OEKfan > 演奏会レビュー
洋邦コラボレーション・コンサート コラージュ:能による3つの情景
2018年11月13日(水)19:00〜 石川県立音楽堂邦楽ホール

居囃子「松風」(謡・囃子)
●出演:渡邊茂人(シテ松風),川瀬隆士(ツレ村雨),渡邊荀之助(地謡),松田弘之(笛),曽和鼓堂(小鼓),飯嶋六之佐(大鼓),中山晃子(ビジュアルアート),林一平(木彫)

ヤナーチェク/「草かげの小径にて」第2集(ピアノ独奏)
●演奏:コンスタンチン・リフシッツ(ピアノ)

バッハ,J.S./パルティータ第6番ホ短調,BWV.830〜サラバンド(能舞・ピアノ独奏)
●出演:渡邊荀之助(能舞),コンスタンチン・リフシッツ(ピアノ)

ムソルグスキー/組曲「展覧会の絵」(能舞・モダンバレエ・ピアノ独奏・笛)
●演奏
渡邊荀之助,渡邊茂人,川瀬隆士,渡邊さくら(能舞),中村香耶(モダンバレエ),コンスタンチン・リフシッツ(ピアノ),松田弘之(笛),中山晃子(ビジュアルアート)

総合演出:中村豊



Review by 管理人hs  

「洋邦コラボレーション・コンサート コラージュ:能による3つの情景」という石川県立音楽堂ならではの演奏会(というよりはパフォーマンスといったところでしょうか)が行われたので聞いてきました。石川県立音楽堂には,洋楽用・邦楽用の2つのホールがありますが,その2つの要素をコラボさせようという試みです。同様のコンセプトの演奏会は,ホールの開館以来,毎年のように行われて来ましたが,今回の「能」と「ピアノ」を中心としたコラボレーションは,特に素晴らしい内容だったと思いました。

演奏会の構成は,謡と囃子による居囃子「松風」,ピアノ独奏によるヤナーチェクの「草かげの小径にて」第2集,能舞とピアノのコラボによるバッハのパルティータ第6番のサラバンド。そして,能舞,モダンバレエ,ピアノ,笛によるムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」全曲というものでした。

最初の居囃子「松風」は,能から能舞を抜いたもので,「能のカラオケ」といった雰囲気でした(この表現が正しいか分かりませんが...)。能は,本来はもっと地味なイメージですが,今回はプロジェクションマッピングのような感じで,ステージの照明が変化しており,この日の公演チラシの雰囲気に似た,ドラマティックな雰囲気が出ていました。逆に言うと正統的な邦楽の世界とは別世界だったのですが,新しい切り口で邦楽を聞かせようという今回の演奏会のコンセプトにはぴったりと感じました。

能楽師の皆さんの染み渡るような声も素晴らしかったですね。声そのものにドラマが内包されているように感じました。鳴り物の方もドラマティックにテンポや気分が変化しており,全く退屈せずに楽しむことができました。

その後の曲については,コンスタンチン・リフシッツさんのピアノと渡邊荀之助ファミリーの能舞が中心となっていました。その中では,何と言っても,後半に演奏された「展覧会の絵」が素晴らしかったですね。まず,渡邊荀之助さん,茂人さん,さくらさんの「三世代」に川瀬隆士さんが加わった4人が,古老,婦人,少女,青年を舞い,演じていました。これが実に華やかでした。そこに,絵を鑑賞に来た「旅の女」役の中村香耶さんのモダン・バレエが絡みます。「展覧会の絵」の中のプロムナードに当たるキャラクターがモダンバレエで,能舞の皆さん方が,鑑賞される絵のイメージと言えるのかもしれません。天井から吊された額縁の中でポーズを取ったりしていました。

この5人が曲に合わせて色々な組み合わせで登場します。邦楽ホールのステージは,色々な部分が,「上がったり,下がったり」させることができるのが,大変面白いのですが,それを駆使して,次は誰がどこから出てくるのだろう,というわくわくとした気分にさせてくれました。邦楽ホールでしか実現できない,金沢ならではのパフォーマンスだったと思いました。

そして,何と言ってもリフシッツさんのピアノが素晴らしかったですね。力強いピアノが能と組み合わさることで,和洋が渾然一体となって,「芸術そのもの」を賛美するようなパフォーマンスとなっていました。

リフシッツさんのピアノは,冒頭のプロムナードから大変堂々とした歩みでスタート。全曲を通じても,私がこれまで聞いたことのある,この曲のピアノ独奏版の演奏の中でも特に遅いテンポでした。その中に精緻な表現から豪快な表現まで,多彩な音楽が詰まっていました。2曲目の「グノーム」の最後の方での硬質で強烈なタッチ。能の古老の雰囲気にぴったりだった「古城」。独特の濃さをもった「牛車(ビドロ)」など,どの曲も「一癖」ある感じでした。

パフォーマンス付きの演奏の場合,どうしても目に見えるダンスの方などに注目してしまうのですが,リフシッツさんの演奏の場合,見た目と同様に耳も引きつけられる感じでした。さらに「バーバヤガーの小屋」の前の「カタコンベ」の部分では,意表を突いて謡も加わりました。死者の霊を弔うような,何とも言えない不思議な雰囲気が漂っていました。能には,死者の霊が登場する作品が多いので,ある意味,ここしかないという場所に謡が入ってきたように感じました。

「バーバヤガーの小屋」では,ピアノの弦を使った内部奏法も使っていたと思います。クラシックというよりはフリージャズのような気分に近い,激しさを感じました。そして,最後の「キエフの大門」は,出演者総出演の壮麗な「大団円」という感じになっていました。音楽の雰囲気にぴったりでした。逆に言うと,本来の能とは全く違う,能に出てくるキャラクターを活かした総合芸術といった趣きでしたが,その点に,他に比較しようのないオリジナリティを感じました。見応え,聞き応え十分の素晴らしい舞台でした。

この「華やかなステージ」と対照的だったのが,バッハのサラバンドと能舞の共演でした。渡邊荀之助さんは出家した尼さんのような面+衣装で登場。リフシッツさんの演奏する,悲しみと甘美さに満たされたようなピアノ演奏の雰囲気そのままの舞を見せてくれました。「誰かを思う・追悼する」といった気分が漂うパフォーマンスだったと思います。

リフシッツさんの演奏は,組曲の各曲の曲想に応じて,優雅さから力強さまで,まるで生き物のように気分が変化していました。全曲を通じて,じっくりとコクのある演奏を聞かせてくれましたが,特に弱音部分での「グラデーション」が素晴らしいと思いました。

以上以外にも,リフシッツさんの独奏でヤナーチェクの「草かげの小径にて」第2集が演奏されました。ヤナーチェクの曲にしては素直で分かりやすい組曲でしたが,曲全体を通じて,自由な気分が溢れていました。リフシッツさんの演奏にも,どこかジャズのピアノ曲を聞くような自在さが感じられました。それと同時に,各曲ごとに精緻で多様なタッチでキャラクターを描き分けていました。リフシッツさんのピアノの個性的な素晴らしさをしっかりと味わうことのできる演奏でした。

というわけで,1つの公演の中で,4つの全く違ったパフォーマンスを味わうことができました。それが可能にしたのが邦楽ホールの機能と工夫に溢れた演出の力だったと思いました。創意工夫に富んだアートの世界の楽しさ,素晴らしさを体感できた公演でした。



(2019/11/12)



公演の立看板

公演のポスター


公演の案内



邦楽ホール側には,電光式のポスターもありました。

サイン会はありませんでしたが,楽屋口近くでしばらく待っていると,リフシッツさんが現れたので,持参したCDにサインをいただきました。

若林工房から出ている,「展覧会の絵」とチャイコフスキーの「四季」を組み合わせた,2枚組CDにいただきました。東京でのライブ録音です。