OEKfan > 演奏会レビュー
オーケストラ・アンサンブル金沢第417回定期公演マイスター・シリーズ
2019年7月6日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホールル

1) ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲ニ長調, op.61
2) ブラームス/セレナード第1番ニ長調, op.11

●演奏
マルク・ミンコフスキ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
クリストフ・コンツ(ヴァイオリン*1)



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の芸術監督,マルク・ミンコフスキさん指揮によるマイスター定期公演を石川県立音楽堂コンサートホールで聞いて来ました。この公演が,2019-2020シーズンのマイスター・シリーズのトリということになります。

ミンコフスキさんは,実質的には,1年前の7月末に行われた,ドビュッシーのオペラ「ペレアスとメリザンド」公演で芸術監督に就任したのですが,その後,約1年間出番がありませんでした。今回は,待望の公演ということになります。前回はオペラ公演での指揮でしたので,通常のオーケストラのみによる演奏会となると...さらに久しぶりということになります。

今回は,ブラームスのセレナード第1番ニ長調がメインプログラムでした。前半は,その気分にあわせるかのように,同じ調性で書かれたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲が演奏されました。どちらも重厚で暗いイメージのある両作曲家の作品の中では,明るく穏やかな性格を持つ曲です。本日の素晴らしい演奏を聞いて,満を持して登場したミンコフスキさんが,「OEKにぴったり」と考えて選曲したプログラムだったのだな,と改めて思いました。両曲とも45分程度かかる曲でしたので,聴きごたえも十分でした。

前半に演奏されたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲では,ソリストとしてクリストフ・コンツが登場しました。コンツさんは,ウィーン・フィルの第2ヴァイオリンの首席奏者なのですが,近年は指揮者,ソリストとしても活躍の場を広げているとのことです。ミンコフスキさんは,自分が信頼する,若いアーティストを次々と金沢に連れてきていますが,コンツさんもその一人だと思います。



コンツさんの演奏には,どの部分にも瑞々しさがありました。演奏は,非常に丁寧で,「とても育ちの良い」雰囲気がありました。第1楽章と第2楽章は,正統的で堂々たる弾きっぷり,第3楽章は若々しくキリっと演奏していましたが,急速なテンポになっても乱雑な感じにならないのが素晴らしいと思いました。

第1楽章の序奏部は,やや速めのテンポで率直に始まりました。低弦のリズムの刻みが力強く,冒頭から力感を感じました。この日は,コントラバスがステージ奥のいちばん高い場所に配置されていました。また,弦楽器メンバーは,各パート2名ずつ程度増強していました。その辺の効果が早速出ていたと思いました。第2主題の方は,対照的に非常にニュアンスが豊かでした。このように,ミンコフスキさんの指揮からは,どの部分を取っても,音楽に生気を加えるようなエネルギーの大きさを感じました。
 
こんな感じの配置。演奏会開始前に前の方に行って撮影。弦楽器は下手側から,第1ヴァイオリン,チェロ,ヴィオラ,第2ヴァイオリンの対向配置。ティンパニはバロックティンパニでした。

そのオーラが,OEKの演奏だけでなく,コンツさんの演奏にも広がっていたと思いました。コンツさんの音は,非常によく通り,しっかりと楽器が鳴っていました。丁寧でありながら伸びやかで,この楽章にぴったりの晴朗な明るさがあるのが素晴らしいと思いました。その一方,じっくりと意味深さを感じさせるような部分もあり,オーケストラの演奏と相俟って,奥深さも感じさせてくれました。

この楽章では,ファゴットも結構活躍するのですが,この日のエキストラの奏者の方のくっきりとソリストに寄り添うような演奏も素晴らしいと思いました。

カデンツァは,お馴染みのクライスラーによるもので,オーケストラの終わりの音とオーバーラップするように始まりました。凜とした弾きっぷりが素晴らしく,王者のような堂々とした輝かしさがありました。楽章の最後は,ものすごく力強い音で,気合いたっぷりに締めてくれました。

ちなみに,ミンコフスキさんには,結構,手を高く上げて指揮するような動作がありました。そのまましばらく右手を斜め上に上げたまま止めるシーンがあったのですが...これはウルトラ・マン(?)に変身するときのポーズに似ているのでは...変なことを考えながら聞いていました(古い話題で失礼しました)。

第2楽章では,まず,「意味」や「思い」がしっかりとこもったミンコフスキ指揮OEKの演奏が素晴らしいと思いました。ここでもコンツさんは,誠実かつ丁寧な演奏を聞かせてくれました。甘い感じはないけれども,耳にスッっと染みこんでいくような味わいがありました。

ほとんど間を置かずに,第3楽章になると,気分が一転しました。速めのテンポで,喜びを内に秘めた感じで始まった後,一気にエネルギーが爆発。若い奏者ならではの,前向きな運動性が感じられました。コンツさんは,バリバリとスピーディに演奏していましたが,乱暴な感じにならないのが素晴らしかったですね。ミンコフスキさんもOEKをしっかりドライブし,コンツさんと一体となった盛り上がりを作っていました。第1楽章同様,最後の音が非常にダイナミックでした。

後半に演奏された,ブラームスのセレナード第1番は,一般的には,実演で演奏される機会の少ない,ブラームスの若い時代の作品ですが,OEKは過去数回演奏しています。2016年に故オリバー・ナッセンさん指揮の定期公演でも聞いたことがありますが,今回のミンコフスキさん指揮の演奏は,さらに生気に溢れる演奏だったと思いました。

第1楽章は,低弦が支える上で,ホルンが鼻唄風のメロディを演奏して始まるのですが,まず,この雰囲気が素晴らしいと思いました。リアルに牧歌的だと思いました。上述のとおり,通常より大きめの編成だったことの効果が出ていたと思いました。その後,生き生きと野性味のある感じで進んだ後,第2主題では,対照的に滑らかで,リラックスして音楽を楽しんでいるような気分が流れていました。

印象的だったのは,楽章の最後の部分でした。ここまでは,軽快な気分が中心だったのですが,ここでは,旅の気分が終わるのを惜しむかのように,深く沈みこむ感じがありました。松木さんのフルート,遠藤さんのクラリネット...ソリスティックな演奏も聴きごたえがありました。その後,6楽章まであるのが,交響曲ではなく,セレナードらしいところです。

第2楽章はスケルツォということですが,外向的な感じはあまりないのがこの曲の特徴です。ここでも,重苦しい感じはありませんでしたが,どこか幻想的でミステリアスな気分があるのが魅力的でした。

第3楽章は,15分ぐらいある楽章で,さすがに長く感じましたが,その長さが段々と心地良さとなって感じられて来るような演奏でした。温かな音の世界にいつまでも浸っていたい...と思わせてくれました。ここでも締めの部分で,フルートが登場し,深い情感がしっかりと後に残りました。

第4楽章は,メヌエットが2つ組み合わさった楽章です(間にトリオが入るというよりは,トリオが2つあるような感じ)。この演奏もまた絶品でした。リラックスしているけれどもデリケートさがあり,ミンコフスキさんは,大切なものを慈しむような感じの音楽を聞かせてくれました。第2メヌエットでのとろけるような弦の響きも印象的でした。

第5楽章は,ホルン4本による力強い主題で始まり,前楽章と鮮やかなコントラストを作っていました。ホルン以外にもチェロやヴィオラも激しさを感じさせる演奏で,生気に溢れた楽章になっていました。

最終楽章は,第5楽章の勢いのまま,非常に生き生きとしたテンポで演奏されました。ここでもキビキビとしたリズムが特徴的で,第1楽章の気分にしっかり呼応するように,力強く全曲を締めてくれました。

この曲は,ブラームスの交響曲に比べると,演奏会で取り上げされる機会は圧倒的に少ないのですが,管楽器がソリスティックに活躍する部分が多く,楽章も変化に飛び,親しみやすい気分に溢れているので,全く退屈しませんでした。明るさとエネルギーに溢れた部分と深い味わいを湛えた部分とのバランスもよく,OEKにぴったりの曲だと思いました。

というわけで,前半後半ともミンコフスキさんの指揮の「熱さ」が核となって,それぞれの曲が生き生きと流れていくような魅力的な演奏だったと思います。

9月からの,2019-2020のシーズンでは,ミンコフスキさんはOEKの定期公演に2回登場しますが,今回のセレナード第1番に続き,第2番も演奏される予定になっています。もう一つの公演は,ドヴォルザークの「新世界から」です。これまでのOEKとの共演では,ミンコフスキさんは,古楽器オーケストラの専門家としてではなく,通常のオーケストラの指揮者として,古典派以降の曲を取り上げています。OEKと共に,どんどん新しいレパートリーに取り組んでくれるのが嬉しいですね。また,今回のコンツさんのように,ミンコフスキさんのネットワークで,次々と若く生きの良いアーティストが紹介されるのにも期待したいと思います。

 
終演後の石川県立音楽堂。サイン会の長い列が見えたのですが...はっきり写っていませんでした。ミンコフスキさんの顔写真は,JR金沢駅の新幹線ホームからも見えるはずです。


JR金沢駅のもてなしドームには,谷口吉郎・吉生記念金沢建築館のタペストリーが下がっていました。もてなしドームとの取り合わせがなかなか良いですね。

(2019/07/13)




公演の立看板


公演のポスター



開演前のロビーでのミニコンサート。チェロの大澤さんとヴァイオリンの青木さんの二重奏でした。このところ,青木さんはあちこちで大活躍ですね。


終演後,ミンコフスキさんとコンツさんのさんのサイン会がありました。

ミンコフスキさんには,ハイドンの後期交響曲集のCDのジャケットにいただきました。


コンツさんには,ブラームスの弦楽六重奏曲集のCDのジャケットにいただきました。ルノー・キャプソンなど豪華メンバーとの共演によるライブ録音です。このCDをお見せしたところ...「この演奏最高だよ!」とおっしゃっりながら(多分),嬉しそうな表情。演奏の雰囲気同様の好青年でした。