OEKfan > 演奏会レビュー
オーケストラ・アンサンブル金沢 ありがとうコンサート
2020年8月20日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) OEKからのビデオメッセージ
2) モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲,K.492
3) モーツァルト/ファゴット協奏曲変ロ長調, K.191
4) モーツァルト/交響曲第35番ニ長調,K.385「ハフナー」

●演奏
田中祐子指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:会田莉凡),金田直道(ファゴット*2)



Review by 管理人hs  

久しぶりに「夜の石川県立音楽堂コンサートホール」に出かけ,「オーケストラ・アンサンブル金沢 ありがとうコンサート」を聞いて来ました。この公演は,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の賛助会員及び寄付者(コロナ禍でキャンセルになった公演チケットの払い戻しをせず寄付に回してくれたお客さん。私はこちらに該当)を対象としたもので,文字通り,OEKからの「ありがとう」の気持ちを音として表現した公演でした。

この公演は,YouTubeで同時配信も行っていました。ライブでネット配信を行うのは,OEK史上初の試みでした。「寄付文化」と「ネット配信」は,今回のコロナ禍中,音楽に限らず,他分野でも幅広く行われたのですが,コロナ後も定着していくのではないかと私は思っています。その意味で,この公演は,アフター・コロナに向けた新スタンダードのスタートとなる公演だったと思いました。

指揮は,7月26日に行われた「再開公演」に続いて,OEKのレジデント指揮者の田中祐子さん。プログラムはすべてモーツァルトの作品でした。



7月26日公演でのプロコフィエフの古典交響曲もそうですが,OEKの基本レパートリーを一つずつ取り出して,チェックしているような選曲が続いている感じです。現在,感染症対策業界ガイドラインに基づき,ステージ上での奏者間の距離を開けるなど試行錯誤を続けていますが,その是非や効果を演奏し慣れた曲で,確認し,微調整しているようにも思えます。


ステージ上の配置は前回同様でした。

今回演奏された,「フィガロの結婚」序曲と「ハフナー」交響曲は,私自身,OEKの演奏で毎年のように聞いています。OEKは演奏旅行が多い(当面は「多かった」と書くべきでしょうか)ので,どちらも「旅行カバンの中に常に入っている曲」と言えます。

今回の演奏ですが,7月26日公演での古典交響曲同様,田中さんはテンポを比較的遅めに取り,要所要所でティンパニやトランペットを強く聞かせていました。ティンパニはバロックティンパニを使っていたと思います。滑らかに流れていくというよりは,ゴツゴツとした力感を感じさせるような,非常に立派な演奏だったと思いました。演奏時間は約1時間の演奏会でしたが,充実した時間を過ごすことができました。

「フィガロの結婚」では,途中,ファゴットが活躍する部分があります(この部分好きな部分です)。2曲目はファゴット協奏曲だが...と思って見てみると,元OEKファゴット奏者の柳浦さんでした。このしみじみとした味わい,良いなぁと思いました。コーダの部分では,トランペットが満を持して,高らかに登場。この部分を聞くと,「演奏会の始まりだな」と気分が上がります。

2曲目は,モーツァルトのファゴット協奏曲でした。ソリストは,今年OEKに入団したばかりの金田直道さんでした。入団早々,公演休止が続き,金田さんにとってはもどかしい日々が続いていたと思いますが,それを逆手に取り,今回,OEKの公演の常連のお客さん向けにしっかりとアピールする機会が出来たのはとても良かったと思います。


モーツァルトのファゴット協奏曲を実演で聞く機会はあまりないのですが(指揮者の隣に,ファゴットが立っているという光景自体,「新鮮」と感じます),音楽自体に大げさ過ぎる部分がなく,「日常の中の美」のようなものを感じることができました。コロナ以前には見過ごしていたような美しさを日常の中に改めて発見!そんな感じの曲だと思いました。

この曲も慌て過ぎることなく,たっぷりとした雰囲気でスタート。コントラバスの音がグッと響いているのが良いなと思いました。金田さんのファゴットは,まだ新人ということで,多少遠慮があった気はしましたが(ただし,「押しの強いファゴット」というのは楽器のイメージとは違うかもしれませんね),音に透明感が感じられ,演奏全体に安心感がありました。特に第2楽章は,モーツァルトのオペラのアリア(「フィガロ」の伯爵夫人のアリアの気分)にそのまま出てきそうな雰囲気があり聞き応え十分でした。第3楽章がメヌエットというのは,ギャラントなスタイルの曲には結構ありますね。くっきりとした演奏で,細かいパッセージにも余裕があり,安心して楽しむことができました。

全曲を通じて,思いがけずふと出会った好青年に,さりげなく優しくしてもらって感激,といった感じ(個人の感想です)で聞いおりました。金田さんの音には,常に気品のある透明感が感じられたので,今後,OEKメンバーとの室内楽でフランスの作曲家の作品などを聞いてみたいと思いました。

# 事前に田中祐子さんと金田さんが公演について対談する動画を観たのですが,「のだめカンタービレ」を読んで,楽しそうと思い演奏家になろうと思ったとのことでした。そう言えば,パリ時代に「バソン(フランス式のファゴット)」が出てきましたね。ミンコフスキさんもファゴット出身なので,何かそのうち面白いコラボレーションを期待したいところです。

演奏会最後は,プロコフィエフの古典交響曲と並ぶ,定番曲,モーツァルトの「ハフナー」交響曲でした。モーツァルトの後期6大交響曲は,意外なことに,2管編成ぴったりの曲は少なく,OEKの編成にぴったり(打楽器はティンパニだけですが)なのは,「ハフナー」だけです。

第1楽章冒頭,OEKの力強く引き締まった音が,コンサートホールいっぱいにしっかりと響き,「祝・活動再開!」という気分になりました。ここでもティンパニとトランペットがセットになった力感が効果的でした。田中さんのテンポはゆっくりめで,しっかりとエネルギーをため込んだ上で,パンっと爆発させるような部分が印象的でした。第1楽章呈示部の最後の方で木管楽器が一斉に音階を駆け上がっていくような部分があるのですが,この部分での色彩感と生きの良さに触れ,「久しぶりにOEKのモーツァルトを聞いた」と肌で実感できました。

第2楽章は反対に,抑制された平静さに満ちた音楽。楽章が進むにつれて,夜が更けていくようになっていくのが良いですね。第3楽章は力強いメヌエット。第4楽章もティンパニとトランペットが,時々,曲の流れに楔(くさび)を打ち込むような力のこもった演奏でした。その分,音楽がさらっと自然に流れていく感じがないかなと思いました。後半の楽章については,もっとドタバタした感じの「遊び」がある方が個人的には好みです。この辺は,井上道義さんの得意とするところですね。

音楽の解釈に「一つだけの正解」というものはなく,特にOEKの基本中の基本のレパートリーであるモーツァルトについては,「色々な解釈で楽しめる」という部分に意義があると思います。

コロナに加えて,猛暑が続く中,ホール内でのひと時ではありますが,元気が出ました。OEK十八番のレパートリーを充実した音で楽しむことができ,「やっぱり,OEKのハフナーは良い」と感じました。

9月以降のOEKの定期公演シリーズでは,ベートーヴェンに加え,モーツァルトの曲も毎回のように取り上げられます。恐らく,色々なタイプのモーツァルトを楽しめるのではないかと思います。そのことへの期待が高まるような「ありがとう公演」でした。

PS. 公演に先立ち,ステージ上のスクリーンに,OEKメンバーからのメッセージが投影されました。


ほぼ全員が登場し,コロナ自粛期間中の思いや感謝の言葉をそれぞれの言葉で述べていました。特に印象に残ったのは,「メンバーはみんな,毎日練習をして確実に巧くなったので,期待してください」というチェロの大澤さんの前向きな言葉と田中祐子さんの「家族にだと思ってください」という心が熱くなるような言葉でした。この「ビデオメッセージ」の活用も,今後どんどん増えてくるのではと思いました。


時間があったので客席をパノラマ撮影

(2020/08/23)



公演のポスター


公演の案内



この日のプログラム。定期公演と同じサイズでした。2月以来ですね。



今回の公演も,YouTubeで配信予定のようです。


本日の座席も市松模様