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岩城宏之メモリアルコンサート2019
2019年9月14日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) 湯浅讓二/ピアノ・コンチェルティーノ(1994年 OEK委嘱作品)
2) ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番ト長調,op.58
3) ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調,op.67

●演奏
ユベール・スダーン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:町田琴和),木村かをり*1,鶴見彩*2(ピアノ)



Review by 管理人hs  

毎年9月,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の秋の新シーズンの開始時期に行われている,岩城宏之メモリアルコンサートを聞いてきました。この演奏会では,その年の岩城宏之音楽賞受賞者とOEKが共演することが恒例になっています。今年はピアニストの鶴見彩さんが受賞しました。


鶴見さんのファンクラブやお弟子さんなどから沢山花が届いていました。

鶴見さんといえば,石川県新人登竜門コンサートに出場して以来OEKとのつながりの深い方で,金沢で行われるOEKメンバーとの室内楽公演にも頻繁に登場されています。OEKのメンバーにとっても,「ファミリー」と言って良いような信頼を寄せている実力者です。

その鶴見さんが選んだ協奏曲は,ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。「皇帝」や第3番に比べるとちょっと控えめだけれども,ロマンティックな香りや美しい瞬間にあふれ,さらには,ベートーヴェンらしい芯の強さのようなものも求められる作品です。この選曲は,鶴見さんの雰囲気にぴったりだと思いました。

演奏の方も,第1楽章冒頭の印象的なソロから誠実さのある演奏を聞かせてくれました。大げさになりすぎないけれども,しっかりとした足取りの中から美しさがにじみ出てくるようでした。OEKがベートーヴェンを演奏する時は,コントラバスを3名に増強するのが恒例で,今回もそのとおりでした。低弦の安定感が素晴らしいと思いました。この曲は音階を上がったり下がったりという部分も多い曲ですが,鶴見さんのピアノは,そういう部分も雑にならず,清冽な叙情性が感じられました。

第2楽章は,決然として始まるオーケストラとその後に続くためらいがちなピアノとの対比が鮮やかでした。鶴見さんのピアノからは,落ち着きのある静謐の美が感じられました。第3楽章は優美で繊細な気分で始まりました。この部分を聞くと,いつも「小さな幸せ」のようなものを感じます。その後も,軽快な音の動きが心地良く,しかも浅薄にならない音楽が続きました。ここでのOEKの演奏も,共感に溢れたもので,鶴見さんをしっかりバックアップしていました。第3楽章に出てくる,チェロやヴィオラのオブリガードのメロディは,室内オーケストラらしい透明感のある響きで,美しく聞かせてくれたのも印象的でした。

第3楽章のコーダの力強い演奏は,常に正統的で前向きな音楽を作ってきた鶴見さんに対して「これからもがんばって」と強く後押しをしているようでした。


このコンサートの時は,いつも岩城さんの肖像が上手側に展示されるのが恒例になっています。

前半では,岩城さんの夫人であり,音楽賞の審査者でもあった,木村かをりさんの独奏で,久しぶりの再演となる湯浅讓二さんのピアノ・コンチェルティーノが演奏されました。1994年のOEKの委嘱作品で,初演も木村さんが行い,CD録音もされています。

木村さんの演奏は,相変わらずクールでした。この曲自体にも涼やかな雰囲気があり,ピアノとオーケストラが一体になって透明感のある世界を作っていました。曲の最後の方は,ピアノの音がクリアな空気に溶け込んでいくような不思議な雰囲気を感じました。こういった空気感を味わえるのは実演ならではです。

タイトル的には,ピアノ小協奏曲なのですが,ピアノだけが目立ちすぎることなく,オーケストラと掛け合うように音楽が進んでいくあたり,「OEKの委嘱作品」に相応しい曲だと思いました。岩城さんは,生前「初演魔」と呼ばれていましたが,過去のコンポーザー・イン・レジデンスの作品の中から,特徴的な作品を再演していくのも意義のあることだと思います。

演奏会の後半では,ベートーヴェンの交響曲第5番が演奏されました。定番中の定番の作品ですが,スダーンさんの解釈は非常に新鮮でした。全曲を通じて,速めのテンポで,所々,第1楽章冒頭から前のめりな性急さを感じさせる部分もありましたが,この辺もしっかり計算されている感じで,曲全体として聞くと,揺るぎない安定感を感じました。

第1楽章は「運命のモチーフ」を大げさに誇張することなく,第2主題とのメリハリをくっきり付けたり,要所要所で入る,ホルンやファゴットの信号音を力強く決めたり,楽章全体をしっかりと構築しているような演奏だと思いました。各パート,各楽器ごとの歌わせ方に独特の強弱を付けているなど,「小技」を色々と盛り込んでいるようなところもありましたが,そのアイデアの数々がビシッと決まっており,演奏全体を非常に生気のあるものにしていました。ただし,全体の印象としては,細かい部分にこだわることよりは,楽章ごとに,太い筆でしっかり描かれたような骨格をしっかり感じさせるような演奏で,4つの楽章の性格がきっちりと描き分けられた,交響曲らしい演奏だったと思いました。

第2楽章も冒頭のチェロをさらっと美しく聞かせていました。その後,トランペットにファンファーレが出てきますが,この辺りの歌い方にちょっと独特な感じがあると思いました。緩急自在の余裕のある変奏が続きました。

第3楽章もさりげなくスタートした後,ホルンが「運命のモチーフ」を演奏しますが,その力強さも印象的でした。その後は躍動感のある音楽が展開。コントラバスの皆さんには大変なテンポだったと思いますが,力感溢れる爽快感がありました。

第4楽章も軽快で若々しい音楽でした。前へ前へという推進力のある音楽が続く一方,OEKの音のバランスは素晴らしく,全体がビシッと締まっていました。開放感と緊密性が両立しているような演奏だと思いました。呈示部の繰り返しは行っていました。展開部も流れが良く,トロンボーンの大らかな演奏,トランペットの鋭い音など,変化に富んでいました。加納さんのオーボエの音も美しかったでね。ピッコロが加わるのも特徴的な部分ですが,今回の演奏はそれほど強調していない感じでした。

終結部になるとさらに力感がアップしているようでした。この日のコンサートマスターは,ベルリン・フィルの町田琴和さんでしたが,見るからに力感のある弾きぶりで,オーケストラ全体を引っ張っているようでした。曲の最後の音が非常に美しい音だったのも印象的でした。

スダーンさん指揮OEKは,9月22日の定期公演で,同じベートーヴェンの交響曲第7番を演奏します。同じ奇数番の曲を,どう聞かせてくれるのか大変楽しみになりました。

この日のプログラムは前半にピアノ協奏曲が2曲並ぶ変わった構成でしたが,岩城さんが初演した作品の再演+岩城さんが晩年こだわっていたベートーヴェン,ということで「メモリアル」に相応しい内容だったと思いました。

PS. この日は終演後,サイン会が行われました。サイン会には毎回のように参加していたのですが...この日はすぐに帰宅する必要があったので,参加できませんでした。残念。


例年通り北陸朝日放送さんが収録していました。9月28日に石川県内で放送されます。

(2019/09/20)



公演の立看板


公演のポスター


公演の案内


例年通り,スポンサーは北陸銀行


岩城さんのお宅から持って来られた,手回しのオルガンが展示されていました。お試しできるようになっていました。独特の哀愁のある音が良い感じでしたが...あまり何回も聞いていると...正直なところ,少々うるさかったですね。