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オーケストラ・アンサンブル金沢第425回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2020年2月20日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ヴォーン・ウィリアムズ/揚げひばり
2) バーバー/ヴァイオリン協奏曲, op.14
3) メンデルスゾーン/交響曲第4番イ長調, op.90「イタリア」
4) (アンコール)バーバー/弦楽のためのアダージョ

●演奏
鈴木優人指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:水谷晃)
川久保賜紀(ヴァイオリン*1-2)



Review by 管理人hs  

鈴木優人さん指揮による,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演を石川県立音楽堂コンサートホールで聞いてきました。鈴木さんがOEKを指揮するのは2回目のことですが,後半で演奏されたメンデルスゾーンの「イタリア」交響曲を中心に,どの曲についても,自然なしなやかさが息づく魅力的な演奏を聞かせてくれました。



今回のもう一つの期待は,ソリストとしてヴァイオリンの川久保賜紀さんが登場することでした。前半の2曲が協奏曲的作品というのは,少し珍しい構成でしたが,川久保さんのヴァイオリンもお見事でした。



まず,選曲が素晴らしいと思いました。最初に演奏されたヴォーン・ウィリアムズの「揚げひばり」も次に演奏されたバーバーのヴァイオリン協奏曲は,どちらも20世紀前半に書かれた叙情性のある作品という点で共通点がありました。川久保さんは,この両曲を完璧といって良いぐらい見事に抑制された美しさで聞かせてくれました。

「揚げひばり」では,ヴァイオリン単独で演奏する部分がかなりあったのですが,そういった部分での,全く揺らぐことのない安定した静けさが本当に見事でした。息を呑むような美しさにあふれた瞬間が沢山ありました(その分,結構,会場のノイズもよく聞こえてきたのですが...実は自分自身の腹が鳴ってどうしようかと思っておりました)。最初の方で,ひばりが空に舞い上がるように上向していくメロディは,どこか日本のメロディを思わせるところがあり,和歌でも詠みたくなる感じでした(こんな感じの歌が万葉集にもあったかも?)。

途中,松木さんのフルートがパッと入って来て気分が変わる部分もありました。こういう部分も含め,音によるのどかな風景画を観るようでした。鈴木さん指揮OEKの演奏も,冒頭部から,春がすみを思わせるようなデリケートな気分を作っており,一足早く,春の気分を感じさせてくれました。

バーバーの方も抒情的な部分が多く,どことなく「揚げひばり」との統一感があったのですが,3楽章からなる協奏曲ということで,より変化に富んだ曲想を楽しむことができました。曲は落ち着いた語り口でスタート。実演で聞くと,冒頭から隠し味のように入っているピアノの音がよく効いていることが分かります。静かな部分では,特に不思議な透明感が感じられました。

川久保さんの演奏は,この曲でも安定感たっぷりで,不安定な部分が全くありませんでした。しっかりと歌い込まれているのに,ふやけた感じはなく,全編,抑制された美しさに溢れていました。OEKの演奏も素晴らしく,管楽器などがソリスティックに鮮やかに活躍する面白さも楽しむことができました。第1楽章の途中,コントラバスの音などがしっかりリズムを刻む部分が好きなのですが,色々な音がしっかりと絡み合っているのを心地良く楽しむことができました。

第2楽章はさらに抒情的な気分になります。加納さんのオーボエの音がくっきりと出てきたり,ホルンが朗々とした音を聞かせたり,ここでも緻密な音の積み重ねを楽しむことができました。川久保さんのバランスの良いボリューム感のあるカンタービレと合わせて,ゆったりとしたスケール感も感じました。良い意味で「映画音楽」を聞くような楽章でした。

第3楽章だけは,一転して急にテンポが速くなるのですが,ヴァイオリンだけでなく,トランペット,ホルン,ティンパニなども華やかに活躍し,オーケストラのための協奏曲のようにクールに盛り上がっていきます。生き生きとノリの良い演奏ということで,ちょっとジャズ的な気分もあると思いました。最後の部分は,居合抜きのような集中力で,格好良く鮮やかに締めてくれました。

この日のステージにはマイクが沢山立ち並んでいましたが,前半2曲についてはライブ録音を行っていました。非常に完成度の高い演奏でしたので,このCDは発売されたら絶対聞き逃せないものになることでしょう。今から大変楽しみです。

後半はメンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」が演奏されました。鈴木さんは,古楽の専門家のイメージがあったのですが,近年はレパートリーをどんどん拡大しているようですね。本日の「イタリア」も,歌う喜びに溢れたような演奏でした。第1楽章冒頭から力んだところはなく,柔らかく音楽が流れて行きました。鈴木さんの呼吸がそのまま音楽の抑揚となっているような自然さがあり,聞きながら一緒になって身体を動かしてしまいたくなるような演奏でした。こちらもまた春のような音楽だと思いました。

第2楽章の方は,低音部と高音部とが独立的に動いていくような感じで始まりますので,結構,バロック音楽に通じる雰囲気があるのではと思いながら聞いていました。「鈴木さんだから...」という先入観でそう聞こえたのかもしれませんが,ベースラインのとてもよく聞こえてきて,とても落ち着きのある音楽になっていました。

第3楽章は,第1楽章同様,自然な息づかいで流れていきました。この日のコンサートマスターは,客員コンサートマスターの水谷晃さんでしたが,この水谷さんのリードの下,熱い思いも加わっているようでした。

第4楽章は,気分が一転してキビキビとした音楽が続きます。力感たっぷりで,演奏会全体を締めるクライマックスを築いていました。途中,ヴィオラをはじめとして(やはり,ダニール・グリシンさんがいると存在感がアップする感じがします),色々な声部が順に浮き上がってくる部分が良かったですね。リズムを力強くアピールするような感じもあり,曲の最後の部分では,ちょっとアッチェレランド気味に音楽を盛り上げていました。

鈴木さんの音楽は,荒れ狂うような感じにはならないのですが,そのベースには,常に「熱い思い」が感じられました。「イタリア」はこうでなければ,と思わせる,生き生きとした演奏でした。

ちなみに本日の「イタリア」ですが,通常の楽譜とは違う新版(ツイッターでの情報によると,クリストファー・ホグウッド校訂による版)で演奏されていたようです。確かに第1楽章のティンパニの感じなど「どこか違うなぁ」と思いました。終演後のサイン会の時,鈴木さんに尋ねてみたところ,「メンデルスゾーンだけでなく,バーバーでも新版の楽譜を使った」とのことでした。さすがに違いはよく分からなかったのですが,鈴木さんのレクチャー付き演奏会という企画があっても面白いかもと思いました。

プログラムは後半がやや短めだったので,「何かアンコールはあるだろう」と思っていたら...やはりありました。考えてみればこれしかない,バーバーの弦楽のためのアダージョがアンコール曲。暖かさと痛切さとが同居しているような素晴らしい演奏でした。このアンコールの時までそのままマイクが立っていたので,もしかしたら川久保さんのヴァイオリンの「埋め草」としてこの曲もCD化されるのかもしれません。

世の中全体が,新型コロナウィルス騒動にかき乱されている中,演奏会の間だけは,別世界が広がっているようでした。金沢市内でも,この演奏会の後,感染者が出てきましたが,少しでも早く,世界的な感染の拡大が納まることを願っています。

PS. OEKのフルート奏者,松木さやさんのフルートリサイタルの宣伝です。この演奏会も楽しみですね。3月8日(日)金沢市アートホールで行われます。


(2020/02/24)



公演の立看板


公演のポスター


本日のサイン会,新型コロナウィルスの影響もあり,「握手禁止」でした。


鈴木さん指揮のCD,横浜シンフォニエッタを指揮したライブ録音CDを持っていたので,持参。


川久保さんの方は,三浦友里恵さん,遠藤真理さんとのトリオのCD。この3人による室内楽も聞いてみたいですね。