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オーケストラ・アンサンブル金沢第433回定期公演マイスターシリーズ
2020年10月3日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) シューベルト/イタリア風序曲第1番ニ長調, D.590
2) プロコフィエフ/ヴァイオリン協奏曲第2番ト短調, op.63
3) (アンコール)バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調, BWV1003〜シチリアーノ
4) モーツァルト/交響曲第40番ト短調, K.550

●演奏
高関健指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:水谷晃)*1-2,4,成田達輝(ヴァイオリン)*2-3



Review by 管理人hs  

10月最初の土曜日の午後,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演マイスターシリーズを聞いてきました。当初は,世界で最も有名なヴィオラ奏者でもある,ユーリ・バシュメットさんが指揮者と独奏で登場予定でしたが,コロナの影響で来日不可能となり,高関健さん指揮,成田達輝さんのヴァイオリン独奏に変更になりました。

プログラムも一部変更になりましたが...予想を上回る,「さすが高関健さん!」と声を掛けたくなるような素晴らしい内容の公演になりました。



ボリューム的にもほぼ通常の定期公演と同じぐらいの聞き応え(逆に言うと途中に休憩が欲しいぐらいでした)。その理由は,繰り返しを全部行い,「なかなか終わらない」充実の大交響曲に変貌していたモーツァルトの交響曲第40番の演奏とスタイリッシュさとワイルドさとが混在したような成田達輝さんのヴァイオリンの素晴らしさによります。

モーツァルトの40番は通常だと25分程度で演奏されることが多いと思いますが,この日の演奏は,35分ぐらいかかっていました。高関さんのテンポ設定は,1楽章から3楽章まではかなり速めで,全く弛緩することなく,特に半音の動きを含む「嘆き」のモチーフをがっちりと積み上げていくような構築感が見事でした。甘い雰囲気になることはなかったので,色々な楽器によるモチーフの積み重ねや絡まり合いを純粋に楽しめた気がしました。キビキビと前へ前へと進んでいく推進力に加え,曖昧さのない見通しの良さがあり,慌てた感じのない安定感がありました。

第1楽章の繰り返しが行われることは多いのですが,第2楽章については,前半だけでなく,後半の繰り返しを行っていました。これはかなり珍しいことだと思います(ソナタ形式の楽章の呈示部に加え,展開部〜再現部も繰り返していたと思います)。単純計算で2倍の長さになります。第2楽章は静かな透明感のある楽章ですが,色々な楽器がモチーフを繰り返していくことで,それぞれのモチーフがキラリと光を放つ感じで,延々と星空が続くような壮大さを感じました。

第3楽章は直線的でがっちりとした感じで始まった後,中間部では木管楽器を中心とした柔らかな響きに切り替わっていました。太字で書かれた楷書から繊細なタッチで書かれた草書に切り替わった感じで,曲のパーツ間の対比も鮮やかでした。

第4楽章も速いのかな...と思ったら,この楽章だけはそれほど速くなく,安定感のある歩みとなっていました。「疾走する哀しみ」と言われる楽章ですが,印象としては「疾走しないし,それほど悲しくない」という感じでした。ただし,それが良いと思いました。第2楽章同様,前半も後半も繰り返しをしていたので,曲の最後の部分は,「あれ,まだ終わらない」と思った人もいたかもしれません(ずっと以前,高関さんの指揮OEKでハイドンの交響曲第90番を聞いたことがありますが,この曲でのお客さんを惑わして喜ぶような「フェイント」満載のフィナーレを思い出しました)。

ずっと安定感のある音楽が続いた後,繰り返し後の展開部の最初の部分だけ,故意にリズムを乱し,音楽が崩壊してしまう直前になるようなドラマを作っていました。これも面白かったですね。繰り返しを行ったからこそ表現できる「違和感」だと思いました。

というわけで,高関さんの手によって,モーツァルトの40番が,細かいモチーフのしつこい積み重ねで出来た大交響曲のように変貌していました。バシュメットさんが指揮したらどうなっていたのだろうか,という思いもありましたが,これまで聞いてきた40番の中でも特に印象に残る演奏になりました。

前半に演奏された,成田さんの独奏によるプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番も,クールさとホットさとが入り交じった演奏で,この曲の持つ,一言でまとめ切れないようなキャラクターにぴったりだと思いました。成田さんのヴァイオリンを石川県立音楽堂コンサートホールで聞くのは初めてでしたが,曲の冒頭から,そのよく通る,伸びやかな響きに魅せられました。すべてに余裕があり,安心して音楽に身を任せることができました。



成田さんのヴァイオリンに続いて出てくる,高関さん指揮OEKによる精緻な演奏も,プロコフィエフのムードにぴったりでした。第1楽章第2主題のほのかに甘く,しっとりとした気分との対比も鮮やかでした。

第2楽章は,楽章最初にスタッカート風に出てくる木管楽器の演奏が印象的でした。独特の甘さと静けさ,ユーモアと不気味さが混ざったような,プロコフィエフらしい味へと導いてくれました。成田さんは,ここでもしっとり感と密度の高さのある音でじっくりと聞かせてくれました。艶っぽく3拍子のダンスを踊るような趣きがあり,楽章が進むにつれて熱くなってくるのですが,熱くなり過ぎる直前で思いとどまるようなバランスの良さを感じました。そういった点が現代的で,不思議な孤独感を漂わせていると思いました。

全曲を通じて,スタイリッシュな格好良さがあったのですが,第3楽章は,冒頭からアグレッシブにうなるような,ダイナミックな運動性を感じました。ここでは,カスタネットが加わるので,ちょっとラテン風味も感じられました。ワイルドさに加えて,クールな雰囲気も漂わせており,成田さんのヴァイオリンの表現の幅の広さやスケールの大きさを感じました。

この曲を実演で聞くのは久しぶりだったのですが,大太鼓が,随所で効果を発揮していると思いました。甘いけれどもちょっとグロテスクな感じを強調していると思いました。第3楽章では,パーカッションの渡邉さんは,大太鼓に加えて,カスタネットやシンバルなども持ち替えて演奏しており,特に曲の最後の部分などは,熟練の早業という感じで楽器を使い分けていました。

アンコールでは,バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番の中のシチリアーノが演奏されました。さらりとした透明感がホールいっぱいに広がる,気持ちの良いバッハでした。

プログラムの最初に演奏された,シューベルトのイタリア風序曲第1番は,ロザムンデ序曲と「ザ・グレート」の素材が出てくるような明るさのある作品でした。冒頭のティンパニとトランペットによる,スカッとさせるような音から「イタリアン!」という感じでした。主部での弦楽器の透明感,慈しむような味わい深さも印象的でした。

今回の公演では,何よりも,飯尾洋一さんによるプログラム解説にあったとおり,序曲,協奏曲,交響曲という「ベーシックな構成」の定期公演を聞けたのが良かったと思いました。「普通の定期公演」にまた1歩近づいたと言えます。バシュメットさんを聞けなかったのは本当に残念でしたが(是非,また呼んでください),そのことを忘れさせるような充実した内容の定期公演でした。新シーズンになって,当初の指揮者や本来の首席奏者たちが来日できず,代理の指揮者や奏者による公演が続いているのですが,「100年に一度(と信じたい)の禍に襲われた特別な時期だからこそ」の底力が働いている気もします。今回もコロナ禍とともに,ずっと記憶に残るような演奏会だったと思います。



(2020/10/03)