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NHK-FM「古楽の楽しみ」公開収録
2019年11月23日(土・祝)14:30〜 能美市根上総合文化会館

前半:12月18日放送分「イタリア古典歌曲を中心に」
1) スラルラッティ,D./ソナタ イ長調,K.208
2) コレッリ/トリオ・ソナタ へ長調, op.3-1〜第1楽章,第2楽章
3) バッハ, J.S./管弦楽組曲第3番〜第2曲(G線上のアリア)
4) ヘンデル/歌劇「クセルクセス」〜「なつかしい木陰(オンブラ・マイ・フ)
5) カッチーニ/愛の神よ,何を待っているのですか
6) チェスティ/歌劇「オロンテア」〜「あこがれの人に」
7) ヴィヴァルディ/チェロ・ソナタ変ロ長調,RV.46〜第1楽章,第2楽章
8) カルダーラ/弦楽のためのソナタロ短調
9) ヘンデル/オラトリオ「セメレ」〜「さあ,アイリス,行きましょう」

後半:12月18日放送分「イギリスのバロック歌曲を中心に」
10) ダウランド/帰っておいで
11) パーセル/シャコンヌ ト短調, Z.730
12) ヘンデル/オラトリオ「メサイア」〜「主は羊飼いのようにその群れを養い」
13) 作曲者不詳/グリーンスリーヴズ
14) オスティナート・バスによる即興
15) パッヘルベル/カノン
16) ヘンデル/シャコン ト長調, HWV.435
17) パーセル/歌劇「ディドーとエネアス」〜「私が土の中に横たえられた時」
18) パーセル/歌劇「アーサー王」〜「この上なく美しい島」
19) (アンコール)ヘンデル/組曲「水上の音楽」〜第5曲

●演奏
大塚直哉(チェンバロ)
波多野睦美(メゾ・ソプラノ*4-6,9,10,12-13,17-18),大西律子,宮崎蓉子(バロック・ヴァイオリン*2-6,8-9,11-12,15,17-19),池田梨枝子(バロック・ヴァイオリン*14-15;バロック・ヴィオラ*3-6,8-9,11-12,17-19),山根風仁(バロック・チェロ*2-9,11-12,15,17-19)



Review by 管理人hs  

NHK-FM「古楽の楽しみ」の公開収録が能美市根上総合文化会館で行われたので聞いてきました。この収録については,NHK金沢放送局からのローカルニュースの時に流れていた「お知らせ」を見て,入場整理券を抽選で入手して参加できたものです。実は「古楽の楽しみ」は聞いたことはなかったのですが,大昔,「バロック音楽の楽しみ」というタイトルだった頃は,朝の目覚まし時計代わりによく聞いていました。

出演者は,番組の司会者の一人である,チェンバロ奏者の大塚直哉さんに加え,メゾ・ソプラノの波多野睦美さん,バロック・ヴァイオリンの大西律子さん,宮崎蓉子さん,池田梨枝子さん,バロック・チェロの山根風仁さんの合計6人でした。

今回は2回分を収録したのですが,1回目のテーマが「イタリア古典歌曲を中心に」,2回目が「イギリスのバロック歌曲を中心に」ということで,波多野さんによる歌がメインでした。各回ともトークを交えて,9曲ずつ演奏されたのですが,日頃,聞く機会の少ないバロック時代の美しい歌曲やアリアをしっかりと聞くことができ,大変充実感のある時間を過ごすことができました。

私自身,実は,バロック以前の音楽を聞くのは少々苦手で(正直なところ,良いと思うけれども,あまり区別がつかないのです),特にCDや放送などで聞いた場合は,BGMのような感じで聞き流してしまいます。今回の会場は,根上総合文化会館という室内楽を聞くのに最適のホールだったこともあり,バロック音楽の良さを気持ちよく味わうことができました。

特に波多野さんの声が素晴らしいと思いました。叫ぶような感じは全くなく,会場の空気と一体となったような,非常に自然で透明感のある声を聞かせてくれました。ヴィブラートが少なく,スッと耳に入ってくるのですが,心地良い暖かみがあり,曲の内容に応じたドラマを伝えてくれました。

以下,トークの内容などを含め内容をご紹介しましょう。


まず,大塚さんが登場し,「おはようございます」とごあいさつ。事前にディレクターの方から,「朝のつもりでお願いします」とお約束があったとおりです。

能美市は九谷焼の産地に近いということで,バロック音楽の時代については,九谷焼が登場した時期がほぼ重なると説明がありました。今回の収録に使ったチェンバロは,地元の輪島忠雄さん作成によるご当地チェンバロで,ご本人もステージ上に登場されました。輪島さんは,ドイツでチェンバロ作りの修行をされた後,故郷に戻ってこられた方です。ただし,今回のチェンバロはフランスのモデルとのことでした。チェンバロの楽器について説明があった後,「初めて見る方は?」の質問。半分ぐらいの方にとって,「初チェンバロ」でした。

最初に,D.スカルラッティのソナタが1曲演奏されました。指慣らしのように始まった後,澄んだ音で,丁寧で美しい音楽が続きました。続いて今回使われた,古楽器の紹介コーナーになりました。バロック・ヴァイオリンについては,あご当てがないことと,ガット弦(羊の腸)であることなどが紹介されました。ガット弦の場合,調律に時間が掛かるのですが,それもまた古楽をゆっくりと楽しむ時間の一部のような気がします。

続いてコレルリの曲が演奏されました。コレルリについては,「ヴァイオリニストならば,初心者からプロまで,ずっとこの人の曲を弾くだろう」とおっしゃられていました。それだけ演奏者に取っては魅力的な作品が多いのだと思います。今回は,トリオ・ソナタの中からゆっくりとした第1楽章ともっとテンポの速い第2楽章が演奏されました。柔らかなハモリとキビキビとした動きが心地良い演奏でした。

続いてバロック・ヴィオラの紹介。バッハのアリアでは,低音の動きがくっきりと聞こえ,静かに心に染みるようでした。浮遊感と落ち着きが共存したような演奏でした。

その後,「イタリア古典歌曲」のコーナーとなり,メゾ・ソプラノの波多野睦美さんが登場しました。数年前の大河ドラマ「真田丸」の各回の最後に出てくる「紀行」を担当されていたことがあると紹介されていました。

まず,ヘンデルの「オンブラ・マイ・フ」が歌われました。どんな歌ですか?と尋ねられ,波多野さんは「宗教曲のように思われますが,「木陰は気持ちが良い」と歌っているだけの曲です」と答えられていました。自然で澄んだ声がそのとおりの雰囲気を伝えていました。古楽器による弦楽四重奏との相性もぴったりでした。

「イタリア古典歌曲集」は,声楽の教科書のようなイメージがありますが,素敵な曲が沢山入っており,「声楽の源流の一つ」と波多野さんは紹介をされていました。

その後,「詩を大事に」というポリシーを持ったカッチーニという作曲家が登場します。当時の歌には,神様が必ずといって良いほど出てくるのですが,この曲では,「愛の神,キューピッド」が出てきます。その矢に当たると運命から逃れられなくなるというものです。カッチーニの歌では,波多野さんをタンブリンを叩きながら,生き生きと歌われました。演奏後,「歌よりもタンブリンの演奏の方が緊張した」とのことでした。

続いてバロックオペラの話になりました。波多野さんは,ラモーの「イポリートとアリシー」(聞き間違っているかもしれませんんが,多分)という作品が最も好きとのことでした。ここでは,チェスティの「オロンテア」の中のアリアが歌われました。このオロンテアというのは,女王の名前で,その恋の物語とのことです。落ち着いた優雅さのある,ほのぐらい雰囲気が良いな,と思いました。

続いて,バロック・チェロの楽器紹介がありました。この楽器については,見た目としては,エンドピンがない点が大きな違いです。大きな音や高い音を出すときに必要になりますが,身体を前後に動かしやすいという良さはあるようです。大塚さんがおっしゃっていたとおり,「楽器の不安定さがニュアンスの豊かさにつながる」ということが言えそうです。

ヴィヴァルディのチェロ・ソナタを聞くのは初めてでしたが,チェンバロとの音の溶け合いが素晴らしく,美しさと渋さのある音楽を雄弁に楽しませてくれました。

再度,弦楽器メンバーが全員揃い,カルダーラのシンフォニアが演奏されました。この曲も2つの部分から成っていました,憂愁さのある優しい音の絡みが良いなと思いました。この時代,「器楽」と「歌」は互いに影響し合っていたとのことでした。

前半の最後は,波多野さんも加わり,ヘンデルのオラトリオ「セメレ」の中のアリアが歌われました。ヘンデルについては,ドイツ人だけれどもイギリスで暮らし,イタリア語の曲を書いた人という紹介をされていました。

ここで歌われた「セメレ」の中の曲は,「リベンジのアリア」とのことで,これまで歌われてきた曲の中ではいちばんドラマティックな雰囲気がありました。激しさはあるけれども,余裕と品の良さがあるのが良いなぁと思いました。

ここで前半の収録が無事終了。15分の休憩後,2日目の収録になりました。



入口付近には,能美市出身の松井秀喜選手の写真だらけ。キリ番のホームランごとに写真がありました。

2日目の方は,「イギリスのバロック歌曲」がテーマでした。最初,波多野さんの歌と大塚さんのチェンバロによる,ダウランドの「帰っておいで」でスタート。やさしく染み渡るような声が広がりました。

続いて,波多野さんとイギリスのバロック歌曲との関係についてのトークになりました。もともと,カーペンターズとビートルズの曲から英語の歌が好きになった後,英国で勉強をすることになったとのことです。そこで,カウンターテノールの人の代役でオペラに出演してから,深くはまっていくことになります。イギリスには,小さくて美しい宝物のような曲が多いとのことでした。その一端が,今回紹介されたことになります。

ちなみに英国留学を希望する人向けのコメントとして,「芋好きならばOK」とのことでした。

続いてパーセルのシャコンヌが器楽のみで演奏されました。英国に留学したことのある,ヴァイオリンの宮崎さんのお話を伺ったところ,「必ずルールから反したねじれたようなところのある,独特の響きを持った作曲家。やみつきになる作曲家」とのことでした。

今回のシャコンヌの演奏からは,痛切で哀愁のある美しさを感じました。大塚さんは「えぐみがある」と語っていました。私自身,そこまではよく分かりませんでしたが,今度,別途じっくりと聞いてみたいと思います。

次にヘンデルの「メサイア」の中のメゾ・ソプラノのアリアが1曲歌われました。この日の放送日がクリスマスの直前ということで,「メサイア」第1部のクリスマスのシーンを描いた歌が歌われました(波多野さんの好きな曲がたまたまクリスマスの曲だったということですが)。

大塚さんの解説によると,この曲ではドローンバス(ファとドの持続音)が使われており,どこか懐かしい雰囲気が出ているとのことでした。波多野さんの重すぎない,まさに空気そのもののような声が,この曲にぴったりでした。ちなみにこの曲は,本当はその後,ソプラノが同じメロディを引き継ぐ曲だったと思います。

お馴染みグリーンスリーヴズは,日本でも親しまれているイギリス民謡(というか作曲者不詳の曲)ですが,実は歌詞が10番ぐらいまである「しつこい曲」とのことでした。この曲でもオスティナートバスが使われているとのことでした。

2日目の収録は,「イギリス歌曲」がテーマでしたが,もう一つのテーマといって良いのが,「チェロとチェンバロが演奏する,バスの動き」でした。しつこく繰り返されるオスティナート・バスにも,色々なタイプがあることを,大塚さんが丁寧に説明をされました。この説明があるかないかで,曲の楽しみ方は大きく違うと思いました。

その後,大塚さんの演奏するオスティナート・バスの上で,ヴァイオリンの池田利枝子さんが,即興的に演奏するコーナーになりました。今回は「レドミラ」と下がっていく「グラウンド」という音型に基づいて,10回ぐらい繰り返すという「お題」でした。池田さんによると,「頭をからっぽにして演奏する」とのことで,指と心が趣くまま,しかし,とてもバランスの良い,シャコンヌのような迫力を持った音楽が湧き上がって来ていました。

ちなみに「グラウンド」には,ビーバーのパッサカリアという曲があると紹介されていました。この曲は確か,エンリコ・オノフリさんのCDを持っていたはずなので,今度,よく聞いてきようと思います。

続いて,別のオスティナートの例として,有名なパッヘルベルのカノンが演奏されました。この曲は,通奏低音を担当するチェンバロとチェロについては,パート譜がなく,3本のヴァイオリンについても,パート譜はないけれども,見事に美しい曲になっている,「魔法のような曲」という説明をされていました。速めのテンポで,優しく澄んだ音が絡み合う心地良い躍動感のある演奏でした。

チェンバロ独奏によるオスティナートバスの例として,ヘンデルのシャコンヌが演奏されました。バッハのシャコンヌよりは,明るく開放的で,どこか「調子の良い鍛冶屋」を思わせる雰囲気もあると思いました。最後は品の良い華麗さの中で終了しました。

最後は,再度,波多野さんが登場し,英国のバロックオペラの代表的な作品である,パーセルの曲が2曲歌われました。パーセルの歌劇「ディドとエネアス」のアリアは,真っ直ぐに耳に飛び込んでくるような切実な美しさがあり特に印象的でした。曲の雰囲気に合わせて,照明も暗くなっていました。ちなみにこのアリアですが,11月7日に行われたオーケストラ・アンサンブル金沢の小松定期公演で,小泉詠子さんの歌で聞いたばかりだったので,思わぬ形で聞き比べができました。どちらも良かったのですが,オーケストラ伴奏版よりはさらにインティメートな雰囲気が感じられました。

パーセルについては,セオリー的には「やってはいけない」ことを色々と行っているけれども,聞いてみると非常に爽やかになる不思議な作曲家というような話が出ていました。確かにそのとおりで,最後に歌われた,歌劇「アーサー王」の中の「この上なく美しい島」も,収録全体の最後に相応しい晴れやかさが感じられました。

今回,聞いたとおり波多野さんの声と,バロック・ヴァイオリン,バロック・ヴィオラ,バロック・チェロ+チェンバロとの取り合わせは最高でした。現代の楽器よりも少しテンションが低いのですが,その分,しっかりと耳に絡んでくる...といった優しさを感じました。癖になりそうな雰囲気でした。

放送用の収録ということで,放送されるアンコールはなかったのですが,一旦,収録が終わった後,番組のテーマ曲が「アンコール」として演奏されました。それが恒例になっているとのことです。演奏されたのは,ヘンデルの「水上の音楽」の第5曲でした(本来,ホルンも入る曲だったと思います)。心地良い「ゆらぎ」のある演奏で,無事収録は終了しました。

大塚さんは,司会をしながらチェンバロを弾かれており大変だったと思いますが,演奏もトークもとても丁寧で,安心感を感じました。機会があれば,金沢でもまたレクチャーコンサートのようなものを行って欲しいと思います。とても分かりやすい解説でした。石川県の輪島さん作のチェンバロの音も素晴らしく,聞いていて爽やかさを感じました。

収録の方は,55分の番組を2回ということで,休憩時間も合わせると,約3時間かかりましたが,大変充実した内容だったと思いました。本日の収録は,12月18日(水)と19日(木)にNHK-FM 6:00〜6:55で放送される予定ですので,関心のある方は是非お聞きになってみてください。
 終演時には,外は真っ暗になっていました。

PS.収録に先だって,「拍手の練習」がありました。数年前,NHKの別の番組の公開収録にも参加したことがあるのですが(朝ドラ「まれ」の感謝祭です),その時同様,「NHK推奨の拍手」の説明がありました。普通よりも,拍手を速いサイクルで細かく叩いて欲しいとのことでした。その方が大きく盛り上がっているように聞こえるとのことでした。私自身,結構,拍手についてはのんびり叩いていたので,最初は慣れなかったのですが,終わるころには,こちらの方になじんで締まった感じです。

その他,能美市の教育長さんとNHK金沢放送局の局長さんのあいさつもありました。

能美市の教育長さんは,今回の来場者は,市外の方が多いので能美市について紹介をされました。手取川と梯川の間の扇状地にあり,海岸部から丘陵地まで海山川に恵まれた市。遺跡の宝庫であり,秋常山古墳群を中心に来年秋に博物館がオープン予定。来てね。とのことでした。

NHKの金沢放送局長の方は,番組について紹介をされました。今年,NHK-FM放送50周年なのですが,「古楽の楽しみ」は実は大変長寿番組。試験放送の時から数えると,名前を変えながら,56年も続いているそうです。「バロック音楽の楽しみ」「あさのバロック」「バロックの森」と続いた後,現在の名前になっています。番組の担当の方からは,番組では,毎月第1・3金曜日にリクエストを募っているので,本日の感想などのお手紙をお送りくださいとのことでした。
 
番組への「お手紙」を書くためのハガキが同封されていました。NHKの朝ドラ「スカーレット」やNHK金沢放送局のハガキも入っていました。

 
このホールでは,OEKも時々公演を行っています。その出演者のサインとポスターが掲示されていました。


いちばん右のポスターは,この日の段階では,まだ行われていなかった,加藤登紀子さんとOEKとの共演のコンサートものです。

(2019/12/03)



公演の立看板


この日は快晴。金沢から45分ほどドライブ。ホールのとなりには素晴らしい光景が廣がっていました。

最初,ホールの隣の建物に入りそうになってしまいました。森喜朗さんの筆によるものでしょうか。


ホールに到着


開場時間がやや遅かったせいか,かなり長い列ができていました。


ホールのロビーには,NHK金沢放送局のキャスターたちの,ほぼ等身大のパネルが出ていました。

帰宅途中,ちょうどお腹のすく時間帯だったので...山側環状沿いにあった,「ゴーゴーカレー」に入ってしまいました。


ちなみに「55」は,松井選手の背番号だったな,とカレーを食べながら思い出しました。