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PFUクリスマス・チャリティーコンサート2019
2019年12月7日(土)15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) スッペ/喜歌劇「軽騎兵」序曲
2) 池辺晋一郎/映画「影武者」〜テーマ曲
3) 武満徹/3つの映画音楽〜I.訓練と休息の音楽(映画「ホゼ・トレス」),III.ワルツ(映画「他人の顔」)
4) ロドリーゴ/アランフェス協奏曲
5) (アンコール)タレガ/アルハンブラの思い出
6) ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調,op.92
7) (アンコール)アダン(編曲)/オー・ホーリー・ナイト

●演奏
キハラ良尚指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)*1-4,6-7,村治奏一(ギター*4-5)
監修・案内役:池辺晋一郎



Review by 管理人hs  

12月恒例のPFUクリスマスチャリティコンサートを石川県立音楽堂コンサートホールで聞いてきました。このコンサートも回を重ね,今回で28回目とのことです。毎年のように,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が登場していますので,ほとんど12月の定期公演のようなものです。

今回登場したのは,若手指揮者のキハラ良尚さん,ギター奏者の村治奏一さんでした。お2人ともOEKと共演するのは初めてだと思います。この2人に加え,案内役として池辺晋一郎さんが登場しました。



前半は,スッペの「軽騎兵」序曲で始まりました。非常に有名な曲ですが,あまりにも親しみやすい曲なので,演奏会で聞くのはかえって珍しい,といった曲かもしれません。キハラさんの指揮は大変率直で,のびのびとこの曲を魅力を伝えてきました。じっくり聞くと気持ち良い曲だなぁと思わせてくれました。キハラさんの指揮の動作は自信に溢れ,見ていて格好良いなぁと思いました。中間部はかなり遅いテンポでしたが,重苦しくならず,澄んだ響きが聞こえてくるのがOEKらしくて良いなと思いました。

この曲ですが,実は,次に演奏された池辺さん作曲の黒澤明監督の映画「影武者」の音楽への伏線でした。池辺さんが「影武者」の映画音楽を担当した際,ラッシュ(未編集プリント)に「軽騎兵」序曲が入っていたそうです。

「軽騎兵」序曲のイメージで音楽を付けて欲しいという黒澤監督のメッセージなのですが,その真意はよく分からないということで,あれこれ策を駆使して(黒澤監督との飲み会などで探ったとのことです),「金管楽器の音を入れたい」ということが判明し,作曲したとのことです。

この「影武者」の音楽ですが(どういう場面で使われていたのか分からないのですが),「軽騎兵」というよりは,ベートーヴェンの「英雄」の第2楽章の葬送行進曲のような感じで始まりました。ゆっくりと歩くようなテンポでイングリッシュホルンが哀愁のあるメロディを演奏していました。最後の方でトランペットがそのメロディを引き継いでいましたので,ワーグナーの「神々の黄昏」の「ジークフリートの葬送行進曲」的な感じもありました。最後は,このトランペットの弱音で哀感を残しつつ終了。「軽騎兵」序曲のような「景気」の良さ(池辺さんの「本日のダジャレ」の一つです)はありませんでしたので,恐らく,戦いに敗れた感じの場面で使われたのかなと思いました。

続いて,武満徹「3つの映画音楽」から,第1曲「調練と休息の音楽」と第3曲「ワルツ」が演奏されました。「ワルツ」の方は,井上道義さんの時代から,アンコールピースとして何回も聞いてきた曲でしたが,第1曲の方を実演で聞くのは...久しぶり(初めて?)だと思います。ちょっとブルースっぽい雰囲気のある魅力的な作品で,「ワルツ」並みに聞かれても良い曲だなぁと思いました。リズムを刻むコントラバスが格好良く,武満さんはジャズも好きだったのだなと感じました。前衛的でとがった感じと親しみやすさとのバランスが絶妙で,1950年代後半の「時代の空気」も反映しているように思いました。

「ワルツ」の方は,井上さんに比べるとあっさりとした感じで,シュッとした感じの美しさがありました。キリッとクールに引き締まっており,全体として推進力が感じられました。ちなみに曲の最後の方,井上さんの時はコンサートマスターが主旋律をソロで演奏していましたが,この日の演奏は特にソロではなかったようです。

# ちなみにこの日のコンサートマスターは,サイモン・ブレンディスさんでした。先日の川瀬さんとの定期公演の時からですが,結構お久しぶりでしたね。

前半最後は,村治奏一さんの独奏で,ロドリーゴのアランフェス協奏曲が演奏されました。金沢の冬とは正反対のカラッとした明るさのある演奏でした。村治さんのギターの音の澄んだ音が心地良く響いていました。ゆとりのあるテンポ感もとても良いと思いました。

ちなみに村治さんの楽器ですが,ギターの下部に膝の上に乗せるための金具のようなものが付いているのが特徴的でした。遠くの座席からだったのではっきり分からなかったのですが,特注品でしょうか。

有名な第2楽章も,ノスタルジックな雰囲気よりは,どこかニヒルでクールな雰囲気を感じました。ギターの低音が豊かに響いており(とても自然な感じでPAを使っていたと思います),会場全体が落ち着いた気分に包まれました。楽章後半のカデンツァの力強くかき鳴らす感じになりますが,その部分にも精緻で引き締まった感じがありました。キハラさんの指揮と相俟って,若々しいエネルギーで大きく盛り上げるような演奏でした。

第3楽章は力強さと同時に,ニュアンスの豊かさを感じました。カッチリとした変拍子を含むようなメロディが印象的ですが,硬くならず,キハラさん指揮OEKともども,しなやかな演奏を聞かせてくれました。

アンコールでは,タレガの「アルハンブラの思い出」が演奏されました(池辺さんは「誰が」作曲したのでしょう?「タレガ」と紹介していらっしゃいました)。最初の部分は,オッと思わせるほど揺らぎのある独特のテンポ感で始まりました。村治さんならではの語り口にグッと引きつけてくれるような演奏でした。


休憩時間中は,PFUブルーキャッツの宣伝映像が流れていました。

 
ブルーキャッツの試合の予定と選手名の書かれたチラシも同封されていまいた。

後半は,OEK十八番のベートーヴェンの交響曲第7番が演奏されました。9月の定期公演でも取り上げたばかりの得意曲です。が...私自身は都合でこの公演を聞けなかったので,そのリベンジ(?)の意味と,初めて聞く指揮者がどういう演奏を聞かせてくれるかの期待を込めて,大変楽しみにして聞きました。

そのキハラさんの演奏ですが,奇をてらった所のない,伸びやかな演奏だったと思いました。オーソドックスでありながら,新鮮さがありました。勢いのある堂々とした部分は堂々と,テンポの速い部分はぐいぐい進む,というメリハリがしっかり効いていました。この曲を何回も演奏している,OEKの持つ安定感をベースにしつつも,要所要所で,力強い表現やデリケートなニュアンスを効かせたり,非常にバランスの良い演奏だと思いました。

第1楽章の冒頭,和音をバシッと心地良く決めた後,のびやかかつニュアンス豊かに進んでいきました。序奏から主部にかけては,フルートが「肝」だと思っているのですが,この日の松木さんの演奏は素晴らしいと思いました。個人的に静から動に移行していくこの部分については,「冬から春への推移」のイメージを持ってしまうのですが,その雄弁で躍動感のある演奏は,そのイメージにぴったりでした。主部に入った後,呈示部の繰り返しは行っていませんでした。

展開部から後は,普通の感じでさり気なく始まった後,次第にワクワクとさせるような感じで盛り上がっていきました。バスのオスティナートをしっかり聴かせた後,最後は軽やかに締めくくっていました。

第2楽章にはさらりとした感触がありましたが,その音にはたっぷりとした情感もたっぷりとこもっていました。ヴィオラのグリシンさん,チェロのカンタさんの存在感の大きさが感じられました。ここでも力みすぎず,自然に理にかなった形で盛り上がっていくのが良いなぁと思いました。

後半の第3,第4楽章は大変流れの良い演奏でした。若手指揮者ならではの勢いを感じました。第3楽章は鋼のようにビシっと締まったブレのないテンポ感が快適でした。中間部では,いつもどおりトランペットが鋭い音を聞かせてくれました。ここでもフルートの豊かな歌が素晴らしいと思いました。

第4楽章は,第3楽章からほとんどインターバルなしで連続的に演奏されました。開放的でラフでカジュアルな感じで始まったのですが,その一方でとても丁寧にニュアンスの変化を付けており,弱音になる部分では,微妙にテンポを落としているのが面白いと思いました。この部分でも,金管楽器がしっかり吠えていました。OEKにとっては,しっかり手の内に入った演奏なのだと実感しました。コーダの部分は,しっかりと音やバランスが整ったままで,心地良く疾走するような演奏でした。全力を尽くして熱狂的に燃え上がるというよりは,ゴールインした後もそのまま,ゴールを超えてズーッと走り抜けていってしまうような伸びやかさを感じました。

案内役の池辺さんは,「キハラさんは,これから必ず名前をたびたび聞くようになる指揮者です」と紹介されていました。これからの活躍が大いに楽しみです。ちなみに,ちょっと気になる「キハラ」というカタカナ表記ですが,もともとは漢字表記だけれでも,「芸名(?)」として使っているとのことです。俳優でいうと「キムラ緑子」のような感じでしょうか。一度見たら忘れられない,という効果はありますね。

時期的には少し早かったのですが,「クリスマス・チャリティコンサート」ということで,アンコールでは,アダンの「オー・ホーリー・ナイト」が池辺さんのお弟子さんの日高さんによる編曲版で演奏されました。池辺さんは「クリスマス・ソングの中ではこの曲がいちばん好き」と語っていましたが,実は私も同様です。「ジングルベル」「赤鼻のトナカイ」などと比べると,大人っぽい雰囲気があり,聞いているうちに,どこか切ない感じにさせてくれるような美しさがあります。マライア・キャリーなども歌っていますね。日高さんのアレンジは,OEKにぴったりの編成用のもので,期待どおりの美しくさと切なさを味わうことができました。各楽器のソロもふんだんに出てくるので,これからも,PFUコンサートのアンコール曲として毎年使ってもらっても良いかなと思いました。

というわけで,例年にも増して,若いエネルギーを感じ取ることのできたチャリティコンサートでした。

(2019/12/15)




公演の立看板


公演の案内


入口付近にクリスマスツリーが出ていました。


音楽堂前のコンサートガイドの色合いもクリスマス色。


館内各所にクリスマス飾り。


この日のチャリティ寄付金は,「金沢市文化の人づくり基金」の方に入るようです。



この雪つり型のライトアップもすっかり定番化していますね。駅のホームの飾りとしっかりマッチしています。