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ピアノとミステリアスなオンド・マルトノで奏でる犀星詩コンサート
2019年10月12日(土) 18:30〜 金沢21世紀美術館シアター21

第1部
谷川賢作/影の鳥(インストゥルメンタル)
谷川賢作(室生犀星作詩)/「動物詩集」〜「鶯のうた」「鯵のうた」「かまきりのうた」「ネコのうた」
室生犀星作詩/かもめ(朗読)
谷川賢作(室生犀星作詩)/犀川
室生犀星作詩/女人に対する言葉(朗読)
谷川賢作(室生犀星作詩)/好きならしかたがない
室生犀星作詩/万人の孤独
谷川賢作(室生犀星作詩)/永遠にやって来ない女性
武満徹(谷川俊太郎作詩)/ぽつねん

第2部
谷川賢作/老いた音楽家が天使のふりをする(インストゥルメンタル)
室生犀星作詞/萩原に与へたる詩(朗読)
谷川賢作(萩原朔太郎作詩)/天景
谷川賢作(萩原朔太郎作詩)/旅上
谷川賢作(中原中也作詩)/冬の夜
谷川賢作(中原中也作詩)/あばずれ女の亭主が歌った
谷川賢作(中原中也作詩)/詩人は辛い
夢見るシャンソン人形
コム・ダビチュード(いつものように)
(アンコール)ラ・ジャヴァネーズ

●演奏
原田 節(オンド・マルトノ;歌),谷川賢作(ピアノ;朗読・歌)


Review by 管理人hs  

超大型の台風19号が関東地方に上陸しようとする中,金沢21世紀美術館シアター21で,室生犀星生誕130年を記念して,「犀星の詩」をテーマとした演奏会が行われたので,出かけてきました。この日は,関東地方以外でも台風による風雨を警戒して,野外イベントを中心に中止されるものが多かったのですが,金沢では,それほど強い風雨にならなかったこともあり,この公演は予定どおり行われました。
  ←当日の犀星記念館のWebサイト

今回,悪天候の中,聞きに行こうと思ったのは「犀星の詩」ということもあったのですが,オンド・マルトノという珍しい楽器を間近で聞けるというのが最大の理由でした。しかも演奏は,日本を代表するオンド・マルトノ奏者の原田 節(たかし)さん。クラシック音楽ファンにとって,オンド・マルトノを使った音楽と言えば,メシアンのトゥランガリラ交響曲が思い浮かびます。この曲を何回も演奏している原田さんについては,この曲とセットでインプットされている方は多いのではないかと思います。「金沢でこんなチャンスは滅多にない」と思い,出かけてきました。


楽器のセッティングはこのような感じでした。

演奏会は,犀星のみならず,犀星と同時代を生きた,中原中也,萩原朔太郎の詩に谷川賢作さんが音楽を付けた作品が中心でした。演奏は谷川さんがピアノを担当し,原田さんの方は,オンド・マルトノを演奏しながら歌うという形が中心でした。原田さんは,オンド・マルトノ奏者としてだけではなく,歌手としても独特の個性をもった方だということが分かりました。ちょっと素人っぽい感じはするけれども,妙に味わい深い歌でした。

まず最初に,歌なしの楽器のみの演奏で,谷川さん作曲の「影の鳥」という曲が演奏されました。ここで,生まれて初めて生のオンド・マルトノの音を聞くことができました。この楽器の音ですが,予想以上に魅力的でした。後で,原田さんによる楽器説明のコーナーがあったとおり,チェロに似たような雰囲気を感じました。

音の発声は非常にクリアでくっきりとしており,ヴィブラートに独特の艶っぽさがありました。スピーカーのセッティングのせいか,シンプルな音だけれども音に遠近感がありました。何と言っても,滑らかに音が動き回るようなポルタメントが魅力的でした。原田さんによると,電気的なノイズ音をコントロールできるようにした楽器とのことでしたが,その音の出力部分では,銅鑼や弦を使っていたり,倍音を含むアコースティックな部分もあるとのことです。そのアナログとデジタルの折衷的な部分が魅力の素となっている気がしました。

曲は「鳥」を題材にした作品ということで,メシアンの曲にでもありそうなタイトルだなと思って聞いていました。

続いて,「犀星詩」のコーナーになりました。「動物詩集」については,風刺的な内容ということもあり,日本版「動物の謝肉祭」が作れるかも,と思いました。その後,犀星の詩を谷川さんが朗読した後,原田さんが歌うという形で続いていきました。

 
我が家にあった犀星詩集の文庫本。

谷川さんの曲は,ジャズ,タンゴ,クラシック,シャンソンなど色々なテイストが合わさったもので,多彩な詩の雰囲気にぴったりでした。そこに原田さんのオンド・マルトノの音が重なります。艶めかしいヴィブラートだけでなく,邪悪な激しさがあったり,人間の声に近い表情を持った楽器だと思いました。もちろんこれは,原田さんの技巧によるものだと思います。自分の声の一部になったような感じで,自由自在に多彩な音を出していました。

前半の最後は,谷川さんの父上の俊太郎さんの詩に,武満徹が曲を付けた「ぽつねん」が素晴らしい曲でした。老婆を描いた作品で,ユーモアと同時に身につまされるような,怖さのようなものが伝わってきました。谷川俊太郎詩+武満徹作曲といえば「系図」を思い出しますが,そこで描かれている家族の雰囲気につながるムードを感じました。

もともとは小室等さんが「初演」したそうですが,原田さんも激しくシャウトしながら歌うなど,起伏のあるドラマを伝えてくれました。曲の最後,オンド・マルトノで救急車の音を出していましたが,「ぴったり」と思いました。

後半は,谷川さんが父上の「クレーの天使」についての詩にインスパイアされて作曲した,「老いた音楽家が天使のふりをする」で始まった後,萩原朔太郎,中原中也といった犀星と同時代の詩人の作品の朗読と音楽が続きました。
 
萩原朔太郎詩集も持っていました。「旅上」は有名な詩ですね。

この中では,ちょっと自虐的な感じのする,中也の「詩人は辛い」が面白かったですね。クラシック音楽の鑑賞にも通じるような内容だったので,じっくりと読んでみたいと思いました。

 

演奏会の最後は,原田さんの歌によるシャンソン・コーナーでした。谷川さんは原田さんのことを「日本版トム・ウェイツ」と紹介されていましたが(実は...よく分からないのですが),特にシャンソンにぴったりの味と力のある歌だと思いました。原田さんはフランス語で「夢見るシャンソン人形(フランス・ギャルの歌ったフレンチポップスのヒット曲)」「いつものように(スタンダードナンバーの「マイウェイ」のオリジナル版)」を歌ったのですが,正真正銘,人生の悲哀を感じさせるシャンソンだなぁと思いました。

# 谷川さんは原田さんの歌について,「美輪明宏が憑依した森進一」とも表現していましたが,「なるほど巧いこというなぁ」と思いました。森進一さん自身,アダモの「雪が降る」とかを歌うのを聞いたことがあるので,この辺の皆さんは,もうジャンルなど関係ないという気もします。

アンコールでもう一曲,シャンソンが歌われて,演奏会は終了。会場入口で,谷川さんと原田さんによる,CD「ぽつねん」を販売していたので,記念に買ってみようかな...と思ったのですが...うっかりほとんどお金を持っていないことに気付き(私も日中は台風のことばかり考えていたので...),何も買わずにおきました(駐車場料金だけは確保しておかないといけないので)。このことだけが残念でした。


谷川さんは,大変おしゃべり好きな方だと今回のトークで分かったのですが...実は東京の自宅のことが大変気になって仕方がない...とのことでした。そんな思いを振り切るように,近代詩の世界を音楽とともに味わわせてくれた,谷川さんと原田さんのお二人に感謝をしたいと思います。



(2019/10/23)




公演の案内

以下,雨の21美の写真。ガラスに映る水滴もアートっぽく見えてしまいます。




レアンドロのプールの上部は閉鎖中


下からは見ることができました。


終演後,どさくさに紛れて,原田節さんにサインをいただきました。リッカルド・シャイー指揮によるメシアンのトゥランガリラ交響曲です。原田さんは「これは名盤です」と断言していらっしゃいました。聞いていて気持ち良くなるぐらい鮮やかな演奏ですね。

サインの方も歌唱同様に独特でした。