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オーケストラ・アンサンブル金沢第432回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2020年9月18日(金)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番変ホ長調, op.73「皇帝」
2) (アンコール)武満徹/雨の樹 素描U(オリヴィエ・メシアンの追憶に)
3) モーツァルト/交響曲第39番変ホ長調, K.543

●演奏
三ツ橋敬子指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:町田琴和)*1,3
北村朋幹(ピアノ*1-2)



Review by 管理人hs  

コロナ禍が続く中,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2020/21の定期公演シリーズが新様式でスタートしました。指揮者は,当初ユベール・スダーンさんの予定でしたが,三ツ橋敬子さんに交替になり,プログラムは当初のプログラムからエグモント序曲を除いた,ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」とモーツァルトの交響曲第39番の2曲となりました。


変ホ長調の曲が2つのプログラム並ぶ,「Eフラット・ナイト」。三ツ橋さん指揮OEKの音色にはいつもにも増して透明感があり,どこか,高貴な明るさに包まれたような70分でした。「特別な1年(そして復活への期待がこもった1年)」の開幕に相応しい,希望に満ちた音に満たされた演奏会だったと思います。

まず,「皇帝」が演奏されました。「曲の大きさ」からすると,「皇帝」が後半でも良かったかもしれませんが,オーケストラの定期公演としては,やはり交響曲で締める方が落ち着くと思いました。

「皇帝」のソリスト,北村朋幹さんがOEKと共演するのは2回目ですが,前回は代理での登場でしたので,実質的には今回がOEK定期公演初登場と言えるかもしれません。そのピアノは,「センス抜群」でした。冒頭の華やかなカデンツァ風の部分から,大げさな雰囲気は全くないのに,北村さんの意図がしっかりと伝わってくるような演奏でした。どの部分にも北村さんのこだわりがあり,音に込められたメッセージが伝わってくるようでした。時折,ちょっと戸惑うように,瞑想するような雰囲気の部分もあったり,精緻で精妙な気分を出していたり,「やはり,ベートーヴェンはロマン派だな」と思いながら聞いていました。



その一方で,三ツ橋さん指揮OEKともども,演奏全体の流れは大変スムーズでした。この日のOEKは,前半後半ともバロックティンパニを使っていたのですが,冒頭からそのカラッとして,「ポン」と響くような音が効果的で,晴れ渡った青空が広がるように感じました。北村さんのピアノの音も粒立ちが良く,若々しく新鮮な「皇帝」となっていました。楽章の後半に進むにつれて,ピアノとオーケストラが一体となった演奏のノリも良くなり,力感もバリバリと増し,楽章の最後の部分などは,抜けの良い音で大きく飛翔するようでした。


ティンパニは下手奥。弦楽器は対向配置でした。井上道義さん指揮「アンコール!スウィート」公演。非常に新鮮なデザインのポスターです。

第2楽章も速目のテンポでしたが,すべての音に透明感があったので,ちょっとしたニュアンスの変化がとても魅力的に響いていました。北村さんのピアノの音はクリスタルのような美しさ。停滞することはないのに,物思いにふける詩的な情感が湧き上がってくるようでした。この「ベタ付かないのに,情感が豊か」という点が北村さんのピアノの魅力だと思いました。

最終楽章も力感に溢れた,ノリの良い演奏。ここでも,北村さんピアノに曖昧さはないのですが,荒々しく走るだけでない,情感の豊かさを感じました。OEKメンバーの演奏にも北村さんと対話をするような感じがあり,室内オーケストラらしい「皇帝」だなと思いました。特に今年OEKに入ったファゴットの金田さんの存在感のある音が良い味付けになっているなぁと思いました。

曲の最後,ティンパニとピアノだけになって,テンポと音量を落としていく「見せ場」があります。この部分での大きな間が印象的でした。その後は,一気に勢いを増して,若々しい雰囲気の中で全曲が締められました。ここでも,緩急自在のセンスの良さを感じました。

その後,北村さんのピアノ独奏によるアンコールがありました。この日はアンコールの曲名の紹介の案内がなかったのですが,演奏後のツィッターの情報によると,武満徹の「雨の樹 素描II」。メシアンを追想する作品でしたが,全編にドビュッシー以降のフランス音楽の気分に通じるような詩的な雰囲気が漂い,「皇帝」の演奏の中で感じられた,泥臭くならないセンスの良さに通じるものを感じました。その共感にあふれた演奏を聞きながら,「とても聞きやすい現代音楽だなぁ」と思いました。ホール全体に漂う静謐な気分。コロナ禍の中で疲れた人たちにとっては,内側から湧き上がるエネルギーになったのではないかと思います。

後半はモーツァルトの交響曲第39番が演奏されました。個人的に,モーツァルトの作品の中でも特に好きな作品です。オーボエが入らない曲なのでクラリネットでチューニングが行われた後,第1楽章は,元気の良い和音で開始。往年のモーツァルト指揮者,ブルーノ・ワルターやカール・ベームの時代には,重々しく演奏されていましたが,近年はその倍ぐらいのテンポで演奏されることが増えています。この日の演奏も,速めのテンポでした。ここでもカラッとしたティンパニの音が生きており,まさに,新シーズンの開幕を祝うような祝典的な気分がありました。流れるようなヴァイオリンの動きとしっかり支えるベースの刻み,その精緻な音の絡み合いも魅力的でした。

主部も端正な透明感と勢いのある音楽。力みのない平和な音楽がストレートに流れていきました。この曲の魅力の一つである,木管楽器も彩りを加え,俗世間から離れたような,高貴さのある世界が広がっていると思いました。

第2楽章も速めのテンポでしたが,しっとりとした味もあり,落ち着きを感じました。この日演奏された2曲を聞いて,三ツ橋さんは,緩徐楽章でも停滞感のない音楽を作るのが非常に巧いと思いました。音に透明感があるので,薄味でもしっかりとニュアンスの違いが生きています。この楽章では,時折,曲想が短調にフッと変わるのですが,そういった変化が大変自然で,美しく感じられました。

第3楽章のメヌエットは,三ツ橋さんの指揮の動作どおりの,「円運動」を感じさせる生き生きとした演奏。三拍子というよりは一拍子といった感じのスマートでダンサブルな舞曲になっていました。お楽しみのトリオの部分では,ニュアンス豊かな遠藤さんのクラリネットを楽しむことができました。同じメロディが2回目に出てくる時のちょっとこもったような感じの弱音が良いなぁと思いました。

最終楽章は,軽快だけれども慌てすぎることのない音楽で,弦楽器をはじめとした各楽器の美しさが際立っていました。最後は演奏会全体の終結部らしく,くっきり明快に締めてくれました。

ちなみにこの日の演奏では,各楽章とも呈示部の繰り返しを行っていませんでした。近年では珍しいと思いますが,これも「休憩なしで行う新様式」の影響だったのかもしれません。大好きな曲ということで,「音楽が終わって欲しくないなぁ」という気分を特に感じました。

というようなわけで,演奏会全体を通じて前向きな明るさがあり,コロナ禍を忘れさせてくれるような,新シーズン開幕に相応しい希望にあふれた公演となりました。クラシックの演奏会の「新様式」については,入場者数の制限が撤廃されるなど,日々状況が変わっています。この日のOEKの弦楽器のトップ奏者も,東京のオーケストラのメンバーが何人か加わっていたようですが,毎回,公演を行うため,あれこれ苦心をしながらも,流動的な状況にしっかりと対応していることが頼もしく感じられます。ファンとしては,この「特別な一年」をじっくりと噛みしめて楽しんでいきたいと思います。

PS.この日は「皇帝」に続き,9月22日は同じホールで,藤田真央さんの独奏によるベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。今年の秋の連休は,若手ピアニストによるベートーヴェンの競演となりました。

(2020/09/21)



公演の立看板

公演のポスター