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鈴木雅明オルガン・リサイタル:真夏のバッハ
2019年8月1日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

バッハ,J.S./ファンタジア ト長調, BVW.572
バッハ,J.S./コラールパルティータ「悲しみ深きイエスよ,挨拶をお授けください」BWV.768
バッハ,J.S./プレリュード,トリオとフーガ ハ長調BVW.545+529/2
バッハ,J.S./パストラーレ へ長調 BWV.590
バッハ,J.S./ファンタジア ハ短調, BVW.562
バッハ,J.S./コラール「おお人よ,汝の罪の大いなるを嘆け」BWV.622
バッハ,J.S./パッサカリアとフーガ ハ短調, BWV.582
(アンコール)バッハ,J.S./コラール「我ら,苦難の極みにある時も」,BWV.
(アンコール)バッハ,J.S./コラール「ただ愛する神に委ねる者は」,BWV.

●演奏
鈴木雅明(オルガン)



Review by 管理人hs  

梅雨が明け,連日,金沢でも暑い日が続いています。その中,「真夏のバッハ」と題した鈴木雅明さんによるオルガン・リサイタルが石川県立音楽堂コンサートホールで行われたので聞いてきました。真夏といっても,ホールの中は空調が効いていて快適。バッハはどの季節に聴いてもバッハ。ということで,”バッハの権威”による,夏の暑さにも負けない,バッハのオルガン音楽の揺るぎない素晴らしさに浸って来ました。


客席は1階席と2階席のみ使っていました。

今回演奏されたのは,タイトルどおりバッハの音楽ばかりでしたが,有名なトッカータとフーガ,小フーガといった曲は入っておらず,鈴木さんが本当に演奏したい曲が選ばれていた印象でした。最後に演奏された,パッサカリアとフーガは,有名な作品ですが,それ以外は,大半が初めて聴く作品でした。

今回は,鈴木さんのトーク付きの演奏会でした。各曲について,簡潔で分かりやすい解説をしていただきましたが,それが全く邪魔にならず,バッハの音楽を聴いた印象だけがしっかりと残ったのがとても良かったと思いました。

プログラムの構成は,複数楽章からなるガッチリした感じの作品とコラール風の作品とがうまく組み合わされていたと思いました。

最初に演奏された,ファンタジアは,指ならしをするような音型で始まった後,バーンと輝きのある音になり,「これぞオルガン」といった壮麗な高揚感に包まれました。それでも,音楽全体には落ち着きがあり,最後は速く華麗なパッセージで終了。「さすが鈴木雅明さん!」という演奏でコンサートが始まりました。

続く,「コラール・パルティータ」は,賛美歌の一節一節に変奏曲が対応した作品です。鈴木さんの解説によると,「言葉を曲に移している点がユニーク」とのことでした。主題となるメロディがマイルドで暖かな雰囲気で始まった後,色々な音色の小品が続いていきました。

鈴木さんの選んだ音は,派手過ぎることはなく,シンプルな美しさがありました。演奏会全体を通じても,音量に圧倒されるような威圧的な感じがなかったのがとても良いと思いました。最後の澄んだ音も印象的でした。かなり長い作品で,個人的に,昼間の疲れが残っていたこともあり(この日は暑い中,野外で活動していたもので...),途中,少々ウトウトしかけたのですが,余裕のある運びが素晴らしく,心地よい気分に浸ることができました

前半最後は,「プレリュード,トリオとフーガ,BWV.545+529/2」でした。ちょっと不思議な番号になっていますが,BWV.545「プレリュードとフーガ」の間に,BWV.529の第2楽章のトリオが組み込まれた作品という意味です。

今回,色々なタイプの作品を聞きましたが,個人的には,この急緩急の構成の作品がいちばんしっくりと来るなぁと思いました。輝きのある生命力に溢れたプレリュードとオーケストラ曲を思わせる華麗さのあったフーガの間で,しっとりとトリオが演奏されました。この部分での「一人で室内楽」といった感じが絶品でした。

音域が広く,ダイナミックで生命力のあるプレリュードの後,音色が一転して,フルート系の音の入る室内楽の気分になります。文字通りのトリオの雰囲気でした。少しぎこちない音の動きの中にしみじみとした味と甘美さあがありました。フーガでは,まず,トランペットのような音が登場しました。やわらかな壮大さの中,品の良い華麗さに包まれて終了。

後半は,パストラーレ BVW.590で始まりました。曲は,バロック時代の組曲に似た構成で,クリスマスの気分にもぴったりといった作品でした。初めて聞いたのですが,すっかり気に入りました。

第1楽章は,バグパイプを思わせる低音の持続音が印象的な牧歌的な楽章。その後,繊細な愛らしさのある第2楽章に。鈴木さんの解説によると,「アルマンド」に当たるとのことです。第3楽章は,声楽のアリアを思わせる美しさのあったラメント。そして,最終楽章は,ブランデンブルク協奏曲第3番の終楽章を思わせるようなキラキラした感じ。コンパクトかつ魅力的な作品でした。

続いて,ファンタジアBWV.562が演奏されました。この日,ファンタジアというタイトルの曲は2曲演奏されましたが,鈴木さんの解説にあったとおり,ドイツの重厚な音楽とは一味違う透明感のある美しさを感じました。特にフーガの部分がなく,全体的に静かで,澄んだ響きに包まれた,BVW.562が特に気に入りました。単純ではない複雑な味わいをもった響きの美しさを味わえる曲で,個人的には...夜,アルコールを飲みながら聴くのに丁度良さそうな曲と思いました。

その後,コラール「おお人よ,汝の罪の大いなるを嘆け」が演奏されました。マタイ受難曲にも使われているとのことで,一つ一つの音が染みこむように耳に入ってきました。ヴィブラートが掛かったような音が大変魅力的でした。

演奏会の最後はパッサカリアとフーガで締められました。恐らく,この曲はオルガン・リサイタルの「トリ」の曲の定番だと思います。鈴木さんの演奏は,深々と落ち着いた雰囲気で主題が演奏された後,全く揺らぐことのないテンポで一つ一つの変奏が演奏されて行きました。その揺るぎのなさが,ヒタヒタと終末に近づいていくような迫力を生んでいると思いました。低音に出てくる主題で統一されながらも,曲が進むにつれて,多彩に変奏。夜空を眺める遠近感のようなものを感じました。そして,気がついてみると,非常にダイナミックな世界に。これが素晴らしかったですね。最後の部分で,世界が大きく広がるようなフーガの華麗さも素晴らしいと思いました。華麗さと同時に,段々と浄化されていくようような清々しさを感じました。

アンコールでは,コラールが2曲演奏されました。1曲目は,鈴木さんによると「東日本大震災後の演奏会でテーマ曲のように演奏してきた曲」とのことでした。木管系の音による,装飾音がとても美しい曲でした。2曲目は,力強くエネルギーが湧いてくるような輝かしい曲でした。

鈴木さんは,ヨーロッパを中心に世界各地のオルガンで演奏されていますが,この日の演奏でも,その土地土地での経験を踏まえた,揺るぎのない自信に満ちた音楽を聴かせてくれました。夏でも冬でも,季節を問わずに楽しめるバッハのオルガン曲は定番ですが,鈴木さんがトークの中で「フランスのオルガンは少し鼻にかかったような音がする」とおっしゃられるのを聴いて,「フランスのオルガン」の特集(音楽堂のオルガンで表現できるか分からないのですが)も聴いてみたいものだ思いました。

石川県立音楽堂でのパイプオルガンの演奏会は,ここ何年かは少なかったのですが,昨年ぐらいから少しずつ公演が増えてきていると思います。このことを歓迎したいと思います。

PS. この公演は,上述のとおり,鈴木雅明さんによるトーク付きの演奏会でした。その内容をメモしながら聞いていましたので,ご紹介しましょう。#は私のコメントです。

  • 高いところからすみません。 # オルガンのステージは高いので言葉どおりの意味ですね。
  • オルガンはもともと教会にあったもの。ホールに設置するのは難しい。
  • バッハのオルガン曲は変化に富んでいる。1台で全部弾けるわけでない点がやっかい。
  • バッハはオルガニストのイメージがあるが,初期のアルンシュタットとミュールハウゼン以降はオルガニストではなく,カントールになった。ライプツィヒでは弾いていない。
  • ただしオルガンを熟知した人で,オルガンの鑑定家でもあった。オルガンの性能を試す係だった。
  • オルガンは地域によって楽器に特徴がある。例えば,フランスのオルガンは,フランス語の発音のように少し鼻にかかったようなところがある。
  • バッハが活躍した旧東ドイツなどの中部ドイツのオルガンには,弦楽器的な響き方が感じられる(弦楽四重奏のように聞こえることがある)。鳴り響くのに少し時間がかかり,「ウワッといった感じ」になる。# その感じ...分かる気がします。
  • 今回は,そういったバッハの音色を追い求めてみたい。
  • 演奏会場ごとに,一から音を作らないといけないオルガニストは因果な商売。それに比べると,ピアニストは大体どこも同じ(大変な点も沢山ありますが)。
  • オルガンは「ほとんど機械」である。999(?)のストップがあり,音色を変えることができる。現在はプリセット可能で滑らかに演奏できるが,従来はストップを変える作業に時間がかかった。
  • ストップを変える際に,どうしても「雑音」が入る。そのことを嫌う人もいるが,この「雑音」も併せて聞いて欲しい。# 私は好きです。


こうやってみると...立派なオルガンです。

(2019/08/06)




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