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いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2020 秋の陣特別公演
C001 藤田真央が魅せる,華麗なるベートーヴェン
2020年9月22日(火祝)13:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ベートーヴェン/「エグモント」序曲
2) ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番ト長調, op.58
3) (アンコール)ブラームス/ワルツ変イ長調, op.39-15

●演奏
小松長生指揮中部フィルハーモニー交響楽団*1-2
藤田真央(ピアノ*2-3)



Review by 管理人hs  

9月の4連休最終日,「いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭」の「秋の陣 特別公演」として行われた,藤田真央さんのピアノ独奏,小松長生さん指揮中部フィルによるベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番とエグモント序曲の公演を聞いてきました。

この公演ですが,まず何よりも藤田さんのピアノの音色とタッチに魅了されました。技術的なことは分からないのですが,ピアノ協奏曲第4番の冒頭の一音から,柔らかで温かみのある音の世界に引き込まれました。ピアノを叩くという感じは全くなく,「今からどこへ連れて行ってくれるのだろうか?」というファンタジーの世界を開いてくれるような開始でした。ピアノに続くオーケストラの演奏は対照的にクリアで,現実に戻してくれるようでした。この対比が面白いと思いました。

曲のテンポはどちらかといえば遅めでしたが,全体の印象は軽やか。速いパッセージでは鮮やかな技巧を聞かせてくれましたが,それが本当に自然で,藤田さんが自由自在に作り出す音の世界にオーケストラも聴衆も魅了されている,そんな感じのベートーヴェンだったと思いました。「遅い/速い」といった感覚を超越し,藤田さんの「思い」が非常に雄弁に伝わってくるようでした。

この楽章での藤田さんのピアノの音はとても柔らかだったのですが,速いパッセージでのキラキラした感じも印象的で,音の使い分けが鮮やかでした。楽章終盤のカデンツァも鮮やかでした。ロマンティックかつラプソディックな演奏で,静かだけれども豊かな世界が広がっていました。自由自在の演奏を聞きながら,藤田さんならジャズ・ピアノの世界にもマッチするのでは,などと思いました。

第2楽章は深刻なムードで始まりますが,ここでも藤田さんならではの「マジック・タッチ」から出てくる癒やしの音で,平静な世界へと落ち着いていくようでした。音数は少ないのに,深く暖かな世界が広がっていました。オーケストラとピアノが交互に出てくるような楽章なので,双方が対話をしながら,思いがどんどん盛り上がっていくような「音のドラマ」を感じました。

そして,第3楽章。ここでも慌てることなく,落ち着きのある柔らかさと鮮やかな愉悦感にあふれた音楽を聞かせてくれました。藤田さんのピアノは技巧的な部分でも安定感抜群で,その上に美しいファンタジーの世界が広がっていました。単純な音階のようなパッセージでも雄弁で,この曲の世界を藤田さん自身,しっかり楽しんでいるように思いました。

この楽章では,チェロとかヴィオラなどが対旋律を演奏する部分も好きです。藤田さんのピアノに寄り添うような透明感のある音が印象的でした。楽章の最後はキラキラとした音による天衣無縫な気分の中,鮮やかに締めてくれました。

前回,藤田さんを聞いたのは,2019年5月のガル祭。チャイコフスキー・コンクールに出場する直前だったのですが,コンクールで2位受賞後は,「題名のない音楽会」をはじめ,テレビの音楽番組に出演する機会が一気に増えました。ステージでの印象もその明るい雰囲気のままでした。少々言葉は悪いかもしれませんが...ヘラヘラした感じでステージに登場した後,全く緊張することなく演奏を始めると,柔らかな音が会場いっぱいに広がり,お客さんを陶酔させるてしまう...という感じで,ただただ凄いなぁと思いました。

鳴り止まない拍手に応え,ブラームスのワルツがアンコールで演奏されました。藤田さんは,まだ20歳ちょっとのはずですが,この曲を知り尽くしたような,ゆったりとした慈しむようなテンポで演奏されました。ベートーヴェンの冒頭の時と同様の,静かで暖かな世界。藤田さんは,「真央トーン」などと勝手に呼びたいぐらいの魅力的な音を持っていると思いました。

藤田さんが,これからどういうピアニストとして成長していくのか,目が離せないですね。個人的な希望としては,OEKとの共演で,モーツァルトのピアノ協奏曲などを聞かせて欲しいなぁと思いました。

オーケストラのことを書くのを忘れていましたが,OEKの方は大阪出張中ということで,今回は小松長生さん指揮中部フィルとの共演でした。初めて聞くオーケストラでしたが,エグモント序曲では,冒頭部でのまとまりの良い響きの中から,トランペットの音が突き抜けて聞こえてくる感じが良いな,と思いました。終盤の「ギロチンでばっさり」の部分は,個人的には,もう少しドラマティックな感じが好きなのですが,その後に続くコーダでは,爽快な音の流れを気持ちよく楽しませてくれました。

ちなみに中部フィルの編成は弦楽器が第1ヴァイオリン8名(多分),コントラバス3名だったので,ほぼOEKと同じ編成でした。見た目的には,特に弦楽器のメンバーの女性比率が高いのが特徴的でした。コロナ禍が終息した後には,例えば,OEKと合同演奏で,何か大編成の曲を聞かせて欲しいものだと思いました。


この連休は,北村朋幹さんの「皇帝」で始まり,藤田真央さんの4番で締めた感じです。まったく違うタイプだけれども,どちらも大変瑞々しい演奏でした。コロナ禍のことを忘れ,ベートーヴェンのアニバーサリー・イヤーだということを思い出させてくれる2人の演奏。OEKの定期公演の予定も変更が続いていますが,これからしばらくは,ピアニストに限らず,国内の若手アーティストの演奏を聞く機会が増えそうです。

(2020/09/21)



公演のポスター