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夜のクラシック 第5回
2020年10月8日(木)19:15〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) バッハ,J.S./ゴルトベルク変奏曲, BVW.988〜アリア
2) フローベルガー/トッカータ第2番ニ短調, FbWV.102
3) バッハ,J.S./平均律クラヴィーア曲集第1巻〜第1番前奏曲とフーガ ハ長調, BWV.846
4) バッハ,J.S./平均律クラヴィーア曲集第1巻〜第16番前奏曲とフーガ ト短調, BWV.861
5) 加羽沢美濃/鈴木さんち
6) バッハ,J.S./パルティータ第1番変ロ長調, BWV.825
7) 武満徹/夢見る雨
8) (アンコール)バッハ,J.S.(編曲者不明)/主の人の望みの喜びを

●演奏
鈴木優人(チェンバロ*1-4,6-8),加羽沢美濃(ピアノ*5,8;司会)



Review by 管理人hs  

今年度最初の「アフターセブンコンサート2020 夜のクラシック」第5回を石川県立音楽堂コンサートホールで聞いてきました。ゲストは鈴木優人さん,司会はいつもどおり加羽沢美濃さんでした。鈴木さんといえば,チェンバロ奏者,オルガン奏者,指揮者,音楽祭のプロデューサーなど多彩な仕事をされていますが,この日はチェンバロ奏者として登場しました。金沢でチェンバロ独奏の演奏会が行われる機会は少ないので,純粋に「週末の疲れた心身にチェンバロを!」という気分で聞きに行ってきました。

さすがにコンサートホールでチェンバロ1台というのは,広すぎた印象で,私の席(かなり前でしたがサイドの席)からだと,ちょっと音が遠く感じられました。それでも,繊細な音の変化や音の歯切れよさはしっかりと感じとることができ,しばらくの間,非日常的な音世界に入ることができました。耳の洗濯という感じでした。

演奏された曲はバッハのチェンバロ作品が中心でした。最初に演奏された,ゴルトベルク変奏曲のアリアは,ゆったりとしたテンポで繊細に演奏されました。2回目に繰り返した時には,ちょっとくすんだ感じに音色を変えたり,装飾音を加えたり,チェンバロならではの表現を味わうことができました。

このシリーズでは,毎回,ゲストの方々と加羽沢さんのトークも楽しみです。この日はまず,チェンバロの楽器としての特徴について,次のような説明がありました。
  • 鍵盤は2段に分かれており,別の弦を弾いている。その点でギターに近い。
  • ペダルはなく,はじく弦の組み合わせで音を変える楽器
  • 調弦は現代のピアノより約半音低い(試してみるとピアノで弾くシとチェンバロのドが同じでした)
  • 胴体は箱状になっている(ピアノの胴体の下の部分には板はないとのこと)

そして,この日使っていた楽器が鈴木さんの自宅から運び込んだものだと紹介されました。鈴木家にはチェンバロ3台,クラヴィコード3台,ピアノ2台に加え,小型のパイプオルガンまであるとのこと。凄いの一言です。加羽沢さんは「みやびな世界ですねぇ」と語っていましたが,こういう楽器博物館のようなお宅はそうそうないと思います。

写真の右側の楽器が鈴木家から持ち込まれたチェンバロです。

その後,フローベルガーという作曲家によるトッカータ第2番が演奏されました。一般的には知られていない作曲家だが,チェンバロ奏者にはとても大切な作曲家とのことです。「フレスコバルディの音楽を伝えた人」という功績があるそうですが...チェンバロ音楽の原型を作った人ということなのだと思います。トッカータという曲名どおり,速く切れ味の良い音の動きとフーガのガッチリとした雰囲気を味わうことができました。

再度,バッハに戻り,平均律クラヴィーア曲集第1集の中から2曲演奏されました。有名な第1番は速めのテンポ。しなやかで清潔感のある雰囲気で演奏されました。第16番はトリルに特徴のある曲。どこかもの悲しい雰囲気が漂っていますが,最後は明るい和音になって終了。このパターンも「チェンバロらしい」感じで良いですね。

パルティータ第1番は全曲が演奏されました。これは嬉しかったですね。この曲は,ディヌ・リパッティのピアノによる大昔の演奏で以前から馴染んでいたのですが,チェンバロで聞くと音の透明感が大変心地よく感じられました。鈴木さんの演奏は,どちらかというと速目のテンポで,柔軟性のある生き生きとした演奏を聴かせてくれました。

アルマンド,クーラントと舞曲のスピードが上がっていくにつれて陶酔的な感じになるのですが,その後,サラバンドの前に大きな間が入りました。これが良かったですね。現実世界では,感染症拡大防止のために「定期的に換気してください」ということがよく言われるご時世ですが,このサラバンドが始まったとたん,新鮮な空気に切り替わったように感じました。重苦しくなることのない,清らかな生命感のある音楽が素晴らしいと思いました。

曲の後半はメヌエット2つの後,ジーグ。鮮やかでキレの良い音の流れが自在に交錯していました。

最後に武満徹の唯一のチェンバロ曲,「夢見る雨」が演奏されました。現代曲らしく,不協和音も沢山出てくるのですが,その不協和音が刺激的にならず,不思議な色合いとなって感じられました。このことは,チェンバロという楽器の力なのかもしれません。武満の作品はどれもタイトルが印象的なのですが,どこか映画の1シーンを観ているような詩的な気分がありました。武満の隠れた名作なのでは,と思いました。

最後,アンコールで加羽沢さんのピアノと鈴木さんのチェンバロの二重奏で,バッハの「主よ人の望みの喜びよ」が演奏されました。上述のとおり,ピアノとチェンバロではピッチが違うので(チェンバロの方が半音低い),「二重奏ができるのだろうか?」と思ったのですが,何とも言えない不思議な世界を作り上げていました。微妙にずれている感じが不思議な立体感を作っていたり,チェンバロの音がピアノの音の上で装飾的にキラキラ輝く感じに聞こえたり,体験したことのないような味わい深い世界を作っていました。

来年1月,鈴木さんは今度は指揮者兼オルガン奏者としてオーケストラ・アンサンブル金沢の定期公演(ニューイヤーコンサート)に登場します。最後の方で,この公演のPRもされていました。今回のチェンバロ同様,雅やかかつ清心な演奏を期待したいと思います。

PS. 前半の鈴木さんのトークを受ける形で,後半,加羽沢さんが「鈴木さんち」というタイトルで即興演奏を披露しました。繊細な音から大らかな音まで,色々な楽器の音を暗示するような多彩な音が詰まった,美しい作品を楽しませてくれました。

(2020/10/15)