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岩城宏之メモリアルコンサート2020
2020年9月5日(土)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) リスト/ピアノ協奏曲第1番変ホ長調, S.124
2) シューベルト/交響曲第8番ハ長調,D.944 「グレート」

●演奏
川瀬賢太郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:町田琴和)
塚田尚吾(ピアノ*1)



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の新シーズン開始時期恒例の岩城宏之メモリアルコンサート2020を聞いてきました。この日は,メインプログラムとして,シューベルトの大作,交響曲第8番「グレート」が川瀬賢太郎さん指揮で,まさに「天国的長さ」で演奏されたこともあり「通常の長さの定期公演」を聞いたのと同様の聞き応えのある公演となりました。



毎回,この公演では,その年の岩城宏之音楽賞を受賞したアーティストとOEKが共演することになっています。今年は富山県出身のピアニスト,塚田尚吾さんが受賞されました。塚田さんは,まだ20代の若手ですが,既にOEKと複数回共演しています。北陸地方を中心に活発に活動されている実績が評価されたのではないかと思います。


今回演奏した曲は,リストのピアノ協奏曲第1番でした。過去,私の聞いた塚田さんの公演でも,リストの他の曲を何回か聞いたことがありますので,「いちばん得意とする作曲家」の名曲を晴れの舞台用に選んで来たのだと思います。今回の演奏も安定感抜群で,安心してリストならではの起伏に富んだ音楽を楽しむことができました。

この曲には,華やかな技巧を聞かせる部分やきらびやかな音が沢山出てくるのですが,それが浮ついた感じにならず,「美しい音楽」としてたっぷりと聞かせてくれたのがとても良かったと思いました。その分,少々真面目過ぎるのかなとも思いました。この辺はこれから演奏活動を重ねていくうちにどんどん,「塚田さんらしい味」のようなものが出てくるのではないかなと思いました。

第1楽章,明るく伸びやかなオーケストラの音で開始。この日の指揮は,当初登場予定だったユベール・スダーンさんの代理で登場した川瀬賢太郎さんでしたが,この率直な感じが良いですね。塚田さんの力みのない余裕のある音楽をしっかりと支えていました。

第2楽章は,対照的にゆったりとしたノクターンのような気分。OEKの管楽セクションとの絡みも楽しめました。第3楽章は渡邉さんのトライアングルが大活躍。塚田さんのピアノと相俟ってキラキラした世界を聞かせつつ,しっかり地に足の着いた演奏を聞かせてくれました。第4楽章は第1楽章の再現のような感じですが,トロンボーンが加わって,さらに厚みと熱気が増します。塚田さんのけれん味のない颯爽としたピアノを中心に,瑞々しく締めてくれました。

塚田さんは,今回の受賞を機に,これからますます北陸地方での演奏の機会が増えると思います。個人的には,塚田さん単独によるリサイタルが金沢で実演しないかなと期待しています。

そして後半。シューベルトの交響曲第8番「グレート」が演奏されました。コロナ禍に対応した新スタイルということで,今回の公演全体の長さも70分程度なのかな...と思っていたのですが,川瀬さんの「グレート」は,本当に「グレート」で1時間ぐらい演奏時間が掛かっていたのではないかと思います(その結果,公演全体の長さも,岩城賞の授賞式も含めて90分以上でした)。


ただし,この長さには退屈する部分は全くなく,この曲の魅力である,同一音型の繰り返しと流れるような歌との相乗効果を存分に楽しむことができました。恐らく,楽譜に書いてある繰り返しは,しっかりと行ってたのではないかと思います(第1楽章の繰り返しは分かったのですが,他の楽章は未確認です)。

テンポはやや速めで,第1楽章冒頭のホルンの部分などは,そっけないぐらいでしたが,各楽器の音はしっかりと澄んだ音を聞かせており,聞き応え十分でした。この日のプログラム解説(渡辺和さんによる,ちょっとマニアックな感じの解説。とても面白く読むことができました)では,第1楽章の序奏から主部へのテンポの変化がチェックポイントと書かれていたのですが(往年の巨匠などは,ウワーッとテンポを上げている印象),その移行が大変スムーズで,主部のテンポとのバランスを考えた序奏のテンポだったのだなと思いました。OEKの音色には凜と澄み切った美しさがありました。

主部にはいると,むしろテンポが落ち着いた感じで,ゴツゴツとした味わいもありました。オーボエに出てくる第2主題の歌わせかたにもこだわりがあり,細部に至るまで川瀬さんの意図が浸透しているなぁと思いました。

全曲を通じて,川瀬さんらしく,どの部分も基本的には率直にパーンとした音楽を聞かせてくれていたのですが,随所に「こだわりの歌わせ方」が出てきたり,リズムが常に生き生きと動いていたり,全体を通じて大変新鮮でした。この曲では,しつこく繰り返される同一音型が「肝」だと思います。川瀬さん指揮OEKの演奏は,リズムのキレと音楽の流れが良く,しかも,どこかセンシティブなニュアンスも感じられ,その雰囲気にずっと浸っていたいなと感じました。楽章最後の自然な高揚感も爽快でした。

第2楽章もすっきりとしたテンポ感で演奏されました。ここでは,加納さんのオーボエをはじめとした,OEKのソリスティックな演奏も大変チャーミングでした。随所に出てくる精妙な美しさとダイナミックな響きのコントラストも素晴らしいと思いました。楽章後半,大きく盛り上がった後,大きな間が入る部分がクライマックスですが,この部分も大変にドラマティックでした。

第3楽章も生き生きとしたリズムとパンチ力,そしてしなやかさに満たされていました。中間部は特に好きな部分です。すっきりとした気分とたっぷりとした揺らぎの気分とが両立した天国的気分が感じられました。

第4楽章はキリリとしまったエネルギッシュな演奏。すべての音に血が通っているようでした。ここでも同一音型の繰り返しが推進力になり,時々,爆発しながら最後に向かって大きく高揚していきました。終結部は,短くバシッと締めていましたが,この部分を聞いて「岩城さんもこういうサッパリとした終わり方が好きだったのでは」と思わず懐古してしまいました。

今回の「グレート」は,演奏時間的には「天国的」な長さでしたが,それは悪い意味ではなく,全く退屈することのない「生命感あふれる天国」だったと思いました。川瀬さんが思い描いている「グレート」がストレートかつ存分表現された,素晴らしい演奏だったと思いました。

というわけで,考えてみると,休憩なしの90分でしたので,実質「通常の長さの定期公演」と同様の公演でした。川瀬さんとOEK,このコンビでこれからも色々な曲を聞いてみたいですね。



(2020/09/09)



公演の看板


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