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オーケストラ・アンサンブル金沢スペシャルコンサート:いま届けたいクラシック
2020年7月26日(日) 1回目 12:00〜 2回目 17:00〜
石川県立音楽堂 コンサートホール  ※以下は第1回目の感想

1) ペルト/カントゥス(ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌)
2) チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲ニ長調, op.35
3) プロコフィエフ/古典協奏曲ニ長調, op.25

●演奏
田中祐子指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:山本友重),神尾真由子(ヴァイオリン*2)


Review by 管理人hs  

新型コロナウィルス感染症拡大防止のため,2月の定期公演以降活動を中止していたオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が「新しい演奏会ガイドライン」の下,石川県立音楽堂での演奏活動を再開しました。日本中...どころか世界中のコンサートホールやアーティストたちに影響を与え続けているコロナ禍への対処策のスタートです。

それにしても長いブランクでした。OEKが出来てから30年あまり,私自身,これだけ長い期間,オーケストラの音を生で聴かなかったのは初めてのことでした。まず何よりも,「オーケストラの生の音を聴きたい」というシンプルな願いを,多くの方々の努力と工夫により,満たしてくれたことに感謝したいと思います。石川県立音楽堂コンサートホールの中でオーケストラの生音を聴くことができただけで満足でした。神尾真由子さんのチャイコフスキー,田中祐子さん指揮による古典交響曲等,本当にたっぷりと聴かせてくれました。

この日の公演は,「新様式」ということで,様々な点で通常の公演とは違っていました。入口での体温チェック,チケットはお客さん自身によるセルフもぎり,公演は休憩無しの1時間余り,座席は1つおきに使用(最大でも780席程度),掛け声禁止,カフェなし,クロークなし...2020年9月からのOEKの定期公演もこのスタイルになるので,その試行のような感じでした。お客さんの数が「半数」になっているのに比例して,拍手の量も少なかったのですが,質は変わっていないと感じました。

 
「座れる座席」は千鳥格子状に。お客さんからすると,この方がステージは見やすいですね。演奏中,客席後方の扉は空けていたようです。

今回は「いま届けたいクラシック」と題して,OEKの得意とする3曲が演奏されました。

 公演プログラムのリーフレット

最初に演奏された曲は,ペルトのカントゥス(ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌)でした。久しぶりにホールに響いた最初の一音は,打楽器の渡邉さんによる鐘の音でした。渡邉さんは,オーケストラ全体を見下ろすような形で,ステージ上のパイプオルガン前に陣取っていましたので,この音は,演奏会再開の象徴のようにも思えました。そこに弦楽器による繰り返し音型が加わり,次第に暖かい響きに包まれていきました。音量と音域が広がっていくにつれて,音のスケール感が増していくのを体感できることは,やはり生演奏ならではだと思いました。

田中祐子さん指揮OEKの演奏は,コロナ禍で亡くられた方への追悼であると同時に,音楽できることへの感謝の気持ちが溢れたような演奏だったと思いました。「普通の音楽」とは一味違う分,「耳を慣らす」にも最適の音楽だと思いました。


ちなみに今回のオーケストラの配置も,新様式でした。通常,弦楽器奏者は2人で1つの楽譜を共有しますが,今回は譜面台が1人ずつにありました。また,ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロの首席奏者だけは,指揮者に近いところに弦楽四重奏のように配置していました。各パート間のコンタクトとパート内のコンタクトの両立を図るための策でしょうか。管楽器も,通常より広めに距離を取っていましたが,基本的な配置は従来どおりでした。結果的に,ステージいっぱいにメンバーは広がりましたが,見た目的には,「この方がぴったりかも」と感じるぐらいでした。

 
上の写真のとおり,ステージと客席の間には透明の仕切りがありました。もしかしたら,1階席前方の響きは少し影響を受けていたかもしれませんね。

長年馴染んできた「距離感」と違う分,奏者からすると「演奏しにくい」と感じているはずですが,そういう不自由さを感じさせないステージでした。他のフル編成オーケストラの場合,ある程度人数を減らす必要があると思うのですが,OEKの場合,音楽堂を使う限りは,通常どおりの編成で演奏ができます。コロナ対応の点からすると,室内オーケストラであることが,OEKの強みとなっていると言えます。

2曲目は,OEKとも過去何回か共演をしているヴァイオリニストの神尾真由子さんが登場し,チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏しました。神尾さんは,いしかわミュージックアカデミーを通じて(受講生として,講師として),「金沢の夏」との縁が深い方ですので,記念すべき公演のソリストとしては,最適の方だと思いました。


そして,今回の演奏を聴いて,「神尾さんは,堂々とした存在感を感じさせる,スケールの大きな演奏を聴かせてくれるアーティストに成長したなぁと思いました。テンポは全般に遅め(かなり遅かったと思います),弱音での情感たっぷりのヴィブラートから力強く盛り上がる部分での強烈な音まで。音の美しさに加え,表現の幅の広さが強く印象に残りました。

第1楽章の序奏部は,コロナ禍も何もなかったかのように,さりげなくスタート。神尾さんのヴァイオリンにも,「音楽が再び始まりますよ」静かに語りかけるような趣きがありました。その後,曲が進むに連れて,神尾さんお得意の「泣き」の音楽が出てきたり,音楽の表情が豊かになってきます。抑制しているのに,こらえきれなくなって湧き出てくるような「熱さ」が常にあるのは,神尾さんのヴァイオリンの魅力だと思います。

展開部は,ティンパニのドンと腹に響く音とそれに続くトランペットの明るい響きで開始。この部分は,「待ってました」という感じで聞いていました。神尾さんのヴァイオリンもじっくり丁寧な演奏。神尾さんは「チャイコフスキーコンクール優勝者」ということで,この曲は何回も何回も演奏してきたと思います。じっくり堂々と演奏されたカデンツァを聴きながら,「完成された音楽」「王者の風格があるな」と感じました。楽章の終結部でも,じっくりとエネルギーを秘めつつ,OEKと一体となって堂々と締めていました。

第2楽章でも,神尾さんはゆったり,静かに演奏されていましたが,ここでは,何と言ってもOEKの木管奏者たちとの緻密な対話が素晴らしいと思いました。オーボエ:加納さん,フルート:松木さん,クラリネット:遠藤さん,ファゴット:金田さん。久しぶりに木管の生で聴ける「至福の時」でした。

第3楽章も余裕たっぷりの音楽で,リラックスした伸びやかさを感じました。神尾さんのヴァイオリンは,「演歌的(良い意味です)」と言って良いぐらいの情感溢れる音楽から,キリッと引き締まった切れ味の良い音楽まで,表現の幅が大変広く,音楽に心ゆくまで浸らせてくれました。この楽章でも木管楽器との絡みが聞きものですが,特に,今年OEKに入団したばかりの金田さんのファゴットの存在感のある音が良いなぁと思いました。

この楽章のコーダで,ギアを入れ替えたように,ヴァイオリンが重音になって炸裂する部分も「待ってました」という部分です。ここでの神尾さんの演奏は,もの凄い激しさ!仁王立ちしてオーケストラと対決するような素晴らしい迫力がありました。こういった幅広い表現のすべてがチャイコフスキーにぴったりマッチしていました。堂々とした押しの強さに加え,迷いのない安定感があり,大曲を聴いたという充実感が残りました。

演奏後は,神尾さんと田中さんは,堅い握手の代わりにヒジとヒジを軽くタッチ。これもまた「新様式」でした。

最後に演奏されたプロコフィエフの古典交響曲は,OEKが1988年末に創設されて以降,岩城宏之さん指揮で繰り返し演奏してきた曲です。今回の公演をこの曲で締めてくれたことも,とても良かったと思いました。OEKは,これから少なくとも1年ぐらいは(もっと?),新様式で定期公演を続けることになります。OEKの原点を忘れることなく,再スタートを切るには「これしかない」という試金石のような作品と言えます。

田中祐子さんのテンポ設定は大変ゆったりとしたものでした。奏者の配置だけでなく,演奏の方もしっかりと音と音の「距離感」を取っている感じで,すべての声部がくっきりと聞こえてくる心地良さとどっしりとした聞き応えを感じました。お客さんの数が少ない分,残響が長くなるので,そういったことも考慮されていたのかな,とも思いました。テンポを落としつつ,しっかりとテンションを維持しているのが素晴らしく,第1楽章の最後,明るく突き抜けてくるトランペットの音を聴いて,「大交響曲のようだ」と思いました。

第2楽章でもたっぷりとしたテンポで,弦楽器の美しさを際立たせてくれました。気だるい優雅さのようなものがあるのも魅力的でした。第3楽章は大変力強いガボットでした。堂々とズシッと腹に響く感じでした。この曲ならではのリラックスしたユーモアも感じさせてくれました。

この曲の魅力である,小粋な感じについては,最終楽章で発揮されていました。この楽章については,通常のスピード感で,楽章が始まった途端,目が覚めたような鮮やかさを感じました。キラキラしたフルートの音,躍動感のある弦楽器の速い動き(ヴィオラの首席奏者は,東京フィルの須田さんでしたね)をはじめ,各パートが瑞々しく絡み合い,「新しいスタート」を象徴するような鮮やかな演奏になっていました。

というわけで,プログラムの最後の曲に相応しく,キリッとした爽快感と堂々とした聞き応えの残る演奏になっていました。
 
プログラムの間に,「ブラボー!!」と書かれた団扇が入っていました。「掛け声禁止」ということで,終演後,これを持ち上げている方もいらっしゃいました。ちなみに...「ブラボー」の裏は,もしかしたら「ブー」...というわけはなく,「暑中お見舞い申し上げます」といった風のOEKメンバーの写真でした。

演奏後,田中祐子さんが「お帰りのご案内(階ごとにお帰りいただくので,しばらくお待ちください...)」のアナウンスの前に,リハーサルの時から久しぶりに演奏できる喜びを感じていたことを熱く語っていました。田中さんが登場予定だった,4月23日のOEK定期公演はキャンセルになってしまいましたので,その喜びはひとしおだったと思います。この日の公演は,その感動が,OEKの音となって伝わってくるような演奏会だったと思いました。


3階席最上段から撮影

こちらは1階席から上階を撮影

私は,コロナ禍が過ぎれば,以前と同じスタイルの演奏会に戻る,と信じています。当面の「新様式」については,長い目で見れば,「100年間のうちの1年間(以上かも?)だけの貴重な経験」をすることになるのだ,と前向きにとらえることにしています。以前と全く同じではなく,よりバージョンアップされたスタイルへの進化の過程になることを願っています。

生のオーケストラの音をこれだけ渇望しながら聞く体験は初めてでした。恐らく,半年前,世界全体がこういう状況になることを予想していた人は誰もいなかったでしょう。それでも,人間が自然界に棲む生物である限りは,その変化に対応する努力をしながら,生きていかざるを得ないと思います。多少の戸惑いはありますが,これからしばらくは新しいスタイルでのOEKの生演奏を楽しんでいきたいと思います。

PS. この日の公演で少し寂しかったのが,本来のコンサートマスターや首席奏者の皆さんの一部が不在だった点です。事務局の方にお尋ねしたところ,「アビゲイルさんは,まだ戻って来られないのです」とのことでした。しかし,こちらについても,色々な方をコンサートマスターにお迎えすることで,「新たな刺激」を得る機会とも言えそうです。今回コンサートマスターを務めた,東京都交響楽団のコンサートマスターの山本友重さんもOEK初登場でした。しばらくは多彩なコンサートマスターにも注目ですね。

(2020/08/01)



公演のポスター


入口横ではサーモグラフィーで体温チェック


ホワイエの座席も「対話禁止」という感じの並び方


ソファにも貼り紙








名古屋の宗次ホールさんから,田中さん,神尾さん宛の花。このホール,一度行ってみたいと思っています。



公演の感想のアンケートはWebからも送信できるようになっていました。


今回の公演は,YouTubeで配信予定とのことです。