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オーケストラ・アンサンブル金沢小松定期公演 秋
2019年11月7日(木)19:00〜 こまつ芸術劇場うらら大ホール

1) ディーリアス/春初めてのカッコウを聞いて
2) パーセル/歌劇「ディドとエネアス」,Z.626〜序曲
3) パーセル/歌劇「ディドとエネアス」,Z.626〜私が土の下に横たわるとき
4) モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」K.492〜自分で自分がわからない
5) モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」K.492〜恋とはどんなものかしら
6) ロッシーニ/歌劇「アルジェのイタリア女」〜愛する彼のために
7) (アンコール)ヘンデル/歌劇「リナルド」〜「私を泣かせてください」
8) シュニトケ/古典様式による組曲
9) フォーレ/組曲「マスクとベルガマスク」,op.112
10) (アンコール)チャイコフスキー/弦楽セレナード〜ワルツ

●演奏
沖澤のどか指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング),小泉詠子(メゾ・ソプラノ)*3-7



Review by 管理人hs  

このところ2週連続で,終末近くになると富山市まで出かけて演奏会を聞いていたのですが,今週も木曜日の晩に,小松市まで遠出し,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の小松定期公演秋を聞いてきました。今回の注目は,つい先日,ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝したばかりの,沖澤のどかさんが指揮者として登場することでした。

 
チラシのデザインが微妙に変化しているのを発見。右側が「優勝前」,左側が「優勝後」です。



ただし,この演奏会自体は,このニュースの前からしっかり決まっていたもので,予定どおり,沖澤さんこだわりの,しっとりとした美しさのある曲が並ぶプログラムが演奏されました。もしも優勝することが分かっていたならば,もう少し華やかな雰囲気の曲が演奏された気がしないでもありませんでしたが,これまでのOEKの演奏会で演奏されたことのない曲が並ぶ,OEKファンなら大喜び(?)といった感じのプログラムでした。それに加え,石川県出身のメゾ・ソプラノ,小泉詠子さんの素晴らしい声を楽しむことができました。

今回のプログラムで意表を突いたのは,後半最後に演奏された曲が,フォーレの組曲「マスクとベルガマスク」だったことです。沖澤さんは,OEKのキャラクターにあった曲を選んだとのことですが,まさにその通りの,小粋で変化にとんだ美しい作品でした。個人的には「オーケストラの演奏会の最後は,やっぱり交響曲かな」とは思うのですが,今回の場合,沖澤さんのトークを聞いて納得しました。

本日のプログラムの最初に演奏された,ディーリアスの「春初めてのカッコウを聞いて」と対応させる形で,フォーレの「マスクとベルガマスク」の終曲のパストラールを配置したとのことでした。説明を聞いてからこの曲を聞くと,なるほどディーリアスと非常によく雰囲気が似ており,「なつかしい」気分にさせてくれました。

この「なつかしさ」というのが今回のプログラムのポイントだったのですが,曲の雰囲気自体「なつかしさ」があるのと同時に,プログラムの最後で最初に演奏された曲を思い出させるという二重の意味での「なつかしさ」にこだわっていたことになります。この選曲のセンスが素晴らしいと思いました。

沖澤さんの指揮については,今年の6月,シューベルトの交響曲第5番などを聞いたことがありますが,オーケストラを強く引っ張っていくというよりは,オーケストラが自発的に作り出す音楽に乗りながら,気づいてみれば,自然と沖澤さんの考える音楽へと導かれている。そういう感じの音楽だなと思いました。



最初に演奏されたディーリアスは,冒頭から不思議な雰囲気に包まれました。透明感のある持続音の上に,ほの暗くクラリネットがカッコウの音型を演奏したり,木管楽器が揺らぐような優しい響きを聞かせたり...ホールの外のざわざわとした気分とは別世界が広がっていました。沖澤さんのトークによると「暗い声のカッコウが英国の春の象徴」なのだそうです。

続いて同じ英国の作曲家パーセルの歌劇「ディドとエネアス」の中から2曲演奏されました。時代の方は,一気に今から300年以上前の1600年代後半に移りました。この「時空を超える」というのもこの日のプログラムのポイントだったようです。

まず,序曲が演奏されました。曲の最初の部分は,弦楽器の痛切な音が,グッと迫ってくるようなゆったりした進行。後半は細かい音が続きました。この日の通奏低音はチェンバロ奏者に加え,ルドヴィート・カンタさんが担当されていましたが,その音の動きも効果的でした。曲の雰囲気は,ヘンデルの「メサイア」の序曲のような感じかな,と思って聞いているうちに,袖から,この日のもう一人の主役の小泉詠子さんが登場。アリア「私が土の下に横たわるとき」が始まりました。

まず,小泉さんの声域がソプラノではなくメゾ・ソプラノという点が,沖澤さんが考えた,ちょっと地味目のプログラムの雰囲気にぴったりだったと思います。

沖澤さんの解説によると,このアリアには,低音楽器が半音ずつ下行していくラメント進行が効果的に使われているとのことでした。こういう情報はとてもありがたいですね。「なるほど」と思いながら楽しむことができました。

小泉さんの声には,清潔感があるとともに,情感がしっかりと乗っており,曲の持つはかなげで悲しいムードをしっかりと伝えていました。このお二人を中心とした,バロックオペラの企画などあれば(ヘンデルの「メサイア」の全曲でも良いですね),聞いてみたいものだと思いました。この,小松市のホールは大きさ的にもぴったりだと思います。

続くモーツァルトの「フィガロ」の中のケルビーノのアリア2曲はお馴染みの曲でした。はじめて恋をする少年(ズボン役ですね)の多感さを表現した作品で,小泉さんのすっきりとした声にぴったりでした。もう少しやんちゃなケルビーノもありだったかもしれませんが,「自分で自分が...」の最後の部分で情感たっぷりに名残惜しく聞かせる部分の美しさが素晴らしいと思いました。

「恋とはどんなものかしら」は,オペラではスザンナのギター伴奏の上でケルビーノが歌うという設定だったと思いますが,この日のOEKのヴァイオリン奏者とヴィオラ奏者の皆さんは,全編ギターを持つような感じでピツィカートで演奏していました(大きさ的にはウクレレでしょうか)。軽快な弱音が,抑制された小泉さんの声にぴったりで,セレナード的なムードを大きく盛り上げていました。

小泉さんのコーナーの最後は,ロッシーニの「アルジェのイタリア女」のアリアでした。この曲は,小泉さんの説明によると,「男を色気で誘惑」した後,「うまく罠にはまったな」とほくそ笑む,という女性の2面性を描いたアリアとのことでした。曲の前半での滑らかな美しさと,曲の後半での男を騙すしたたかさ。そのキャラクターをデフォルメしたような感じはありませんでしたが,古典的な雰囲気を保ちながら,鮮やかな歌い分けを楽しませてくれました。

前半はまず,イントロ部分での松木さんのくっきりとしたフルートの音に魅了されました。続いて出てくる,小泉さんの声も魅惑の声といった感じでした。後半はキビキビとした曲想になり,軽く演技を入れての歌唱でした。小泉さんの声には,この曲でも歌のベースの部分に瑞々しさと,品の良さがあり,沖澤さんが作る自然体の音楽ともしっかりマッチしていると思いました。

アンコールでは,ヘンデルの「リナルド」」の中の「私を泣かせてください」が歌われました。バロック・オペラの中の定番中の定番の曲ですね。澄んだ瞳でまっすぐに見つめられているような雰囲気があり,ストレートに美しさや情感が伝わってくるような歌でした。弦楽器と通奏低音による静かな伴奏も魅力的でした。

後半はオーケストラだけによるプログラムでした。まず演奏されたシュニトケの「古典様式による組曲」は,多分,OEKが演奏するのは初めての曲だと思います。曲の雰囲気としては,レスピーギの「古風な舞曲とアリア」ような感じで,一見,とても心地良く聞きやすい音楽なのですが,所々,隠し味のような感じで,「ちょっと違和感があるな」という毒が混ざったような響きが混ざってきます。沖澤さんはトークの中で,「時代劇の中に突然スマホが出てくるような感じ」と大変分かりやすい比喩を使って説明をされていました。

組曲は,パストラーレ,バレエ,メヌエット,フーガ,パントマイムの5曲から成っていました。のどかで素直な雰囲気で始まった後,最後の方はコルレーニョなどの特殊奏法が出てきたり,何が出てくるか期待しながら楽しむことができました。

メヌエットでは,哀愁たっぷりの雰囲気でした。が,ひねくれた気持ちで聞いているうちに,段々と「これは嘘泣きでは?」と疑心暗鬼になったりしました。何かの物語の一部のようにも感じられたり,勝手に想像力を膨らませて聞いてしまいました。

最後のパストラーレも美しさと哀愁が合わさった繊細な美しさがありましたが,曲の最後の方は不協和音的な音が長ーく伸ばされた後,「お呼びでない」という感じでフッと終了。さすがシュニトケという人を喰ったようなところのある作品でした。こういうひねくれた作品であるにも関わらず,わざとらしく感じはなく,とてもスマートに品良くユーモアを感じさせてくれたのが良かったと思いました。

最後に演奏されたフォーレの「マスクとベルガマスク」組曲の方は4曲から成っていました。こちらは,序曲,メヌエット,ガボット,パストラーレ...ということで,シュニトケと呼応するような構成の作品でした。沖澤さんのトークによると,全く違った時代に作った4曲を集めただけの組曲ということでしたが,その点でも,シュニトケとの取り合わせはぴったりだと思いました。

最初の序曲は,優しい音楽が心地良く流れ,美しく盛り上がっていくような曲です。これから指揮者として活躍を広げていこう,という今の沖澤さんの雰囲気にぴったりの瑞々しい音楽が聞こえてきました。中間のメヌエットとガボットには,どっしりと聞かせるような気分がありました。最後のパストラーレは,上述のとおり,この日最初に演奏されたディーリアスと似た雰囲気のある曲です。ハープの上で美しく,清潔な音楽が流れていきました。演奏会の最初に戻っていく感じは,「ネバー・エンディング・ストーリー」といったところでしょうか。ディーリアス同様,クラリネットも出てきて懐かしい気分で一杯になりました。

この曲が終わった後,小泉さんが再度ステージに登場して,沖澤さんに花束を贈呈。「ブザンソン指揮者コンクール優勝おめでとう」の花束でした。このプレゼントに応える形で,アンコールとして,チャイコフスキーの弦楽セレナードの中の有名なワルツが演奏されました。小細工なく,ストレートにスムーズに勢いのある音楽を聞かせてくれました。

この日の公演は,トーク以外の実質的な演奏時間はかなり短めだったのですが,その分,それぞれの曲をじっくりと楽しむことができました。今回の演奏会を聞いて,沖澤さんの指揮から生まれる,自然体の美しさが素晴らしいと思いました。それと,地味で静かな曲で締める,挑戦的なプログラミングも素晴らしいと思いました。是非,これまでOEKが取り上げてこなかったような作品を色々と聞いてみたいものです。今後の活躍に大いに期待しています。

(2019/11/12)



公演のポスター


うららの外観



沖澤さんの優勝を祝福する掲示。下の方には,新聞記事の切り抜きも掲示,