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イ・ムジチ合奏団 with 小松亮太 金沢公演
2019年10月3日(木) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ピアソラ/3つの小品〜フーガ9(ヌエベ)
2) ガルデル/首の差で
3) 小松亮太/夢幻鉄道
4) ピアソラ/ブエノスアイレスの四季
5) ピアソラ/リベルタンゴ
6) ピアソラ/オブリビオン
7) ヴィヴァルディ/協奏曲集「四季」op.8-1〜4
8) (アンコール)ヴェルディ/4つの聖歌〜アヴェ・マリア
9) (アンコール)サンマルティーニ/合奏協奏曲ニ長調,op.2-6〜第2楽章
10) (アンコール)山田耕筰/赤とんぼ
11) (アンコール)ヴィヴァルディ/弦楽のための協奏曲変ロ長調,RV.163〜第3楽章

●演奏
イ・ムジチ合奏団(コンサートマスター:マッスモ・スパダーノ)
小松亮太(バンドネオン*2-6)



Review by 管理人hs  

イ・ムジチ合奏団の来日公演の金沢公演を石川県立音楽堂コンサートホールで聞いてきました。ゲストはバンドネオン奏者の小松亮太さんでした。

イ・ムジチ合奏団は,私がクラシック音楽を聞き始めた昭和時代から,クラシック音楽やバロック音楽の定番中の定番でした。特にヴィヴァルディの「四季」については,イ・ムジチの名前とセットになって,日本に定着していったのではないかと思います。その後,古楽器による演奏や古楽奏法によるバロック音楽の演奏が定着していく中で,イ・ムジチについては,やや影が薄くなって来た印象を持っていたのですが,本日の演奏を聞いて,「さすが,イ・ムジチ。永遠に不滅かも」という実感を持ちました。

あえて元号で言うと,昭和時代,皆で同じものを聞いて楽しんでいた時代の良さを思い出させてくれる気がしました。もちろん,イ・ムジチの「四季」についても,コンサートマスターが変わるたびに,演奏のスタイルがどんどん変化してきており,私が最初に聞いた,フェリックス・アーヨの時代のロマンティックと言っても良いような甘さが漂う演奏とは全く違うのですが,お客さんに対する姿勢というのはずっと一貫しているのでは,と思いました。

イ・ムジチの演奏を聞くのは今回が初めてだったので,「長年の念願がかなった!」といううれしさと同時に,明るく健康的なイタリア音楽を品良く楽しませてくれる,というスタイルが一貫していることが何よりも素晴らしいと思いました。

後半の前に撮影。全員で12名で思ったより小編成でした。

イ・ムジチについては,来日直前にコンサートマスターのアントニオ・アンセルミさんが亡くなるという予期せぬ出来事があり,今回のコンサートマスターはマッシモ・スパダーノさんが担当していました。その交代によって演奏のスタイルに変化があったのかは分からないのですが,近年の古楽奏法を取り入れたような解釈や,くっきりとメリハリをつけた,モダンな感覚があり,時代とともにマイナーチェンジを続けているのだなと思いました。

それが過激にはならず,健全でバランスの良い品の良さに支えられているのがイ・ムジチの良さだと思います。今回の「四季」も,たっぷりと歌わせるというよりは,やや速めのテンポの演奏で,しっかりと抑制を聞かせながらも,スパダーノさんを中心とした名技をしっかり聞かせ,全体として,明るくスタイリッシュに楽しませてくれるような演奏だったと思いました。

有名な「春」の冒頭も,非常に落ち着いた感じでした。その一方で,強弱はくっきりと付けており,モダンな感じがしました。「嵐」の描写の部分では,弦楽器が2つのパートに分かれて掛け合う感じで演奏していました。「オーケストラ・アンサンブル金沢もこの形で演奏しているな」と思いながら聞きました。

「夏」は,暗い感じで始まりますが,サラッと湿気少なめの夏という感じで,雰囲気はラテン的だと思いました。独奏ヴァイオリンを中心に技巧的な部分の多い曲ですが,バリバリと激しく演奏するのではなく,軽く平然と演奏しているのが良いと思いました。

「秋」も,「くっきり」「すっきり」「キレの良い」演奏でした。独奏ヴァイオリンには,何かを物語るような雄弁さがありました。第2楽章での,チェンバロの伴奏の上で息長く続く,静けさが素晴らしいと思いました。第3楽章では,強弱のコントラストがくっきりと付けられた,軽やかな演奏でした。

「冬」の第1楽章では,伴奏部分のノイズっぽい感じの音が面白いと思いました。その後の急速な部分のスピード感も心地良かったのですが,常に品の良さを感じました。第2楽章も有名な部分です。我が家にある,アーヨが独奏ヴァイオリンのイ・ムジチ盤では,独特の軽快さのある伴奏の音型が続きますが,今回の演奏では,この音はあまり聞こえず,スパダーノさんの美しく細身の音が,しっかりと流れて行きました。第3楽章も歯切れの良い演奏でしたが,過激な感じにはならず,平然と品良く終了していました。この慌てず騒がずという感じが,さすが老舗イ・ムジチだと思いました。

前半は,バンドネオンの小松亮太さんとの共演でした。小松亮太さんは,石川県立音楽堂ができて間もないころ,一度,OEKと共演していた記憶がありますが,私自身,演奏を聞くのはその時以来のことです。イ・ムジチの「四季」とバランスを取るかのように,ピアソラの「ブエノスアイレスの四季」を中心にラテン系の曲を聞かせてくれました。

前半の編成。ピアノが加わっていました。

最初に演奏されたのは,ピアソラの「フーガ9(ヌエベ)」という作品でした。この曲は前半の序曲のような感じで,小松さんを歓迎するかのように,イ・ムジチのメンバーだけで演奏されました。コントラバスの刻むリズム(楽器を叩いていた?)の上に,次々に色々なパートがメロディを重ねていくフーガなのですが,過激な感じはなく,抜けるような美しさと風格。そして,どこかファッショナブルな感じがあるのが良かったと思いました。

続いて,前半の主役,小松亮太さんが銀色の衣装で登場。バンドネオンは見た感じ,大きめの重箱のよう。その演奏の動作を観ているだけでわくわくとさせてくれます。まず,ガルデルの「首の差で」という曲が演奏されました。ハバネラのリズムの上でリラックスしていながら,しっかりと情感を感じさせてくれるような演奏を聞かせてくれました。独奏ヴァイオリンの滴るような美しさも印象的でした。

その後,小松さん自身の作曲による「夢幻鉄道」という作品が演奏されました。このタイトルを念頭に置いて聞くと,バンドネオンの音が汽笛のように聞こえたり,リズムの感じが汽車のガタンゴトンという音に聞こえたり,生き生きと鉄道の動きが蘇ってくるようでした。演奏全体には哀愁が漂い,ピアソラの曲と違和感なくつながっているのが面白かったですね。

その後,ピアソラの「ブエノスアイレスの四季」が演奏されました。この今日のオリジナル編成は,室内楽的な編成のはずですが,近年は,クラシック音楽の演奏会で演奏される機会も増えて来ています。特にイ・ムジチとの共演で聞くと,後半のヴィヴァルディと全く違和感なく,純正クラシック音楽として楽しむことができました。その分,ギラギラとした生々しさのようなものは消えていたのかもしれませんが,「本家・四季」からのれん分けした,新たなブランドを楽しむような面白さを感じました。

ピアソラ版「四季」は,「夏」から始まります。ヴィヴァルディの「夏」同様,暗い感じの曲ですが,重苦しくならず,からっとした美しさがありました。気だるい雰囲気と鮮やかなイタリア的な雰囲気が合体したような演奏でした。

「秋」は,ガシャガシャした不協和音から始まりましたが,こういう部分にも美しさを感じました。しみじみとモノを思うようなおっとりとした感じも魅力的でした。スパダーノさんの独奏ヴァイオリンも大変雄弁でした。

「冬」は,しみじみと聞かせる曲ですが,小松さんのバンドネオンからは誇り高さのようなものが伝わってきました。アンサンブル全体に気合いを入れているように感じました。

ピアソラ版「四季」には,通奏低音のチェンバロの代わりにピアノが入っていましたが(イ・ムジチにピアノが加わるのは珍しい?),じっくりと聞かせてくれたソロも魅力的でした。全体に漂う暖かな雰囲気は,ヴィヴァルディの「四季」としっかりと響き合っていました。

最後の「春」はコントラバスから始まるフーガのような感じだったので,前半最初に演奏された「フーガ9」としっかり対応しているなと思いました。美しく流れる,堂々とした演奏で全曲を締めてくれました。

この前半では,ピアソラの「リベルタンゴ」と「オブリビオン(忘却)」という有名作品2曲がアンコールで演奏されました。「リベルタンゴ」の方は,有名なヨーヨー・マ版同様,チェロが主旋律を演奏して始まった後,小松さんのバンドネオンが引き継いでいました。小松さんの魂の声聞こえるようなしっかりとした歌でした。

「オビリビオン」の方は,今年亡くなった,イ・ムジチの前コンサートマスタのアントニオ・アンセルミさんを偲んで演奏されました。こちらではバンドネオンのさらに深い音をたっぷりと聞くことができました。亡き人を静かに,しかし強く偲ぶような深い音楽でした。

それにしても,小松さんのバンドネオンの音は耳と心に染みます。まっすぐな純真さとちょっと怪しげな空気が同居しているような魅力を感じました。

前半でも2曲アンコールが演奏されたのですが,後半では何と4曲もアンコールが演奏されました。イ・ムジチの演奏会では毎回そうなのかは分かりませんが,この日のお客さんは大変ノリの良いお客さんで,心からアンコールを楽しんでいるようでした。

まず,前半同様,アントニオ・アンセルミさんを偲んでのヴェルディのアヴェ・マリア(「4つの聖歌」の中の1曲を弦楽合奏にアレンジしたもの)が演奏されました。ソット・ヴォーチェによる美しいハーモニーにいつまでも浸っていたいと思いました。素晴らしい演奏でした。

続いて,「ヴィヴァルディ?」と思わせる技巧的な曲が,軽く品良く演奏されました。後で掲示を見るとサンマルティーニの作品でした。

後半3曲目は,「赤とんぼ」を弦楽合奏用にアレンジした曲は,日本公演向け(もしかしたら定番曲なのでしょうか)のアンコールでした。最初,「ゆうやけこやけで,ひがくれて...」をほのめかすような感じで,「ヴィヴァルディにこんな曲合った?」という感じで始まった後,チェロがしっかりと主旋律を歌い始めました。この堂々とした歌っぷりとサービス精神が日本でのイ・ムジチ人気の秘密だと思いました。

最後にチェロ奏者が「1分で終わります」と日本語で紹介した後,技巧をアピールするように一糸乱れることなく,ヴィヴァルディの曲が明るく鮮やかに演奏されました。演奏後は,イ・ムジチの皆さんが客席に向かって手を振り,多くのお客さんがステージに向かって手を振り返すという,しあわせ感一杯の雰囲気で演奏会は終了しました。

この日は驚いたことに,終演後,メンバー全員+小松亮太さんによるサイン会も行われました。これまで何回もサイン会に参加してきましたが,総勢13人がずらっと並ぶサイン会というのは...前例がないかもしれません。イ・ムジチ合奏団の日本での人気の高さは,こういう部分にもあるのかなと思いました。

クラシック音楽を聞き始めた,昭和時代からの念願がようやくかなった,イ・ムジチの魅力を体感できた演奏会でした。

 
サイン会の掲示。CD販売コーナーも好調のようでした。

終演後,ロビーには長テーブルが...


イ・ムジチのメンバーと小松亮太さんがずらっと座りました。小松さんのところに特にお客さんが集まっていたようです。


小松さんからは,数年前のイ・ムジチとの共演によるピアソラのCDにサインをいただきました。今回演奏された曲も収録されています。
 

イ・ムジチのメンバーには,公演パンフレットの表紙にいただきました。イ・ムジチの皆さんは,きっちりとパンフレットの写真の順番通りに座っていました。

右列右上がマッシモ・スパダーオさん。左列はヴィオラのマッシモ・パリスさんからチェンバロのフランチェスコ・ブッカレッラさんまでです。





(2019/10/11)




公演の立看板