこの日のティンパニは,お馴染みの菅原淳さんでした。

茂木さんの解説によると,この楽章は,「ナポレオンの葬儀用ではなく,革命での犠牲者を悼むための大セレモニー用の吹奏楽曲」をイメージして作られたとのことでした。当時,こういうセレモニーが頻繁に行われていたことなどを考えると,非常に生々しく,実用的な音楽に思えてきました。

第3楽章には,いかにもドイツ風の雰囲気がありました。キビキビとした率直さが心地良く感じました。中間部でのホルンも力強かったですね。

そして,「プロメテウス」が再度登場してきたような第4楽章。やはり,いつも馴染んでいるこちらの方が良いですね。この楽章も全体的に速目のテンポでした。フルートの松木さんの演奏がここでも大変鮮やかでした。その一方,コーダの部分は慌てることなく,威厳たっぷりに締めてくれました。

岩城宏之さんが何かのエッセーで,「この部分は速すぎない方が良い。弦楽器の音が美しく聞こえるぐらいのテンポが良い」と書いていたのを読んで以来,「なるほど。そのとおり」と思っているのですが,この日の茂木さんの演奏はその雰囲気に通じるものがあると感じました。

茂木さんは「プロメテウス」の音楽を「英雄」の最終楽章で使っていることについて,「芸術の素晴らしさをたたえている」と言われていました。そのとおりだな,と思いました。

アンコールは何かな?とあれこれ予想していたのですが...「英雄」とは関係なく,シュトラウスのピチカート・ポルカが実に味わい深く演奏されました。

演奏会に行く前は,まだ週のはじめの火曜日にもかかわらず,少々疲れ気味だったのですが,バシッと締まった「英雄」を聞いて,一気に気力が回復しました。今後もきっと,茂木さんとOEKが共演する機会があると良いと思います。演奏会の企画面でも(ファンタスティックシリーズとかどうでしょうか?)協力していただけると良いのでは,と思いました。

PS. 茂木さんといえば,NHK交響楽団のオーボエ奏者のイメージが強いのですが(やはりテレビの力は偉大です),小松といえば,元NHK交響楽団のオーボエ奏者だった北島さんの出身地でもありますね。不思議な因縁を感じました。

また,茂木さんは,若い頃からOEKのオーボエ奏者の水谷さんとも親交があったはずです(茂木さんの書かれた「音楽武者修行」的なエッセーの中に水谷さんの名前を見かけたことがあります)。「英雄」は第2楽章をはじめオーボエが大活躍しますが,この曲の時は水谷さんが第1オーボエだったので,茂木さんの指揮のもとで水谷さんが演奏したということになります。こういうつながりにも,感慨深いものがあったかもしれませんね。

(2019/06/07)




公演のポスター


この日は,せっかくの機会だったので,桟敷席に座ってみました。


この提灯もおなじみですね。