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第32回県教弘クラシックコンサート
2019年6月15日(土)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲, K.492
2) 新垣隆/ピアノ協奏曲「新生」
3) (アンコール)新垣隆/小熊のワルツ
4) シューベルト/交響曲第5番変ロ長調, D.485
5) (アンコール)チャイコフスキー/アンダンテ・カンタービレ(弦楽合奏版)

●演奏
沖澤のどか指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)*1-2,4-5
新垣隆(ピアノ*2-3)



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の設立当初からこの時期に行われている,県教弘クラシックコンサートを聞いてきました。今回で32回目ということになります。無料の演奏会なのですが,毎回,整理券をもらう必要があることもあり,実はこれまでほとんど行ったことのない演奏会でした。

今年は,昨年の東京国際音楽コンクール(指揮者)で第1位を取った注目の若手指揮者,沖澤のどかさんが登場すること,そして,才能豊かな作曲家,新垣隆さんの作品が自身のピアノで演奏されるということで,整理券を応募し,聞きに行くことにしました。実は,沖澤さんについては,井上道義さんによる指揮講習会の受講生だったころに一度聞いたことがあります。新垣さんについては,ガル祭の常連になりつつありますので,お二人とも金沢との縁が強いアーティストといえます。



まず最初に,非常にすっきりと心地良いテンポ感で,モーツァルトの「フィガロの結婚」序曲が演奏されました。しっかりとしたビートが効いているのも良いなぁと思いました。実は,沖澤さんがステージに登場した瞬間,「輝いているなぁ」と思いました。OEKのメンバーもそのオーラに応えるように,颯爽とした演奏を効かせてくれました。

続いて,新垣隆作曲によるピアノ協奏曲「新生」が演奏されました。この曲は,世間を騒がせた,新垣さんと佐村河内氏をめぐる「ゴーストライター事件」後に,新垣さんが作曲家としての新しいスタートを切るのに際して作られた作品です。

この事件の後,新垣さんは,この事件さえ「ネタ」にするような感じで,バラエティ番組なども含め,非常に精力的に活動の場を広げています。そのしたたかさは,本当に素晴らしいと,個人的に思ってきました。そして,新垣さんを応援する人が多いのは,新垣さんの音楽的な才能と誠実な人柄あってのことなのだと思います。

今回演奏された「新生」を聞いて,そのことを再確認しました。曲は20分ぐらいで,3つの楽章から成っているのですが,続けて演奏されますので,単一楽章とも言えます。「新生」というタイトルどおり,無機的で重苦しい雰囲気(ちょっとバルトークの曲を思わせる感じ)で始まった後,暗い情熱を秘めた,少しロマンティックな気分のあるような音楽になっていきます。この辺は,ロシアのピアノ曲に通じる親しみやすさがあると思いました。

途中,第2楽章的な部分では,抒情的な雰囲気になった後,最後はピアノの名技性をしっかり聞かせるような,活力のある音楽になりました。速い打鍵が続く部分からが第3楽章だったのだと思います。明るく晴れ渡る感じにはなりませんでしたが,苦しみの中から力強く立ち上がるような感じで曲は締められました。

まず,曲全体とした現代的で不気味な部分とロマンティックで親しみやすい気分とがバランス良く合わさっているのがさすがだと思いました。弦五部以外の管楽器については,各パート1名ずつという室内オーケストラ編成でしたので,まさにOEKと共演するのにぴったりの曲でした。

そして,新垣さんのピアノが素晴らしかったですね。第3楽章などでの,クールでキレの良い打鍵も素晴らしかったのですが,抒情的な部分での透明感のある音も素晴らしいと思いました。そのうち,新垣さんには,OEKのコンポーザー・オブ・ザー・イヤーに就任してもらい,ピアノ協奏曲第2番を作ってもらいたいぐらいだと思いました。

アンコールでは,新垣さんによる自作のピアノ曲が演奏されました。何となくサティの「ジュ・トゥ・ヴ」を思わせるような「いい曲だなぁ」と思って聞いていたのですが,後半最初の部分でのトークによると,くまモンをイメージして作った,「小熊のワルツ」とのことでした。途中,即興的に色々な「ユーモア」を入れるあたりも,新垣さんならではでした。

後半に演奏されたシューベルトの交響曲第5番は,OEKがたびたび演奏してきた作品です。まず,平成元年の4月末に行われたOEKの第1回定期公演で,天沼裕子さん指揮で演奏されています。令和元年の最初は,沖澤のどかさん指揮ということで,ちょっと不思議な縁のようなものを感じました。

個人的に大好きな曲なのですが,沖澤さんの作る音楽は,本当に率直で,スーッと音楽の魅力が伝わってきました。シューベルトやモーツァルトの曲を聞いていると,明るく純粋であるほど,ほのかに哀しさが漂ってくることがありましたが,そういう魅力的な瞬間が随所に出てくるような演奏で,この曲の理想的な演奏なのではと思いました。

第1楽章はやや速めのテンポでくっきり始まった後,弦楽器の瑞々しい響きに,フルートを中心とした管楽器が美しく絡みながら進んでいきます。さりげないけれども華やいだ気分にさせてくれるような演奏でした。時々出てくる,軽やかに音階が下がっていくようなフレーズを聞きながら,「風がスッと吹き抜けたようだ」と感じました。

第2楽章の緩徐楽章も,重苦しくなることはないのに,音楽が進むにつれて,「懐かしい思い」がどんどん募ってくるように感じました。美しさとはかなさが同居したような気分が素晴らしいと思いました。第3楽章も短調の部分と長調の部分が交錯します。その移行が大変自然でした。中間部のほんのり柔らかな気分も印象的でした。

第4楽章もこれまでの楽章同様,瑞々しく繊細な気分で進んでいきました。シューベルトらしく,美しいメロディが次々出てくるのですが,そのたびに初々しさが増していくような新鮮な魅力がありました。少し心が乱れるような「小さな嵐」のような部分もあるのですが,それが,かえって楽章全体の幸福感を増しているようにも感じました。

全曲どこを取っても瑞々しく,ストレートな美しさに溢れた素晴らしい演奏でした。

アンコールでは,チャイコフスキーのアンダンテ・カンタービレが暖かみのある音で丁寧に演奏されました。もともとは弦楽四重奏で演奏される曲ですが,コントラバス入りの弦楽合奏での演奏ということで,控えめながらゴージャスさも感じられました。

今回の公演では,シューベルトの交響曲の楽章ごとに拍手が入るなど,定期公演の時とは,違った客層だったようですが,誰もが「良いなぁ」と感じられるとても気持ちの良い演奏会だったと思います。これから,お二人の活躍の場が広がっていくことを確信した演奏会でした。

PS. 後半の最初の部分で,沖澤さんと新垣さんによる対談が行われました。沖澤さんは,指揮の雰囲気同様,とても明快で爽やかな語り口で,新垣さんから色々興味深い話題を引き出していました。その要点を紹介しましょう。

(1)前半のアンコール曲について
「クマもん」のために作った,「小熊のワルツ」という曲。「フィガロの結婚」や「小犬のワルツ」の一節を入れようとしたけれども...「うまくいきませんでした(新垣さん)」とのこと。その他,新垣さんが参加しているロックバンドのヒット曲(?)「片目で異常に恋してる」のフレーズも入れたそうです。が...この辺は,よく分かりませんでした。途中,ちょっとジャズっぽい雰囲気になっているのは分かりました。

沖澤さんからは,「ひゃくまんさんの曲も是非作ってください」というリクエストがありました。

(2)この日のプログラムについて
最初,新垣さんの「新生」を演奏することが決まっていたので,「それに合うように。また,爽やかな季節に合うように,シューベルトの5番を選んだ」(沖澤さん)。

モーツァルトの調性はニ長調,シューベルトの調性は変ロ長調。「「新生」の調性は,この両方にも関連があるのでぴったりだった。「新生」はクラシック音楽を自分なりに見直して作った曲」(新垣さん)

(3)曲にまつわるエピソードについてどう思うか?
# 「耳の聞こえない作曲家...」と沖澤さんが言うのを聞いて,新垣さんは「ドキッ」とした表情。その後,「ベートーヴェンのことですよ...」と沖澤さんが言って,会場は受けていました。

「音楽は音楽だけでできているのではない。聞き手がどういう気持ちで聞くかによって,毎日変わる。それぞれの曲は,いろいろなエピソード(情報)や歴史と関わりがある。それを含んでいるのが興味深い」(新垣さん)

「音楽の背景や歴史と一緒に聞くべきということですね」(沖澤さん)

# 音楽というのは,そんなに純粋なものではない,ということですね。もちろん,楽譜だけを見て現代の曲として演奏するのもありですが,クラシック音楽の場合,時代背景と一緒に楽しむ方が深く楽しめだということは,私も感じています。

(4)OEKについて
「OEKと共演するのは今回が初めて。ソリストの集団であり,大きな室内楽でもある。ホールという楽器をを含めて音楽を作っているのが素晴らしい」(新垣さん)

リハーサルの時に沖澤さん指揮OEKのシューベルトを聞いて,「しあわせすぎ」と新垣さんが語って,トークは終了しました。

帰宅する途中,JR金沢駅のもてなしドームの下を通ったのですが...めずらしくタペストリーが掛かっていませんでした。結構珍しいことかもしれません。


(2019/06/20)





公演のポスター

この日は新垣さんのサイン会ももありました。


「CD購入者のみ」ということで迷ったのですが,この公演は無料だったことを思い出し,入場料代わりに購入することにしました。


ジャケットの真ん中あたりにいただきました。