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ハナミズキ室内合奏団〜小川有紀子とその仲間たち〜室内楽シリーズ:名手たちの弦楽四重奏
2020年10月25日(日) 14:30〜 石川県立音楽堂邦楽ホール

1) グリーグ/抒情小曲集第8集〜トロルドハウゲンの婚礼の日
2) ベートーヴェン/ヴィオラとチェロのための二重奏曲変イ長調(2つのオブリガート眼鏡付き)WoO.32より)
3) ピアソラ/タンゴ・エチュード第3番(ヴァイオリンデュオ版)
4) ピアソラ/Four; for Tango
5) ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第13番変ロ長調,op.130

●演奏
ハナミズキ室内合奏団(小川有紀子,水谷晃(ヴァイオリン*1,3-5),村田恵子(ヴィオラ*1-2,4-5),山本裕康(チェロ*1-2,4-5))



Review by 管理人hs  

日曜日の午後,仙台フィルの第2ヴァイオリン副首席,小川有紀子さんを中心としたハナミズキ室内合奏団による,ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を中心とした演奏会を石川県立音楽堂邦楽ホールで聞いてきました。残念ながら,お客さんの数が”ものすごく”少なく,私が過去経験した中でもこれだけお客さん間の「ディスタンス」が長かったことのは初めてのことでした。お客さんの方にも緊張感が漂っていたかもしれません。恐らく,コロナ禍の影響で十分な広報を行うことが難しかったのかなと思います。


その後,お客さんはもう少し増えましたが,劇的には増えませんでした。

しかし,演奏の方は素晴らしく,逆説的に言うと,大変贅沢な時間を過ごすことができました。私たちのためだけに演奏してくれている,という感じが強く伝わってきました。

プログラム前半は,あいさつ代わりのグリーグの抒情小曲集を全員でした後,小川さんのトークを交えて演奏されました。ベートーヴェンの若い時代に掛かれたヴィオラとチェロによる二重奏,ピアソラのヴァイオリン二重奏の作品と続き,最後は再度全員でピアソラの"Four, for Tango"で締められました。私自身,石川県立音楽堂邦楽ホールに入るのは久しぶりのことだったのですが,各楽器の音がくっきりと聞こえ,音の残響も適度にあり,とても良い音のバランスで楽しむことができました。つくづく贅沢なことだと思いました。

1曲目のグリーグでは,先日のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演でコンサートマスターを務めていた水谷晃さん(東京交響楽団コンサートマスター)が第1ヴァイオリンでした。その時のクライスラー同様,暖かみのある充実感のある音を聞かせてくれました。演奏全体に余裕があり,曲のタイトルどおりの祝祭的な序曲の気分も感じられました。

ベートーヴェンの二重奏曲は,演奏される機会が少ない曲ですが(WoOの番号の曲です),特にヴィオラの村田恵子さん(東京都交響楽団ヴィオラ副首席)の豊かで安定感のある音が特に印象的でした。チェロの山本裕康さん(京都市交響楽団特別首席)も,OEKに時々客演されている方ですが,高音中心にヴィオラとしっかりと絡み合っていました。全体として,どこかロッシーニの曲あたりを聞いているような上機嫌が気分があり,ベートーヴェンの別の面を楽しませてくれた気がしました。

前半最後は,ピアソラの曲2曲でした。タンゴ・エチュード第3番の方は本来一人で演奏する曲とのことですが,今回はヴァイオリン二重奏版で演奏されました。線と線の絡み合いの音楽になっており,こちらは,パガニーニの曲に通じるようなスリリングさを感じました。そこにラテン系のパッションも加わり,独特の魅力を持った作品・演奏になっていたと思いました。

前半最後の「Four; for Tango1」も初めて聞く曲でしたが,こちらは,少し前衛的な気分もあり,「もしもバルトークの弦楽四重奏曲をピアソラがアレンジしたら」という感じの曲でした。小川さんがトークの中で「持って行かれる曲」と語っていたとおり,ピアソラのおなじみの技がしっかり出てきて,スリリングかつ格好良い演奏になっていました。

後半はベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番の全曲が演奏されました。金沢で,ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲が演奏される機会はめったにないので,今回はこの作品を目当てに聞きに行きました。この演奏は,是非,もっと多くの方に聞いていただきたかったですね。「大フーガ」として知られる15分ぐらいの曲を最終楽章(第6楽章)として入れるかどうかが演奏者に任されているようなところのある作品ですが,今回は通常の第6楽章が演奏されました。

全曲を通じて,小川さんのヴァイオリンを中心にベートーヴェンの最晩年の澄み切った境地がすっきりと出ているような演奏でした。第1楽章の最初のユニゾンの音から美しいなぁと思いました。じっくり演奏する部分とノリ良く演奏する部分の対比,精妙で緻密な音が重なり合う美しさ。大変聞き応えのある第1楽章でした。

その後は,生きの良い舞曲風の楽章やのんびりした気分のある楽章など,どちらかというとリラックスしたしなやかさのある楽章が続きました。ビシッとコンパクトに引き締まった第2楽章,落ち着きのあるテンポ感がおだやかな時間の流れを感じさせる第3楽章。余裕のある澄み切った境地が漂う第4楽章。「素晴らしい音楽の時間」の連続でした。

これらを受けた第5楽章のカヴァティーナは,控えめで内省的な気分を保ちながら,聴衆の心の奥深くにメッセージを伝えようとする楽章でした。そして,平和な音楽だなぁと思いました。途中,音楽がたどたどしく進むような部分になるのですが,この部分を聞くと,「人間ベートーヴェンの音楽」だと感じます。この曲では,若い2人の奏者(水谷さんと村田さん)が内声部を担当していましたが,特にこの楽章で充実した響きのベースを作っているなと思いました。

最終楽章はベートーヴェンの「最後に作った曲」と言われているものです。非常に晴れやかに吹っ切れた気分があり,コロナ禍がダラダラと続く今聞くと「先が見えてきたのかな」と「希望」を感じさせてくれました。

この日の公演は,演奏の素晴らしさに加え,観客が少なかったことでも,忘れられない演奏会となりました。いつかコロナ禍が明けた後,またベートーヴェンの別の弦楽四重奏曲を同じ場所で聞いてみたいなと思いました。演奏者の皆様ありがとうございました。

PS.小川さんはトークの中で,「職人タイプの水谷君に惚れて,室内楽に引き込んだ」とおっしゃられていました。小川さんの落ち着いた語り口を聞きながら,「小川さんに惚れられたら...これは絶対抜けられないかも...」と思いました。チェロの山本さんとは「長いつきあい」ということで,世代やオーケストラを越えて,「仲間」が結集した素晴らしいグループだと思いました。

(2020/11/02)



公演のチラシ


この日は楽都音楽祭のピアノコンサートも行っていました。