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オーケストラ・アンサンブル金沢第422回定期公演マイスター・シリーズ
2019年11月28日(木) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ナッセン/ムソルグスキー・ミニアチュアズ(1978)
2) ショスタコーヴィチ/ピアノ協奏曲第2番ヘ長調, op.102
3) (アンコール)ショパン/マズルカ op.63-2
4) ムソルグスキー(J.ユー編曲)/展覧会の絵:室内オーケストラのための(2002)

●演奏
川瀬賢太郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)*1-2,4,津田裕也(ピアノ)*2-3


Review by 管理人hs  

前日午後のリハーサル見学に続き,オーケストラ・アンサンブル金沢の定期公演マイスター・シリーズを聞いてきました。指揮は,常任客演指揮者の川瀬賢太郎さん,ピアノは津田裕也さんでした。



この日の公演の面白さは,まず選曲にありました。最初にオリバー・ナッセンがムソルグスキーの作品をオーケストレーションした「ムソルグスキー・ミニアチュアズ」,次にショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番。最後にムソルグスキー作曲,ジュリアン・ユー編曲による室内オーケストラのための「展覧会の絵」が演奏されました。現代の作曲家がアレンジした,「ひねりの効いた」ムソルグスキーの作品と,いつもとは一味違って「結構,素直な感じの」ショスタコーヴィチという,川瀬さんこだわりのプログラムでした。そして,その狙いどおりの,大変面白い演奏会になりました。

最初の「ムソルグスキー・ミニアチュアズ」は小品2曲ということで,フルコースの前菜のような感じの位置づけでした。1曲目は,ムソルグスキーというよりは,メンデルスゾーンの無言歌のような趣きのある「紡ぎ女」(スケルツィーノ)でした。繊細な音が心地良く流れる中,ちょっとだけスパイスが効いているような感じの曲でした。

2曲目は,未完のオペラ「ソロチンスクの定期市」の中の「ゴパーク」という曲の編曲でした。こちらの方はピチカートで始まった後,生き生きとテンポが変化していくような民族舞曲でした。川瀬さん指揮のOEKの音色はとても明るく,軽妙な雰囲気で一気に駆け抜けていくような趣きがありました。

愛らしい2曲を聞きながら,作曲者の故オリバー・ナッセンさんは,曲の雰囲気とは対照的に,大変体格が立派な方だったなぁということを思い起こしました。大きなナッセンさんが作った,珠玉の小品といった作品でした。

続く,ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番は,前日,リハーサルを聞いたばかりだったので,特に面白く聞くことができました。古典的といって良いような明快さのある曲想で,両端楽章の生き生きとした表情がまず印象的でした。冒頭,ファゴットが軽快なメロディを演奏するのですが,飯尾洋一さんのプログラム解説に書かれていたとおり,「なるほど,チャイコフスキーの「悲愴」交響曲の第3楽章の「行進曲」風の主題とよく似ているなぁ」と思いました。

この部分,前日のリハーサルで川瀬さんは,「ショスタコーヴィチが自分の子どものために作った曲。かわいらしい感じでお願いします」といった指示を出していたことを思い出しました。

それを受けて出てくる津田裕也さんのピアノは非常にクリアで,力んだところのない,心地良い音を聞かせてくれました。派手なパフォーマンスはなく,平然と地に足のついたタッチで鮮やかな音楽を楽しませてくれました。フォルテでもうるさくなく,常に余裕があるのが素晴らしいと思いました。初めて実演で聞く曲でしたが,「絶品!」と思いました。楽章の最後は,伸びやかに盛り上がり,キビキビとした雰囲気でバシッと締めてくれました。

第2楽章は,川瀬さんがプレトークの中で「ショスタコーヴィチのすべての曲の中でも特に美しい部分」とおっしゃられていたとおりの楽章でした。ショスタコーヴィチの緩徐楽章は,美しさと同時に冷たさとか不気味さが漂うのが定番ですが,この楽章については,素直に美しく,ほのかにロマンティックな気分も漂っていました。息子(指揮者として有名なマキシム・ショスタコーヴィチ)のために書いた曲という点が反映しているのだと思います。津田さんのスタイルにぴったりの楽章でした。

最初,弦楽合奏で,古いのかモダンなのか分からない感じで始まった後,津田さんのピアノが加わってさらに美しさがアップしました。ラフマニノフの曲に通じるようなロマンティックな味がありました。津田さんは常に姿勢を崩さず,端正に演奏されていました。ひねくれたところのない美しさをしっかりと味わえる演奏でした。

そのまま,インターバルを置かずに第3楽章になり,再度軽快な雰囲気に戻りますした。変拍子になったり,ユーモアの気分もある演奏でしたが,ここでも慌てて走る感じはなく常に微笑みをたたえたような音楽を聞かせてくれました。途中,ピアノ練習曲の定番「ハノン」のパロディ風パッセージが出てくるあたりも面白いところです。津田さんは,この部分も粒立ちのよういうな音で,平然と鮮やかに演奏しており,お客さんは唖然として聞いているといった感じでした。全曲を通じて,音楽に自然な勢いと安定感が同居していると感じました。

アンコールでは,津田さんの独奏でショパンのマズルカが演奏されましたが,この演奏での,しっとりとした落ち着きのある雰囲気も印象的でした。金沢の冬の空気にピッタリでした。

後半に演奏された室内オーケストラ版「展覧会の絵」は,数あるこの曲の編曲の中でも特に型破りなものだと思います。OEKは故岩城宏之さんとこの曲を演奏しており,CD録音も残している,「岩城さんの遺産」の一つですが,実演で聞くとそれを遙かに上回るような面白さを体感できました。多彩で大胆な響きの連続でした。

岩城さんの録音と違うのは,弦楽器の人数をOEKの通常の編成で演奏していることです。特にジュリアン・ユーの楽譜には人数についての指示はなく,岩城さんは弦楽器各1名という「超室内オケ」編成で演奏していたのですが,今回は編成を大きくすることで,より響きの多様性が表現されていたと思いました。

「展覧会の絵」といえば,まず「プロムナード」のメロディが印象的ですが,ジュリアン・ユー版では,ヴィオラが演奏していました。ラヴェル版でのトランペットとはあえて正反対の音を使ったという感じです。この日は,おなじみダニール・グリシンさんが担当していましたが,あらためて「素晴らしい音だ」と思いました。大きく浮遊するような,不思議な大らかさが漂っていました。基本的にプロムナードが出てくるたびにグリシンさんが活躍していたので,絵を見て回っている「お客さん」役を担当していたとも言えます。

その次に活躍が目立ったのが,エキストラの河野玲子さんをはじめとする打楽器奏者の皆さんでした。シロフォンなどの鍵盤打楽器が加わって,急に「中国風」の雰囲気になったり,多種多様な音を楽しませてくれました。


↑こんな感じで,特に鍵盤系の打楽器総動員という感じでした。

その他の楽器(というが,すべてのパートだと思います)も,特殊奏法続出で,次から次へと音色やテクスチュアが変化していきました。ピアノ版だと素直に一続きのメロディを,複数の楽器に分けて,妙なぎこちなさを強調したり,管楽器の方々に「音」を出さずにヒューという息の音だけを出させたり,SF映画の音楽のようになったり...「技のデパート金沢支店(?)」という感じでした。恐らく,バランス良くまとめるのは難しかったと思うのですが,川瀬さんは非常に精緻,かつ生き生きと各曲を聞かせてくれました。

定番のラヴェル編曲版では,「古い城」はサクソフォーン,「ビドロ」ではユーフォニウムが主旋律を演奏していますが,今回のジュリアン・ユー版では,それぞれチェロ(カンタさん)とファゴット(柳浦さん)が演奏していました。どちらも「定番」のイメージに重なるような味があると思いました。

「サミュエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」は,コントラバスの凄みのある音と荒れ狂うようなティンパニが絡み合う感じで表現されていました。これは特にインパクトのある部分でした。途中,ラヴェル版だとトランペットが苦しそうに演奏する「連符」が印象的ですが,ジュリアン・ユー版では,クラリネットが演奏していました。こちらも良い味が出ているなと思いました。

「リモージュの市場」は,上述の「一つのメロディを複数の楽器で演奏する」パターンの極致でした。クレージーキャッツのコミックソングのアレンジに通じる面白さがあるなぁ(個人の感想です),などと唸りながら聞いていました。次の「カタコンブ」は,どこかSF映画を見るような雰囲気。「バーバヤガーの小屋」は,破壊的で前衛的な奇妙なサウンドが炸裂しており,エマーソン・レイク・アンド・パーマーによるプログレッシブ・ロック版もびっくりという雰囲気があると思いました。

最後の「キエフの大門」も独特でした。最後の最後の部分は...最近では「珍百景」の音楽ですが...大げさに盛り上がるのを避け,室内楽的な雰囲気のまま進んでいきました。ここまでの各曲のメロディが断片的に再現されるなど,映画のエンドロールを観るような趣きがありました。て最後は,チャイムの音の余韻をしっかりと響かせて静かに終了。諸行無常の響きあり,といった悟りの境地といったところでしょうか。

実は,昨日のリハーサルの時,川瀬さんは「お客さんには,最後の音の余韻をしっかり持ち帰って欲しい。アンコールはなしにしましょう」といったことを語っていました。「なるほど,アンコールなしで正解」と思いました。

このような色々なアイデアの詰め込まれたジュリアン・ユー版「展覧会の絵」は,岩城さんとOEKの遺産と言える作品だと改めて実感しました。そういった作品を発掘し,鮮やかに聞かせてくれた今回の演奏会は大成功だったと思います。演奏会全体の時間的にはやや短めでしたが,OEK以外では聞けないようなプログラムをしっかりと楽しめませてくれた演奏会でした。


(2019/12/06)






公演の立看板


公演ポスター


公演前のロビーコンサートは,弦楽四重奏編成による,マンフレディーニのクリスマス協奏曲。そういうシーズンになってきましたね。


公演の案内

終演後は,恒例のサイン会。津田裕也さんのサイン。仙台国際コンクールでの優勝を記念したCDです。ベートーヴェン,シューマン,シューベルトの名曲が詰まった,素晴らしい録音です。聞いていて飽きない演奏です。


川瀬さんからは何にもらおうか考えたのですが,岩城さん指揮のジュリアン・ユー版「展覧会の絵」のCDにもらうことにしました。

このジャケットですが,岩城さんの顔が大きく入った,考えてみると大胆なデザイン。「顔の上にサインというのもちょっと」という状況だったので...


1枚めくったところのスペースにいただきました。


ホテル日航金沢のロビーにもクリスマスツリーが出ていました。