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2019年度全国共同制作オペラ ヴェルディ/歌劇「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」金沢公演
2020年2月16日(日)14:00〜 金沢歌劇座

ヴェルディ/歌劇「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」全幕(新演出,日本語・英語字幕付き,原語上演)

演出・振付:矢内原美邦

●キャスト・演奏
ヴィオレッタ・ヴァレリー:エカテリーナ・バカノヴァ(ソプラノ)
アルフレード・ジェルモン:宮里直樹(テノール)
ジョルジョ・ジェルモン:三浦克次(バス・バリトン)
フローラ・ベルヴォア:醍醐園佳(ソプラノ)
アンニーナ:森山京子(メゾ・ソプラノ) 
ガストーネ子爵:古橋郷平(テノール)
ドゥフォール男爵:三戸大久(バス・バリトン) 
ドゥビニー侯爵:高橋洋介(バリトン)
グランヴィル医師:ジョン・ハオ(バス)
ジュゼッペ:三浦大喜(テノール)
フローラの召使:杉尾真吾(バス) 
使いのもの:井出壮志朗(バリトン)
合唱:金沢オペラ合唱団 
アクター/ダンサー:青木萌、内藤治水、原田理央、松井壮大、柳生拓哉
ヘンリク・シェーファー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢



Review by 管理人hs  

2019年度全国共同制作オペラ ヴェルディ「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」の金沢公演を金沢歌劇座で観てきました。


毎年恒例となっているこの企画,今年は福島県白河市,金沢市,東京で公演が行われました。主役・ヴィオレッタは,当初,エヴァ・メイさんが出演予定でしたが,体調不良のため来日不可能となり,エカテリーナ・バカノヴァさんが出演することになりました。アルフレードは宮里直樹さん,ジェルモンが三浦克次さん。オーケストラは,ヘンリク・シェーファーさん指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK),そして演出は初めてのオペラ演出となった矢内原美邦さんでした。



過去,何回も上演されてきた作品ですが,今回の公演のいちばんの特色は,何と言っても映像の目覚ましい効果だったと思います。各幕ごとに,色々なイマジネーションを喚起させる意味深かつ美しい映像を背景に投影し,オペラ全体にスタイリッシュな基調を作っていました。1年半前に観たミンコフスキさん指揮によるドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」での使い方と似た部分もありましたが,オペラと映像を結びつけるのはトレンドと言っても良いのかもしれません。


1階席の後方で映像担当の方々が操作をされていたようです


歌手の中ではアルフレード役の宮里さんの声が見事でした。どこを取っても「ビンビン伝わってくる」声でした。第1幕では有無を言わさぬ声の力でヴィオレッタを魅了し,第2幕ではヴィオレッタとの別れに際しての直情径行的な気分を声でも表現していました。終幕では,少し宗教音楽的な雰囲気を感じさせるような雰囲気の中,ヴィオレッタとの透明感あふれる二重唱を聞かせてくれました。

主役のバカノヴァさんも声に力があり,幕を追うごとに役と一体化し,終幕の最後の部分での別世界への「昇天」を思わせるような崇高な気分を感じさせてくれました。第1幕の聞きものの「ああ,そは彼の人か〜花から花へ」については,後半の「花から花へ」の部分が,ちょっと重い感じかなと思いました。ちょっと歌い方に癖がある感じで,結構タメを作って歌っていたので,この曲では,音楽のテンポ感とちょっと違う感じに思えました(例えていうと,大物演歌歌手が持ち歌をちょっと崩して歌う,といった感じでしょうか)。ちなみに,慣例的に超高音を出すことの多い最後の部分は,「楽譜どおり」という形になっていました。

オペラ全体のドラマの核といっても良いジェルモン役の三浦さんは,ちょっと篭もったような独特の声で,それが老いた父親の雰囲気にマッチしていました。第2幕を中心に説得力のある歌を聞かせてくれました。

この主要キャスト3人の「キャラ」が立っていたのが,とても良かったと思いました。

今回の上演は,各幕ごとに20分休憩がはいる構成でした。慣例的にカットされる曲などもしっかり演奏しており(多分),音楽的にはとてもオーソドックスだったのではないかと思いました。

第1幕の幕が開くと,有名な前奏曲のメロディとともに,不思議な映像が始まりました。ほぼ全編に渡って映像を使っていたので,ステージ全体は暗く,その分,映像がとても鮮やかに見えました。最初に出てきたのは,牛(?)の顔を正面から大きく映したもので,それが段々と溶けていくような...何を意味しているのだろう?というものでした。この映像は,第3幕にも出てきました。謝肉祭の日ということと関係があったのだと思います。その後は何かの花の映像に変わりました。

ヘンリク・シェーファーさん指揮OEKは万全の演奏でした。ストーリーに沿った,音楽の流れをしっかりと伝えてくれました。第1幕は宴会の場です。宴会の場の場合,遠くから見ていると「よく分からない」という問題があるのですが(毎回,いちばん価格の安い席で観ているので...今回は以下の写真の場所から観ていました),今回の上演では,主要キャストが,「ももクロ風(?)」にそれぞれのイメージカラーをアピールするような鮮やかな色合いの衣装を着ており,遠くから見ても誰が演じているのか良くわかりました。この辺の作り方も巧いと思いました。その分,「いつの時代?どこ?」という感じにはなるのですが,「こういうのもあり」と思いました。


そして今回の上演で特徴的だったのは,5人のダンサーを要所要所で使っていたことです。音楽の流れに乗って,その場その場の気分を盛り上げるようなパフォーマンスを続けていました。矢内原さんの本領発揮といった部分だったと思います。

セットの方も小回りが効く感じで,可動式ついたて(少し奥行きがありましたが)のようなものに映像を投影することで,素速くシーンが移っていきました。おなじみ「乾杯の歌」の場面では,背景に何かごちゃごちゃとした映像が動き回っていました。オペラグラスを持ってくれば良かったと後悔したのですが...何となくSNSの書き込みがどんどん増えて言っているような感じに見えました。

今回の歌手の皆さんは非常に強力で,宴会シーンにだけ出てくるような○○男爵など,OEKファンにとってはお馴染みの方ばかりで,「乾杯の歌」も大変聞き応えがありました。もちろん上述のとおり,主役のヴィオレッタとアルフレードの声も素晴らしく,2人の恋愛モードの高まりがしっかりと伝わってくれました。の

第2幕第1場は,パリの郊外の屋敷内...ということでしたが,ヴィオレッタはテレビゲーム(?)をして過ごしている,という設定でした。スクリーンの方には,少しずつ染みが増えていくような抽象的な映像が移っており,時間の経過を可視化しているようでした。

最初アルフレードが,実は生活が困窮していることを知って「そうだったのか〜」という感じで歌うアリアは,考えてみると「大げさ」なのですが,宮里さんの声が素晴らしく,アルフレードの単純さがしっかり伝わって来ました。

その後の父・ジェルモンは,全く正反対の老練さの感じられる声質で,ヴィオレッタが説得されるのももっとも,と思いました。ヴィオレッタが手紙を書く場については,指揮のシェーファーさんがプログラムの中で「もっとも美しい瞬間です!」と書いていたとおり,主役にしっかり・ひっそりと寄り添うクラリネットのソロが印象的でした。要所要所での,共感溢れる演奏が素晴らしいと思いました。

父から息子に語りかけるような,おなじみの「プロヴァンスの陸と海」も良かったのですが,その後,カットされることも多い場面が,しっかりと描かれており,次の第2場への良いつなぎになっていると思いました。

その第2幕第2場は,全曲を通じて特に矢内原さんらしさが出ていた部分でした。

ジプシー風+闘牛士風の踊りと合唱が続く部分ですが,現代日本社会を風刺するような場になっていました(日本語が聞こえてきた気がします)。ダンサー5人+合唱団で,ヴェルディの生き生きとした音楽に乗って「最近の若者風」のムードを伝えていました。合唱団の皆さんは,テンポが速めだったので,大変そうでしたが,演技・振付などと合わせて,ステージを大きく盛り上げていました。個人的には,ジプシー風の踊りの後に「拍手!」を入れたかったのですが...「回りの空気」を読んで,拍手を入れられませんでした。これもまた,「日本的」なのかもしれません。

ちなみに,この場面は「フローラの屋敷」という設定なのですが,今回,フローラについては,男声歌手に比べると少々影が薄かった気がしました。

その後,賭けで大勝ちするアルフレードがヴィオレッタにひどい仕打ちをする場面になります。この部分でも,現代社会を風刺するような作りになっていました。「アルフレード,酷い!」と責める民衆たちは,手にスマホを持って(遠くからだったのでよく分からなかったのですが,多分),アルフレードとヴィオレッタを撮影。スキャンダルを追って,悪役を作り上げ,炎上させる...「道を外れたもの(ラ・トラヴィアータ)」を許さない民衆の持つ「怖さ」を風刺的に伝えていました。今回の上演のタイトルは「ラ・トラヴィアータ」でないといけないと認識させてくれる場でした。

その後の幕切れは全人物がそれぞれの気持ちを歌うアンサンブルになります。こういった部分を聞くと,「オペラはいいあぁ」と思います。歌と歌がしっかり絡み合う,充実の場でした。ちなみに,この場で,ヴィオレッタは黒いシンプルな衣装に変わったのですが,そのまま第3幕でもその衣装でした。その後の展開を予言するような仕掛けになっていたと思いました。

第3幕は,ここまでの幕に比べると,ステージ全体の雰囲気が暗く,登場人物の衣装も黒中心だったので,ほとんどモノトーンという感じでした。スクリーンには,人物の顔がアップになって映されており,「誰?」というのが気になりましたが...この感じもミンコフスキさんの「ペレアス」と通じる雰囲気があるなと思いました。

そして,謝肉祭の日の話ということで,第1幕の最初に出てきた「牛の顔」が出てきて,溶け始めます。第3幕への前奏曲自体,第1幕への前奏曲の変奏曲(弱々しくなった感じ)のようなのですが,映像の方も第1幕の最初に戻ったような,シンメトリカルな構成感を感じました。この部分の映像ですが,もしかしたら病床で寝込んでいるヴィオレッタの夢なのかなと想像しながら観ていました。

ステージの方は,中心部分に奥まで伸びていく光の線のようなものがあり,最後,ヴィオレッタはここに倒れ込んでいたので,どこか十字架を思わせる設定なのかなと思いました。外から謝肉祭の騒ぎの音が漏れ聞こえてくるのですが,第3幕全体を通じて,レクイエムを思わせる感じがあり,上述のとおり,主役2人の声が絡み合いながら透明な世界へと入っていきました。

リアルな演出の場合,ヴィオレッタが最後息を引き取って終わり,となりますが,矢内原さんの演出では,ヴィオレッタがステージ真ん中で立ち上がっていました。もしかしたら,社会の犠牲で亡くなったヴィオレッタが復活するというメッセージだったのかもしれません。シンプルだけれどもインパクトのある終わり方でした。

全国共同制作のオペラもすっかり恒例になっていますが,昨年の森山開次さんによる「ドン・ジョヴァンニ」同様,新鮮な演出を披露するステージになってきているのが嬉しいですね。共同制作の次作が何なのか期待したいと思います。

 
石川県出身の哲学者・宗教家の西田幾多郎と鈴木大拙がともに今年,生誕150年を迎えるのを記念して,オペラ「禅」という新作オペラが11月22日に金沢歌劇座で上演されるようです。金沢以外では高松と高崎でも上演されます。制作発表の記事が掲示されていました。
 

(2020/02/23)



公演のポスター


ワインの販売も行っていました。

「禅の里ワイン」というのがあるのですね。どんな味だったのでしょうか?輪島市門前のワインのようです。


我が家の庭に咲いていた椿です。