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オーケストラ・アンサンブル金沢第424回定期公演マイスターシリーズ
2020年1月25日(土)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ベルク/室内協奏曲, op.8
2) 挟間美帆/南坊の誓い(2019年OEK委嘱作品・世界初演)
3) ベートーヴェン/交響曲第2番ニ長調, op.36
4) (アンコール)グルック/歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」〜オルフェオの死

●演奏
マキシム・パスカル指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング),ユージュン・ハン(ヴァイオリン*1),アルフォンセ・セミン(ピアノ*1)



Review by 管理人hs  

フランスの若手指揮者,マキシム・パスカルさん指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演を聞いて来ました。プログラムは,前半は,ベルクの室内協奏曲と挟間美帆さんの新曲,後半はベートーヴェンの交響曲の中でも比較的演奏される機会の少ない第2番という非常に冒険的な内容。若い世代のアーティストたちによる清新な気分が漂う公演となりました。



ベルクの室内協奏曲をOEKが演奏するのは今回が初めてかもしれません。ピアノとヴァイオリンがソリスト的,それ以外は13管楽器という変則的な編成で,その名のとおり,協奏曲的要素と室内楽的要素が混ざったような作品でした。曲についての解説書を調べてみると,次のような管楽器が使われていたことが分かりました。

ピッコロ/フルート/オーボエ/イングリッシュ・ホルン/クラリネット2(Eb,A)/バス・クラリネット/ファゴット/コントラ・ファゴット/ホルン2/トランペット/トロンボーン
新ウィーン楽派のベルクの作品ということで,モチーフの設定やその組み合わせ方は理詰めで(ベルク,シェーンベルク,ウェーベルンの名前を読み込んだモチーフなどは,ショスタコーヴィチを思わせる感じかも),単純に感情移入するのは難しい曲ではあったのですが,パスカルさんの作る音楽には,明晰さと同時にしなかやかさがあり,どこか詩的な気分やドラマが漂っているように感じました。

曲はこのモチーフの呈示から始まりました。ピアノによるシェーンベルクのモチーフ(a-d-es-c-h-b-e-g),ヴァイオリンによるウェーベルンのモチーフ(a-e-b-e),ホルンによるベルクのモチーフ(a-b-a-b-e-g)という順に出てきます。この日の演奏はこれらを非常にくっきりと,演奏していました。

その後,精緻だけれども時折詩情が漂うような音楽が続きました。調性があるのかないのか分からないような音楽なので取っ付きにくいのですが,どこか純粋な空間に入ったような不思議なムードを持った音楽です。ワルツっぽいメロディがフッと出てくる辺り,「ベルクらしいな」と思いました。

第1楽章のソロはピアノが中心で,後半にカデンツァが入りました。アルフォンセ・セミンさんのピアノは,技巧的に鮮やかで,かなり激しいタッチで演奏していましたが,うるさく感じさせることはなく,非常にこなれた感じがしました。



第2楽章は静謐さの中に動きがあるような,かなり長いヴァイオリン協奏曲風の楽章でした。ユージュン・ハンさんのヴァイオリンには,しっとりとした暖かみがあり,ベルクのヴァイオリン協奏曲に通じるような詩情が漂っていました(余談ですが,この曲,一度実演で聞いてみたい曲です)。ヴァイオリン以外にも各種管楽器が次々と断片的なフレーズを演奏していくように進んでいくので,全員が平等に主役とも言えます。この辺の「中心がなく,すべては音と音の関係」といったあたりも「12音技法」に通じる精神なのかもしれません。



第3楽章はピアノとヴァイオリンによる二重協奏曲的になり,いちばんエネルギッシュな感じになります。その中に,ヴァイオリンとピアノを中心とした,音による対話を思わせるような雰囲気があり,随所に「意味」を感じさせる部分がありました。ヴァイオリンのピツィカートで終わる楽章の最後の部分は,第1楽章の最初の部分に対応するような感じで,どこか意味深く,ミステリアスな雰囲気を持っていました。音で「何か」を語っていることが生々しく伝わってきました(「何を」語っているかまでは分からないのですが...)。

パスカルさんは,こういった独特のコンセプトを持った作品を,ガチガチの緊張感を持って演奏するのではなく,非常にこなれた音楽として再現していたように感じました。パスカルさんと独奏の2人は,いずれもパリ高等音楽院出身で,一緒にル・バルコンという芸術集団を創設して,多彩な活動を続けています。自らアンサンブルを作っている辺り,「のだめカンタービレ」のパリ編に出てきそうな雰囲気の3人だなぁと思いました。

続いて,2018〜2019年OEKのコンポーザー・オブ・ザ・イヤーだった挟間美帆さん作曲の「南坊の誓い」が演奏されました。OEKの委嘱作品で,この日の演奏が世界初演でした。会場には挟間さん自身も来られており,演奏前に指揮者と一緒に登場し,そのまま客席で聞かれていました。また演奏会が始まる前に,池辺晋一郎さんとのプレトークもあり,曲の構想や特徴などについての説明がありました。



この作品は,安土桃山時代に加賀藩に滞在していたことのあるキリシタン大名,高山右近をモチーフにした作品で,タイトルの「南坊」というのも,高山右近が名乗っていた名前とのことです。ちなみに英語では"Dom Justo"となります。

挟間さんは,最新のアルバムがグラミー賞にノミネートされた,現在最も注目度の高いジャズ作曲家の一人です。実は,もう少しジャズ的な要素のある軽い感じの作品になるのでは,と予想していたのですが,本日初演された曲は,爽快で輝かしい部分と内省的な部分のメリハリがしっかりと付けられた,分かりやすさと同時に堂々たる聞きごたえを持ったオーケストラ作品でした。金沢ゆかりの人物を題材にしていること,OEKの編成ぴったりで演奏できることことなど,OEK側の期待どおりの作品に仕上がっていたのではないかと思いました。

曲は3つのパートに分かれているように思いました。両端部分はがっちりとした感じ+生き生きとした感じ,中間部がしっとりとした感じでしたので,ガーシュインの「パリのアメリカ人」の金沢版といった趣きがあると思いました。"Ukon in Kanazawa"といったところでしょうか。

曲はチャイムのカーンという音で「明るい夜明け」を思わせる感じで爽やかに始まった後,生き生きと進んでいきました。ミニマル音楽を思わせるように,クラリネットなどが同じリズムパターンを何回も繰り返していたり,複数のフレーズがポリフォニックに絡んだり,指揮者のパスカルさんもノリノリといった感じでした。

中間部で首席ヴィオラ奏者のヤノシュ・フェイエリヴァリさんが深々とした歌を聞かせる辺りが,個人的には特に印象的でした。終演後のサイン会の時に挟間さんにこのことを話してみたところ,「ヴィオラで高山右近を描いた」とおっしゃられていました。敬虔で品の良いムードが大変魅力的な部分でした

最後の部分は,再度活気のあるキラキラとした音楽になりました。この辺がいちばん「アメリカのジャズ」っぽい感じだったでしょうか。曲の最初に対応するように壮麗で輝かしい響きで締められ,演奏後は盛大な拍手に包まれました。とても演奏効果の上がる曲だったので,今後,この曲はOEKの基本レパートリーとして,国内の演奏旅行などで再演しても面白いのでは,と思いました。

# プログラム解説によると,高山右近は前田利家の保護を受けて,1588年から25年間も金沢に住んでいたとのことです。高山右近を主人公にしたドラマが作られることがあれば(是非期待しています),この曲が使えるのでは,などと思って聞いていました。

後半はベートーヴェンの交響曲第2番が演奏されました。パスカルさんの作る音楽は,全曲を通じて若々しいものでした。第1楽章の序奏部は,堂々とストレートに始まった後,大げさになりすぎず,細かいニュアンスの変化をつけながら,すべてをくっきりと解像度の高い音楽を聞かせてくれました。これは石川県立音楽堂で聞くOEKの特質だと思います。

主部は,対照的に相当のスピード感で,一気に駆け抜けていく感じでした。パスカルさんの指揮の動作はかなり大きく,結構身体を揺らす感じの独特の動作でしたが,アビゲイル・ヤングさんを中心とした弦楽器が,いつもどおりの切れ味の良い演奏でしっかりとこたえて居ました。びしっとした勢いを持ったまま,第1楽章は駆けていく感じでした。

対照的に,第2楽章では,停滞することなく伸び伸びと歌い込まれた,豊かなニュアンスを持った演奏を聞かせてくれました。その情感は一本調子ではなく,生き物のように変化をしていました。全楽章の中でこの部分が特に良いなぁと思いました。

第3楽章は中庸のテンポで大らかに聞かせてくれました。中間部でのアクセントを効かせた引き締まった音楽と好対照を成していました。

第4楽章は第1楽章の主部同様,キリっと締まった音楽を聞かせてくれました。ここでもテンポは速く,バタバタと大暴れしている感じもあったのですが,しっかり歌うべきところは歌っており,メリハリがよく効いていると思いました。終結部での爆発するような音楽も大変新鮮で,ベートーヴェン生誕250年の記念の年のスタートに相応しい,率直で生きの良い演奏だったと思います。

最後にアンコールとして,グルックの歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」の中の「オルフェオの死」が演奏されました。フルートの独奏の魅力たっぷりの名曲ということで,松木さやさんの豊かで美しい音が会場全体を満たしていました。

上述のとおり大変冒険的なプログラム(逆に言うとOEKらしいプログラム)だったのですが,パスカルさん指揮OEKの演奏どの曲についてもこなれており,悪い意味での緊張感なしに,自然体で音楽を楽しむことができました。ミンコフスキさんがOEKの芸術監督に就任して以降,フランス系を中心とした若手指揮者がOEKの定期公演に初登場する機会が増えている気がします。いずれも素晴らしい感性を持った方ばかりで,OEKに新しい刺激を与えてくれていると思います。2020年後半以降の定期公演の内容は未発表ですが,どういう指揮者が登場するのか,楽しみになってきました。

PS. 挟間美帆さんがアルバム「Dancer in Nowhere」でノミネートされていたグラミー賞は,アメリカ時間の1月26日に発表されるということで,この公演後,挟間さんはロサンゼルスに移動したとのことです(飛行機で前の日付に戻る感じになるようです)。今回の定期公演は,その「前祝い」かなと思っていたのですが,残念ながらグラミー賞受賞はなりませんでした。この公演の翌日,大相撲初場所で「大番狂わせ」と言っても良い初優勝をした徳勝龍は,「まだ33歳。これからも,行けるところまで上を目指します」といったことをインタビューで語っていましたが,そのままの挟間さんにも重なりそうです。



この日のプレトークは,池辺晋一郎さんと挟間さんの対談でした。その中で,「自分の書いた曲を聞いて,「ジャズっぽい」と感じてもらえると嬉しい」と語っていたのが印象的でした。

(2020/01/31)




公演の立看板


公演のポスター


公演の案内

この日は,挟間さん,パスカルさん,ハンさん,セミンさんのサイン会がありました。


挟間さんはひらがなのサイン。”Dancer in Nowhere」のジャケットにサインをいただきました。グラミー賞効果で,会場で販売していたこのCDは売り切れていたようです。

パスカルさん,ハンさん,セミンさんには,ル・バルコンによる室内編成版・幻想交響曲のCDの「箱」の裏などにサインをいただきました。このCD,途中でビッグ・バンドが乱入してくる感じなので,挟間さんのm_unitとパスカルさんのル・バルコンの合同演奏ができるのでは?と思いました。