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岡田博美ピアノリサイタル:第20回記念富山市民音楽フェスティバル特別公演
2019年11月1日(金)19:00〜 富山市民プラザアンサンブルホール

ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ変ホ長調,op.7
ブラームス/パガニーニの主題による変奏曲, op.35
三善晃/アン・ヴェール(1980)
ショパン/ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調, op.35「葬送」
(アンコール)ショパン/練習曲
(アンコール)ベートーヴェン/エリーゼのために

●演奏
岡田博美(ピアノ)



Review by 管理人hs  

前週の金曜日に続いて,仕事が終わった後,車で富山市まで出かけ,ピアニスト,岡田博美さんのリサイタルを聞いてきました。岡田さんについては,1980年代前半,日本音楽コンクールで1位になった頃から注目をしていたのですが,金沢ではその演奏を聞く機会はありませんでした。前週同様,富山市で岡田さんのリサイタルのチラシをたまたま見つけたのをきっかけに,「これは行かねば」と思い,聞いてきました。ちなみに,岡田さんは富山県出身。そういえば,そうだったなと思い出しました。



今回,岡田さんの演奏を初めて聞いて,その凄さに感嘆しました。岡田さんはステージ上での動作はさり気なく,ピアノに向かうとすぐに演奏をはじめ,表情を変えることも,大きな身振りで身体を動かすこともありません。常に平常心・自然体で演奏する中から,前向きな音楽が広がって来ました。

岡田さんのピアノの音には,常にバランスの良い暖かみと,弱音でもしっかりと聞こえる明確さがありました。ピアノの音の鳴り方も素晴らしく,大きな身振りはないのに,曲のクライマックスでは,どの曲でも力と余裕のある音に包まれました。驚くほど完成度の高い演奏の連続に感動しました。

前半演奏されたのは,ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第4番とブラームスのパガニーニ変奏曲でした。岡田さんの演奏で聞くと,どの曲でも曲の姿がストレートに伝わってくるのですが,特にソナタ形式の楽章を持つ作品については,ステージ上に彫刻が立っているような,存在感を感じさせてくれました。

岡田さんはステージに登場し,ピアノの前に座ると,ほとんど間を置かずに演奏を開始。このスタイルはどの曲も同様でした。余計なことを考えずに,ピアノ演奏にだけ集中しようという意識の表れのように思えました。演奏が始まると,クリアで鮮やかな世界が広がりました。古典的な均衡と高級感を感じました。明るい陽光の下,どこにも無理がなく音楽が流れていくようでした。

第2楽章は,深く,美しい音楽でした。中間部での不吉なトレモノも印象的でした。第3楽章は柔らかで,流れの良い音楽でした。そのままインターバルを置かず,第4楽章へ。しっとりとした,しなやかな優雅さのある音楽で始まった後,中間部でドラマティックに音楽が盛り上がっていきました。最後は元の気分に戻り,静かに祝福されたように音楽がしめられました。

実演ではあまり聞く機会のない作品ですが(往年の名ピアニスト,アルトゥーロ=ベネディッティ・ミケランジェリが録音を残していますね),隅々まで磨かれていると同時に,線の太さを感じさせてくれるような素晴らしい演奏だったと思います。

ブラームスのパガニーニ変奏曲は,特に技巧的な作品でした。岡田さんの十八番といって良いレパートリーなのだと思います。岡田さんは,この曲でも多彩な技巧と音色を平然と聞かせてくれました。途中,ノスタルジックな感じの曲や柔らかな羽毛タッチのような曲もあり,ピアノの技法の玉手箱のような作品だと思いました。

最初に,切れ味良く,弾むような感じで,お馴染みのパガニーニのカプリース第24番の主題が演奏された後,これでもかこれでもか,という感じで鮮やか,かつ,力強い演奏が続きました。演奏全体に余裕があり,ガッチリとした構築感も感じられました。この曲の持つ迫力を,ハッタリなしで,ストレートに伝えてくれる素晴らしい演奏でした。

この曲は2つの部分に分かれており,第1部だけでも「ものすごい!」世界だったのですが,少し間を置いて,「まだまだあります」という感じで第2部がスタート。さらに重厚さと音楽全体の明るさが増していきました。言ってみれば,曲の凄さを暴き出すような,演奏だったと思います。

後半の最初は,三善晃のアン・ヴェールという作品でした。プログラムの解説を読むと,第1回日本国際音楽コンクールのピアノ部門の課題曲として書かれた委嘱作品とのことです。岡田さん自身,このコンクールの第2回の優勝者ということですので,若い頃からずっと親しんでいる得意のレパートリーなのではないかと思います。

今回のプログラムの中では唯一の現代曲でしたが,他の曲同様,曲の魅力がストレートに伝わってきました。決して親しみやすい雰囲気の作品ではなかったのですが,岡田さんのピアノの音の明快さ,透明感。演奏全体に漂う,ピリッと締まった雰囲気などが相俟って,物語性のようなものを感じました。特に最後の音がい印象的でした。ピアノの弦の音が聞こえるような,張り詰めた音で締めくくられました。

最後は,ショパンのピアノソナタ第2番が演奏されました。前半のベートーヴェンやブラームスに比べると,ロマン派の曲らしい感情の揺れのようなものが伝わって来たのですが,甘いムードに溺れるような部分はなく,前半同様のガッチリとした構築感を感じました。

第1楽章の最初の部分は,大げさになることなく,平然と始まった後,凄みを内に秘めたような感じで進んで行きました。たっぷりとした祈りの気分の漂う第2主題と鮮やかなコントラストを作っていました。第2楽章は,第1楽章の勢いがそのまま継続しているように始まりました。力感あふれる音楽の連続でした。中間部では,ほのかに甘さが漂うような,陶酔感も感じられました。

この曲で特に印象的だったのは,後半の2つの楽章でした。有名な葬送行進曲については,その和音の響きが美しく,暗く落ち込むというよりは,弔いの鐘が美しく響いているように感じました。中間部のデリケートな歌も素晴らしいと思いました。

この楽章の後に続く第4楽章は,メロディが全くない,非常に不思議な楽章なのですが,今回の演奏は,寒々とした雰囲気というよりは,繊細で軽やかなヴェールに会場全体が覆われたような独特の美しさに覆われました。曲の最後の和音も非常に立派な響きで,満ち足りた雰囲気をもった「葬送」といった印象を持ちました。

アンコールでは,まず,ショパンの練習曲集, op.25の中から,最初の曲が演奏されました。通称「エオリアン・ハープ」と呼ばれている曲ですが...私には「おうまの親子は」という歌詞をついつい付けたくなる曲です。そのタイトルどおり,美しいアルペジオが滑らかに続いていく,見事な演奏でした。

アンコールの2曲目,「何が出てくるのだろう?」と思ったら...「エリーゼのために」でした。非常にリラックスした気分のある,美しくベルカントで歌っているような演奏でした。中間部のスピード感も鮮やかでした。

2曲アンコールを演奏した後,岡田さんがピアノの蓋を締めて,演奏会は終了しました。以上のとおり,どの曲についても,曲の魅力がストレートに伝わって来ました。この日,会場では,岡田さんがレコーディングした沢山のCDを販売していましたが,どういう音楽についてもストレートに向き合う岡田さんのレパートリーの広さも改めて実感しました。岡田さんが富山で演奏会を行うのは9年ぶりとのことですが,「1回も聞き逃せない」ピアニストではと思いました。機会があれば,また聞きに行きたいと思います。

(2019/11/08)



公演のポスター




会場の市民プラザの外観です。

終演後,岡田さんのサイン会が行われたので参加。
20年以上前に買った,お気に入りのCDにサインをいただきました。ベートーヴェンのハンマークラヴィーアの見事な演奏です。