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オーケストラ・アンサンブル金沢第434回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2020年10月22日(木) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) バーバー/弦楽のためのアダージョ
2) ラフマニノフ/ヴォカリーズ
3) マスカーニ/歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲
4) クライスラー/愛の悲しみ
5) ディーリアス/春初めてのカッコウを聞いて
6) ワーグナー/ジークフリート牧歌
7) サン=サーンス/組曲「動物の謝肉祭」〜白鳥
8) (アンコール)武満徹/3つの映画音楽〜ワルツ

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:水谷晃)
水谷晃(ヴァイオリン*4),マーティン・スタンツェライト(チェロ*7)



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の音楽監督退任後,久しぶりの定期公演の登場となった井上道義さん指揮による公演を楽しんできました。





今回のポイントは,26年前に井上さんとOEKが作ったアルバム「スイート」(1993年に小杉町でレコーディング,1994年10月ドイツ・グラモフォン・レーベルから発売)の中から選曲していた点です。コロナ禍の影響で,当初の指揮者マルク・ミンコフスキさんが来日できなくなり,「一体どうなるのだろう?」と心配をしていたのですが,それを逆手に取るように,通常の定期公演では「ありえない」ような,耳あたりの良い小品〜中規模の作品ばかりを集めたプログラムとなりました。このプログラムを思い付いたのがどなただったのかは分からないのですが,まさに「企画の勝利」だったと思います。


今回はHABのカメラが入っていました。石川県限定でテレビ放送があります。

この日のOEKの編成は打楽器なし,トランペットも登場したのが一か所だけでしたが,そのことによって,プログラム全体に「品の良さ」と言ってもよいような統一感が生まれていたと感じました。そもそも,「スイート」は,そういうコンセプトのアルバムだったので,まとまっていた当然とも言えます。長年,OEK定期公演を聞いてきたファンは「時にはこういうプログラムも良いなぁ」と感じ,あまりクラシック音楽の演奏会を聞いたことのないお客さんにとっては,素直に心地よい音の流れに身を任せることができたのではないかと思います。

アルバム「スイート」を聞いた時はあまり意識をしていなかったのですが,実は,全部作曲者が違い,国籍もバラバラという選曲でした。本家「スイート」に収録されていたR.シュトラウスの「カプリッチョ」の序奏だけは,今回演奏されなかったのですが,この曲を外したことで,全7曲の作曲者の出身国が見事にバラバラになりました。次のとおりです。

バーバー(アメリカ)→ラフマニノフ(ロシア)→マスカーニ(イタリア)→クライスラー(オーストリア)→ディーリアス(英国)→ワーグナー(ドイツ)→サン=サーンス(フランス)

コロナ禍の中で海外旅行がほとんどできなくなった現在,音楽でGO TO世界一周というコンセプトもこの日のプログラムにはありました。

演奏の方は,バーバーの弦楽のためのレクエム,ラフマニノフのヴォカリーズと,悲しみをたたえたような音楽が続いた後,カヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲の途中からは,明転していく感じでした。

バーバーのアダージョは,重くなりすぎることなく,さらりとした感触の中から,美しさが痛切に迫ってくるようでした。最後の方で大きく盛り上がった後,終結部で複雑な思いが交錯するように静かに終わったのが印象的でした。

ラフマニノフのヴォカリーズも,ドロドロとしたロマンティックな感じの演奏とは一線を画し,熱くうねるような流れの良さやストレートに迫ってくるような力強さを感じました。潤いのあるクラリネットの音,チェロパートのくっきりとした主張など,ソリスティック名部分も楽しめました。

マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲は,この日のプログラムの中でも特に印象に残る演奏でした。テンポは遅めで,たっぷりとした思い入れが感じられました。そして上述のとおり,この曲の途中から,オルガンのステージの部分の照明が明るく輝き始めました。照明を使った演出は,井上さんが時々使う手法ですね。

井上さん指揮OEKの演奏は,悲しい曲でもドロドロした感じにはならず,透明感あふれる弦楽器を主体としたスタイリッシュな美しさの方が際立っていたのですが,この曲では,中間部(弦楽器が力強く印象的なメロディを歌い上げるような部分)の「濃い表現」がとても印象的でした。元祖「スイート」では,かなりあっさりと演奏しており,その瑞々しい雰囲気も好きだったのですが,今回の「熱さ」には「生で演奏できる!(お客さんの方からすると「生演奏を聞ける!」)」という感動が溢れていたように思いました。

続く「愛の悲しみ」は,この日のコンサートマスター,水谷晃さんのソロをフィーチャーしての弦楽合奏による演奏でした(ちなみにこの時の照明は緑色でした。)。編曲者の名前までは書いてなかったのですが,この弦楽合奏+ヴァイオリン独奏版は,まさにOEK向きでした。水谷さんの憂いを帯びた,クリーミーな音が大変魅力的でした。この曲の時,井上さんは「任せたよ」という感じで退場し,水谷さんと弦楽器メンバーだけで演奏。静かめの曲が続く中,編成を変えて変化を付けていたのも良いアイデアだと思いました。

ディーリアスの「春初めてのカッコウを聞いて」は,アルバムでは最初に収録されている曲です。CD同様,さわやかな風が感じられる心地よい音楽なのですが,実演できくと,曲の最初の部分から「ディーリアスだぁ」というどっしりとした空気感がウヮっと伝わって来て,何とも言えない幸福感に包まれました。

この「スイーツ」というアルバムに収録されている作品ですが,あらためて眺めると,19世紀後半から20世紀前半の曲に集中しています。今回のディーリアスの演奏を聞いて,後期ロマン派の音楽なんだなぁと感じました。

次のワーグナー「ジークフリート牧歌」もつつましい幸福感に包まれた音楽でした。朝の清々しい空気感で静かに始まった後,次第に音楽が動きはじめ,木管楽器などが加わり,生気が増していく...静かだけれども生命力に溢れた音楽を井上さんとOEKは楽しませてくれました。そして聞いているうちに,どこか遠くの未知の世界へと連れて行ってくれるような,憧れに満ちた雰囲気に。曲の終盤,ホルンやトランペットが出てくるあたりは,ワーグナーの楽劇のテイストも出てきます。トランペットの藤井さんは最後列で立ち上がって演奏されていましたが,こういう見せ方,聞かせ方も井上さんならではです。

そして,コロナ禍の中での「世界一周旅行」の最後は,旅の終りを惜しむような,しみじみとした味わいを持ったサン=サーンスの「白鳥」で締めくくられました。チェロ独奏は,この日の客演首席奏者だった,マーティン・スタンツェライトさん(広島交響楽団の首席奏者とのことです),ハープは松村衣里さんでした。マーティンさんのチェロにはまっすぐな美しさと透明感がありました。聞いていてだんだんと切なくなってくるような純粋さを感じました。ハープの松村さんは,「白鳥」を思わせるような白い衣装に着替えて登場。優しくしっかりと白鳥をささえているようでした。さらには弦楽合奏も薄く伴奏をしていたのも,「スイート」な気分を盛り上げていました。

この曲が始まる前の井上さんのトークでは,「この曲はアンナ・パブロワが「瀕死の白鳥」として踊って有名になった。このときの踊りは「こんな感じ(大きく羽ばたくような感じ)」。その後,マイヤ・プリセツカヤは「こんな感じ(小刻みに波打つような感じ)」で踊った」と,バレエの振付を動作で示してくれました。白鳥の手の動きは(普通の人には)大変難しいと思うのですが,「さすが井上さんだ」と思いました。

このアルバム「スイート」は,いわゆるBGM的に聞き流せるようなところもあるのですが,改めてじっくり聞くと味わい深い曲ばかり。そのことをよく分かった,井上さん指揮による「愛に溢れた」演奏でした。

最後にアンコールとして,唯一,「スイート」に含まれていない曲が演奏されました。世界一周の終点は「日本」ということで,井上さんのアンコール曲の定番,武満徹作曲の「他人の顔」のワルツが演奏されました。いつもどおり,井上さんの「指揮=ダンス」にぴったりの流れるような音楽。時々,大きく溜めを入れたり,色々な楽器を強調したり,自由自在のケレン味たっぷりの演奏。締めはクルリと一回転して,お客さんの方を向いておしまい。井上さんは「コロナ禍でも私は元気です。」と語っていましたが,そのことを証明するようなキレ味の良い指揮ぶりでした。

というわけで,この演奏会。考えてみると奇蹟のような公演だったのかもしれません。パンデミックが起こって,国と国の間の人の行き来が止まる事態は誰も予想できなかったし,ミンコフスキさんの代わりに井上さんが登場することも予想できなかったし,ベートーヴェンの交響曲の代わりにカヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲が演奏されることも予想できなかったし...。予想を超えたことが起こるのが,ライブで音楽を聞くことの何よりもの楽しみだと思います。こういう演奏会ができたのも,井上さんとOEKの長年の結びつき,そして,このコンビを支えてきた,金沢の聴衆の力(音楽を生で聞きたいという”思い”)もあったからなのかな,と思いました。

今回,改めてクラシック音楽の小品集の魅力のようなものを実感することができました。井上さんとOEKには,「好評につきモア・スイート」といった続編コンサートを期待したいと思います。

(2020/10/30)



公演の立看板。アルバム「スイート」のジャケット写真と井上さんを組み合わせた素晴らしいデザインです。






今から25年ぐらい前,井上道義さんから初めていただいたサイン。その色紙が「スイート」の表紙。全面にサインをいただいて,この時は大変驚きました。