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オーケストラ・アンサンブル金沢第418回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2019年7月18日(木) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) バルトーク/ディヴェルティメント Sz.113
2) ショスタコーヴィチ/ピアノ協奏曲第1番ハ短調, op.35
3) (アンコール)ガーシュイン/プレリュード第1番
4) チャイコフスキー/弦楽のためのセレナード ハ長調, op.48
5) (アンコール)ショスタコーヴィチ/バレエ組曲「黄金時代」〜ポルカ

●演奏
パトリック・ハーン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-5
辻井伸行(ピアノ*2-3),ルシエンヌ・ルノダン=ヴァリ(トランペット*2-3)



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)2018/2019シーズンの最後となる,フィルハーモニー定期公演を石川県立音楽堂コンサートホールで聞いてきました。指揮は,定期公演初登場のパトリック・ハーンさん,ピアノ独奏は,お馴染みの辻井伸行さん,トランペット独奏は,ルシエンヌ・ルノダン=ヴァリさんでした。

6月以降のOEKの定期公演では,若い指揮者が次々登場しているのですが,ハーンさんはまだ24歳。定期公演に登場する指揮者としては異例の若さです。ルシエンヌさんに至っては,まだ20歳になったばかり。何と辻井さんがいちばん年輩という,若いアーティストたちとOEKの共演ということになりました。この共演が本当に素晴らしいものでした。人気の辻井さんが登場するとあって,会場も大入りでした。心なしか,いつもよりホールの残響が少なく感じるほどでした。


プログラムは,3曲演奏されたうち,最初と最後に,弦楽合奏によるディヴェルティメントとセレナードを配し,その間にショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番を入れるというシンメトリカルな構成になっていました。ショスタコーヴィチの曲も弦楽オーケストラのための曲で,そこにピアノとトランペットが加わる形になります。「紅一点」という言葉がありますが,雰囲気としては,「管一点」といったことろでしょうか。

まず,どの曲についても,ハーンさんの指揮ぶりには,安心感があるのが良いと思いました。熟練の指揮ぶりといった感じでした。バルトークもチャイコフスキーも,冒頭部分を大げさに演奏できる曲ですが,両曲とも,しっかりと抑制された感じで始まりました。その一方,細かなニュアンスの変化が非常に丁寧に付けられており,全曲に渡って,目の詰んだ高級な着物を観ているような,職人技の素晴らしさのようなものを感じることができました。

バルトークの第1楽章では,その強弱の変化の面白さが特に感じられました。その上に,ヤングさんを中心とした首席奏者たちによる「室内楽」が重なり,音楽に立体感が加わるのも面白いところです。

第2楽章も精緻で丁寧な弦の響きがベースにありました。その結果,所々で出てくる鋭い強音や軋むよう音とのコントラストが非常に鮮やかでした。チェロに出てくる印象的な音をはじめ,弦楽器だけとは思えない多彩なテクスチュアが楽しめ,それが次第に重厚さを増していく充実感も感じることができました。非常に聴きごたえのある楽章でした。

第3楽章は急速なテンポでしたが,ヤングさんのヴァイオリン独奏を中心に安定感があり,古典的な鮮やかさを感じました。曲の終結部のスピード感もお見事。しかもちょっと粋な気分を持った感じもありました。

全曲を通じて,野性的なバルトークという感じはしませんでしたが,要所で新鮮な感性や粋な雰囲気を感じさせてくれる,素晴らしい演奏だったと思います。

続く,ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲も素晴らしい演奏でした。
 

ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番は,過去,OEKは何回も演奏してきましたが,その中でも特に素晴らしい演奏だったと思います。まず,第1楽章の最初の部分での,辻井さんのピアノの深々とした音が素晴らしかったですね。その後,めまぐるしく曲想を変えていくのですが,この最初の部分が全体の重石のようになっており,ぐっと音楽に引き込む迫力があったので,全曲に安定感があると思いました。

ショスタコーヴィチの音楽については,どこかひねくれた気分を感じるのですが,辻井さんの率直さのある演奏で聞くと,ロシアのピアノ協奏曲の伝統を引く曲なのだな,と感じさせてくれる部分もあると思いました。

その後,テンポが速くなり生き生きとノリの良い音楽になるのですが,平然と演奏するあたり,実にカッコよい音楽となっていました。辻井さんのピアノに絡む,ルシエンヌさんのトランペットの音も見事でした。非常に柔らかい音で,しっかりと存在感を示しながらも,ピアノやオーケストラと見事に溶け合っていました。これだけしっかりとコントロールされたトランペットの音というのは,なかなか聞けないのではと思いました。若いアーティスト3人による,全く気負うことなく,音楽と戯れる喜びが自然に湧き出てくる演奏でした。

第2楽章では,いつもどおり,辻井さんのピアノのタッチの美しさを堪能できました。以前,OEKと共演した,ラヴェルのピアノ協奏曲の時よりも,さらに深い音楽を聞かせてくれたと思いました。ショスタコーヴィチの音楽の持つ,ひんやりとした感じにぴったりの音楽を聞かせてくれました。

トランペットはミュートを付けて演奏していましたが,そのくすんだ音の中から,何とも言えない孤独感が出ていました。ルシエンヌさんは,ジャズも演奏するということですが,その本領が発揮されていました。辻井さんのピアノとの対話の中にも独特のムードを持った静けさがありました。孤独感と優しさに包まれた魅力的な時間となっていあした。

第3楽章はピアノによるモノローグの後,厚みのある音楽になり,第4楽章に入ります。この楽章は,ショスタコーヴィチならではの,皮肉やユーモアを交えた,故意にドタバタしたムードのある音楽なのですが,辻井さんのピアノは,とにかく鮮やかで,テンポが上がっても慌てた感じになりません。楽々と演奏するルシエンヌさんのピアノと合わせて,非常にクールな演奏を聞かせてくれました。この曲を何回も演奏してきたOEKの演奏も大変しなやかでした。

この楽章ではトランペットがたっぷりと歌った後,それを遮るようにピアノが「バン!」と強い音を入れる部分が印象的ですが,この辺については,もっとふざけた感じにしてもらった方が面白いかなと思いました。ただし,スタイリッシュに演奏することで,曲全体のバランスが良くなっていたと思いました。

楽章最後ではスピードをどんどん上げていき,トランペットがオモチャの進軍ラッパのような感じになるのですが,ここでもふざけた感じに鳴りすぎず,かっこいいなぁと思わせるあたりに,この3人のアーティストの持ち味があると思いました。

アンコールでは,ガーシュインのプレリュード第1番が,辻井さんとルシエンヌさんのデュオで演奏されました。もともとは,ジャズのテイストのあるピアノ独奏曲なので,今回の公演用にアレンジされたものなのでしょうか?ここでは,ルシエンヌさんは協奏曲の時以上に,伸びやかな音で演奏していたのが印象的でした。辻井さんはしっかりとベースを支えていました。

演奏後,ルシエンヌさんと辻井さんは,手に手を取って,ステージと袖の間を往復していましたが,その姿が何とも言えず微笑ましく感じました。

後半に演奏されたチャイコフスキーの弦楽セレナードは,音楽全体に常に推進力がありました。力んだところがなく,落ち着いた雰囲気で始まった後,段々とノリ良く音楽が進んでいく心地よさがありました。すべてのパートが美しく流れていました。また,この曲でも,細かいニュアンスの変化が魅力的でした。次々と違ったイメージが膨らんでいくようでした。付けられていました。

第2楽章ワルツでは,ちょっと粋な感じの歌わせ方をしていました。たっぷりともたれることなく,クールに自在にコントロールされていました。テンポの揺らし方の中に,ユーモアも感じられ,OEKへの信頼の高さが感じられました。

第3楽章は,儚げな美しさに溢れていました。少し霞が掛かったような明るさに浸っているうちに,陶然とした気分になりました。ヤングさんを中心とした,強いカンタービレも見事でした。

第4楽章はキビキビとした演奏で,鮮やかに曲想が変化していきました。しっかり,ガッチリと音楽を聞かせる中,瑞々しい歌が随所に流れていました。楽章の最後の部分は,大げさになりすぎず,爽やかに聞かせてくれました。大げさなタメを作って締めるのではなく,それを故意に避けるように,スーッとすっきりと締めていました。この辺に20代前半の指揮者ならではの,新鮮さを感じました。

アンコールでは,ショスタコーヴィチの「黄金時代」の中のポルカが演奏されました。この曲は,聞けば「あの曲か」と分かる作品です。随所にユーモアが溢れる一方,ちょっとドギツイ感じの押しの強さもある演奏でした。特にヴィオラのダニール・グリシンさんの存在感が特に印象的でした。

というようなわけで,今シーズンのOEK定期公演は,3人の実力十分の若手の共演で締めくくられました。8月は,OEK単独の公演はお休みですが,9月以降の新シーズンでも,若手とベテランがうまく組み合わされた公演に期待したいと思います。

(2019/07/26)




公演の立看板


公演のポスター


開演前のロビーでのミニコンサート。大盛況でした。チェロのキム・ソンジュンさんとヴァイオリンの若松みなみさんによる二重奏でした。秋に演奏会を行うようですね。

終演後,ハーンさんとルシエンヌさんのサイン会がありました。


rルシエンヌさんには,CDの表紙にサインをいただきました。下の写真は裸足ですが...この日のステージでも裸足でした。ドレスもほぼ下のような感じでした。