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いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2019 レビュー・トップページ
いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2019
春待つ北ヨーロッパからの息吹:北欧とロシアの音楽:グリーグ,シベリウス,チャイコフスキー,ショパン

【 5月4日 本公演2日目の公演】

Review by 管理人hs  

本公演2日目の金沢も朝から快晴。本当に安定しています。朝一は,藤田真央さんの独奏によるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番がメインの公演からスタートしました。



C21 10:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) チャイコフスキー/幻想序曲「ロメオとジュリエット」
2) チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番変ロ短調
3) (アンコール)リスト/愛の夢第3番

●演奏
ミヒャエル・バルケ指揮台湾フィルハーモニック*1-2
藤田真央(ピアノ*2-3)

オーケストラは台湾フィルハーモニック。演奏を聞くのはこの公演が初めてでしたが,とても良いオーケストラだと思いました。「ロメオとジュリエット」は,冒頭から肉厚の響きで始まり,曲想に応じて鮮やかに色合いが変化していきました。主部は荒れ狂う感じではなくカッチリとキビキビと進み,途中に出てくる「愛のテーマ」も,すっきりとした感じがあり,午前中の気分にぴったりでした。

お待ちかねの藤田真央さんの独奏による,ピアノ協奏曲第1番の演奏は,期待を遙かに上回る素晴らしい演奏でした。藤田さんは,一見,実際の年齢よりは幼い感じに見えるのですが,ピアノを弾き始めると雰囲気が変貌します。第1楽章序奏部の,和音の部分から,しなやかでクリア。しかも力強い音が印象的で,どこか高貴な雰囲気も感じました。

その後のテンポは速めで,オーケストラを引っ張っていくようなのびのびとした勢いを感じました。タッチはしなやかで叩きつける感じはなく,速いパッセージは軽やかでクリア。この曲では,第3楽章をはじめとして,音楽が盛り上がってくると,両手で音階を駆け上がっていくようなパッセージが出てきますが,そういった部分でのぐっと力がこもった迫力も素晴らしいと思いました。最後の部分の高揚感を素晴らしかったですね。しかも,すべてを楽々と演奏していました。

藤田さんは,今秋映画化される,恩田陸のベストセラー小説『蜂蜜と遠雷』の風間塵役の演奏を担当することになっていますが,「ぴったりかも」と思わせる演奏でした。映画の方も楽しみになってきました。

というわけで,会場は大喝采で,アンコールではリストの「愛の夢」第3番が演奏されました。


その後,サイン会が行われたので参加。
 
演奏中は黒い衣装を着ていらっしゃったので,白っぽい普段着で登場すると,「同じ人?」と一瞬思ってしまいました。あまりにも素晴らしい演奏だったので,「この曲はどれくらい弾いている野ですか?」と尋ねてみたところ,「何回も弾いている」との回答。まだ20歳のはずなのに...末恐ろしいピアニストかもと感じました。

ちなみに,6月8日には,お隣富山県で,次のようなリサイタルもあるようです。


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続いて,邦楽ホールの「左手のピアニストの祭典」へ

H21 11:20〜 石川県立音楽堂邦楽ホール
左手のピアニストの祭典

1) エスカンデ/協奏的幻想曲「アンティポダス」〜第3楽章ペルクッシーヴォーベン・マルカート
2) 吉松隆/左手のためのピアノ協奏曲「ケフェウス・ノート」〜Part3,4,5
3) ノルドグレン/左手のためのピアノ協奏曲第3番〜小泉八雲の「怪談」による「死体にまたがった男」

●演奏
小松長生指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
月足さおり*1,瀬川泰代*2,舘野泉*3(ピアノ)

この公演では,オーディションに合格した月足さおりさん,瀬川泰代さんに加え,大御所の舘野泉さんが登場しました。いずれも一般的には知られていない協奏曲的作品でしたが,どの曲も映像が浮かぶような物語性があり,それぞれの世界をしっかり楽しむ箏が出来ました。


エスカンデの曲は,第3楽章だけが演奏されたのですが,全体にラテンの香りのする中,色々なドラマが入っており,変化に富んだ曲想を楽しむことができました。月足さんのピアノからは,哀愁と同時にたくましさのようなものが伝わってきて,素晴らしいと思いました。

吉松隆作曲の「ケフェウスノート」の方も,Part3〜5のみの演奏でした。どこか軽妙で明るいトーンで始まったので,アニメ映画の1シーンを見るような気分があるなぁと思いました。その後,鍵盤を手のひら(?)で叩くような奏法が出てきたり,吉松さんらしいサウンドが出てきたり...大変変化に富んでいました。瀬川さんの演奏も,繊細な気分から力強さまで,非常に表現の幅が広いなぁと感じました。それと瀬川さんの雰囲気には,常に明るさがあるのが良いと思いました。

この日は,作曲者の吉松隆さんも会場にいらっしゃっていたのですが,是非機会があれば,瀬川さんの演奏で全曲を聞いてみたいと思いました。

最後に,舘野泉さんが登場し,ノルドグレンの左手のためのピアノ協奏曲第3番を演奏しました。「死体にまたがった男」という副題は,小泉八雲の「怪談」にちなんだもので,不気味な唸り声を出す不思議な打?楽器の音をはじめ,ホラー的な気分満載でした。

舘野さんは,前日の夜,偶然お会いした際は車椅子に乗っていらっしゃいましたが,この日は,ステージの袖からピアノまではしっかりと歩いていらっしゃいました。そして,ピアノ演奏が始まると,すべてを悟ったような芯のある素晴らしい音。さすが!と思いました。不気味なサウンドの中で凜とたたずんでいるような強さを感じました。

曲の最後は,あれこれ騒動が収まったという感じでしたが,この邦楽ホールで聞くのにぴったりの曲だと思いました。夏のお盆の頃,このホールの提灯を点滅させて聞いても良いのではと思いました。

終演後,邦楽ホールのロビーでサイン会。吉松隆さんや一柳慧さんなどもいらっしゃり,出演者との「交流会」という感じになっていました。舘野さんは,サイン会なしで,CDなどを購入した方と一緒に記念撮影をされていました。

吉松さんについては,サイン会は行っていなかったのですが,ちょうど近くにいらっしゃったので,サインをいただいてしまいました。少々失礼かと思ったのですが,公演ガイドのタイムテーブルの真ん中に書いていただいました。

 

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この公演の後のやすらぎ広場。金沢クラリネットアンサンブルの皆さんが演奏中


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音楽堂広場前では,アクィユ・サクソフォン・カルテット皆さんが「剣の舞」を演奏中。そういえば,もともとサクソフォンが活躍する曲ですね。この曲を聞きながら,本日も一旦帰宅。夕方また出直すことにしました。


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交流ホールを上からのぞき込むのも,ガル祭の楽しみ(?)の1つです。おなじみの,スキヤキ・スティール・オーケストラが練習をしていましたが,ガラスがあってもしっかり音が聞こえてきました。音量面ではもしかしたら最強かも。鼓門下で演奏しているときも遠くから聞こえますね。


ちなみに,スキヤキ・スティール・オーケストラは略してSSOなんですね。全く音楽とは関係ありませんが...ネットワーク関係の用語のシングル・サイン・オンの略称と同じだなと気づきました。SOSでなくて良かったですね。

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夜の部の最初は,ボロディン弦楽四重奏団とOEKのクラリネット奏者,遠藤文江さんの共演による室内楽公演へ。

H23 16:40〜 石川県立音楽堂邦楽ホール

1) モーツァルト/クラリネット五重奏曲イ長調
2) シューベルト/四重奏断章 ハ短調
3) ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏のための2つの小品〜エレジー

●演奏
ボロディン弦楽四重奏団,遠藤文江(バセット・クラリネット*1)



この公演で,今回のガル祭で初めてボロディン弦楽四重奏の演奏を聞いたのですが,非常に理知的な印象を受けました。音色に軽い透明感があり,各楽器のバランスが非常によく,きっちりとした枠の中で,各楽器がしっかり歌うといった演奏だったと思います。特に第2楽章でのどこまで行ってもない平静な気分の上に,遠藤さんのクラリネットがしっかりと歌うのを聞いて,「完成された世界だ」と思いました。

遠藤さんのクラリネットは,四重奏団の演奏に比べるともっと暖かく,いつもどおり表情豊かもな演奏だったと思います。それと,今回はバセット・クラリネットを使っていたのが特徴だったと思います。特にリーフレットには記載はなかったのですが,楽器の長さが長く,第3楽章のトリオの部分の音域がいつも聞いているよりも低い音域まで使っている気がしました。一度「聞き比べ」企画など行ってもらいたいものです。

ボロディン弦楽四重奏団の単独演奏による,シューベルトの四重奏断章は個人的に懐かしさのある曲です。なぜか高校生の頃,よく聞いていた曲です。この曲でも甘さを配した怜悧さと,4つのパートががっちりと組み合った立体感があり,素晴らしいと思いました。

最後に演奏された,ショスタコーヴィチのエレジーは,十八番中の十八番のような手の内に入った演奏だと思いました。長いため息が四重奏になったような曲だと思いました。クールな気分の中に,暖かさがほのかに漂う演奏で,聞いていて気分が落ち着きました。

終演後,ボロディン弦楽四重奏団のサイン会がありました。次のCDにいただいたのですが...全員メンバーが入れ替わっているのが悲しいところです。サインの方は,上から,第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロです。サイン会の席順についても,きっちりと統制が取れており,「さすが」と思いました。
 

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音楽祭の写真も増えてきていました。


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続いては,前日のエーテボリ歌劇場管弦楽団の演奏を聞いて,「これは聞かねば」と思って,急遽当日券を買った,ユベール・スダーン指揮によるチャイコフスキーの交響曲第4番の公演へ。

C24 18:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

アルヴェーン/スウェーデン狂詩曲第1番「夏至の徹夜祭」
チャイコフスキー/交響曲第4番へ短調

●演奏
ユベール・スダーン指揮エーテボリ歌劇場管弦楽団

まず,チャイコフスキーの4番に先だって,アルヴェーンのスウェーデン狂詩曲第1番が演奏されました。この曲は,オープニングコンサートのアンコールでも演奏されたのですが,それとは全く違う,民族性たっぷりのオリジナル版でした。全体で15分近くあり,スウェーデンの長閑な景色(推測ですが)が次々と現れてくるような楽しさがありました。ただし,先日演奏された短い版(往年のパーシーフェイス楽団とかマントヴァーニ楽団などが演奏しています)の方が一般的にはよく知られていますね。

チャイコフスキーの4番の方は,交響曲第5番に比べると演奏頻度はやや少なく,金沢で演奏される機会もそれほど多くないですね。私自身,実演で聞くのは久しぶりでした。

スダーンさんの指揮による今回の演奏は,がっちりとした枠をしっかり作った上で,その中から「熱さ」が湧き上がり,「魂」が伝わってくるような聞きごたえ十分の演奏でした。冒頭のファンファーレは曲全体を支配する主要モチーフですが,非常に堂々と演奏されていました。時々このモチーフが登場してくるのですが,常に確固たる力強さで再現していました。このように,ガツンと来る部分だけでなく,弱音でひっそりと歌わせたり,リズミカルに弾ませる部分があったり,しっかりと変化が付けられていました。

第2楽章ではオーボエの艶のあるよく通る音が見事でした。熱い情感を内に秘めながら,浮かれすぎることなく気分が変化していくような演奏でした。第3楽章の「大編成による弱音のピツィカート」のワサワサした面白さは実演ならではです。中間部の目の覚めたような鮮やかさと好対照を作っていました。

そして力強くバーンと始まった第4楽章。民謡風のメロディの出てくる中間部で,しっかりと哀感を漂わせつつ,前後の部分では,中庸のテンポでオーケストラをしっかりと鳴らしてくれました。コーダの部分でも,力強く盛り上がり,伸びやかな気分の中で全曲を締めてくれました。演奏後は大喝采が続きました。

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本公演2日目は,邦楽ホールでのクレーメルさんとOEKによる公演でした。


H24 19:20〜 石川県立音楽堂邦楽ホール
シューベルトとシルヴェストロフの出会い

シューベルト/ヴァイオリンと管弦楽のためのポロネーズ変ロ長調
シューベルト/5つのメヌエットと6つのトリオ(弦楽合奏版)
シルヴェストロフ/ヴァイオリンとピアノのための5つの小品
シューベルト(エーレンフェルナー編曲)/ヴァイオリンと弦楽合奏のための「ミューズの子」

●演奏
ギドン・クレーメル(ヴァイオリン),ゲオルギス・オソーキンス(ピアノ*3-4)
オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)

前日のクレーメルさんのヴァイオリン独奏の公演では,ワインベルクの緊張感漂う音楽に支配されていたので,演奏前は「今日はどうなる?」と不安と期待が交錯するような気分だったのですが,前日とは全く違った,耽美的で繊細な美の世界が広がりました。

演奏された曲は,シューベルトの親しみやすい舞曲風の作品と,現代ウクライナの作曲家シルヴェストロフの小品集でした。プログラムでは,それぞれ別に演奏するような形になっていましたが,会場前に「シューベルトとシルヴェストロフを交互に演奏します」といった演奏順についての「お知らせ」が掲示されていました。

このアイデアは,「お見事!」というしかありません。シルヴェストロフの作品は,前日演奏されたワインベルクのような重苦しさのある音楽ではなく,シューベルトと交互に演奏することで,見事に2つの作曲家の音楽が融合していました。

まずシューベルトのヴァイオリンと管弦楽のためのポロネーズが演奏されたのですが,クレーメルさんの演奏は,軽いけれども濃密さのある演奏で,歌わせるというよりは,一音一音にしっかりと気持ちを込めて,美しさを愛でる。そういった感じの独特の雰囲気がありました。

その後,シューベルトの「5つのメヌエットと6つのトリオ」とシルヴェストロフの5つの小品が演奏されました。シューベルトの「メヌエット」の方は,アビゲイル・ヤングさんを中心としたOEK単独の演奏,「トリオ」の方はクレーメルさん+OEKのトップメンバーによる室内楽。そして,シルヴェストロフの方は,クレーメルさんのヴァイオリンと,ゲオルギス・オソーキンスさんのピアノによる重奏でした。

編成はそれぞれ違い,曲想も違っていたのですが,ベースにある耽美的な気分は持続しており,何かホールの中に,現実とは別の時間が流れる別世界が作られたような感じになりました。素晴らしい世界でした。

書き忘れていたのですが,ゲオルギス・オソーキンスさんのピアノも素晴らしかったですね。「音が非常に美しい」という声をちらほら聞きました。前日のピアノチクルスでの遺作のノクターンを聞いて以来,私もすっかり虜になってしまいました。

最後に,シューベルトの歌曲「ミューズの子」をヴァイオリンと弦楽合奏用にアレンジされたもの(ピアノも加わっていました)が演奏されました。穏やかな気分の中に静かでリズミカルな華やかさが加わったような演奏でした。普通に考えると,全体を締めるには,「小品過ぎるかな」とも思ったのですが,この曲が最後に軽やかに入ることで,浮遊感のようなものが出てきて,さらに一段階上の世界へと昇っていったような心地よさを感じました。見事な構成だったと思います。

この公演の後,何とギドン・クレーメルさんのサイン会が行われました。他の公演ではなかったので,一日の最後の公演ならではのサプライズだったようです。この「何があるか分からない」というのもお祭りですね。それと,クレーメルさん自身,今回の公演に大いに満足したからこその,サイン会(ものすごく長い列ができていたので大サイン会といった感じでした)だったと思います。


 



サインは,念のために,持参していたクレメラータ・バルティカとのモーツァルトのヴァイオリン協奏曲全集のCD。デュルヴァナウスカイテさんは,特にソリストとしてクレジットされていなかったのですが,クレメラータ・バルティカのメンバーとして,このレコーディングに参加されていましたので,一緒にいただきました。

 

オソーキンスさんにサインをいただくのは実は2回目でした。まず大きく「O(オゥ)」を書く印象的なサインでした。
 

というわけで,今回のガル祭の中でも特に忘れられない公演となりました。この日のお昼には,クレーメルさんは,シベリウスのヴァイオリン協奏曲も演奏していましたので,「クレーメルの日」と言えそうです。

今回のガル祭では,クレーメルさんは4公演に出演し,毎回,大きな注目を集める演奏を行っていましたので,今回のガル祭りは,別名「風と緑とクレーメルの音楽祭」と言えるかもしれません。クレーメルさんは以前,ロッケンハウス音楽祭を行っていましたが,ケンロクハウス音楽祭といったところですね(金沢の兼六園とのダジャレです...)。



ホール内には,次のような謎解きが掲示されていました。私には答えが分からないのですが...。


(2019/05/14)