OEKfan > 演奏会レビュー
OEK&石川県ピアノ協会スペシャルコンサート
2020年11月3日(火) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ラーション/ピアノのためのコンチェルティーノ, op.45-12
2) シューマン/ピアノ協奏曲イ短調, op.54
3) メンデルスゾーン/ロンド・カプリチオーソ ホ長調, op.14(ピアノ独奏)
4) ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番変ホ長調, op.73「皇帝」

●演奏
太田弦指揮オーケストラ・アンサンブル金沢*1-2,4
江端玲子*1,加藤恵理*2,坂下幸太郎*3,樋口一朗*4(ピアノ)



Review by 管理人hs  

文化の日の午後,石川県で活躍するピアニストたちや若手ピアニストがオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)と共演する石川県ピアノ協会スペシャルコンサートを聞いてきました。石川県ピアノ協会関係のピアニストとOEKが共演する演奏会は過去定期的に行われてきましたが,今回はコロナ対策として座席数を限定し,文化庁主催という形で行われました。公演の動画は後日配信される予定になっているなど,「新しい様式」に従った内容となっていました。



内容は,ピアノ協奏曲3曲+独奏曲1曲という充実の内容。15分の休憩時間を含めて,2時間少しの長さがありました。途中に休憩が入るOEKの公演が石川県立音楽堂行われるのは,久しぶりでしょうか。段々と通常の公演に近づいているなぁという印象です。

今回登場したピアニストは,江端玲子さん,加藤恵理さん,坂下幸太郎さん,樋口一朗さんの4人で,それぞれ,ラーション/ピアノのためのコンチェルティーノ,シューマン/ピアノ協奏曲イ短調,メンデルスゾーン/ロンド・カプリチオーソ(ピアノ独奏),ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番「皇帝」を演奏しました。どれも大変充実した内容でした。

特に最後に登場した,樋口一朗さんは,現在,桐朋学園大学の大学院生ですが,既に石川県ピアノ協会主催の第5回いしかわ国際ピアノコンクール(2019年)で優勝,第85回日本音楽コンクール(2016年)でも1位といった素晴らしいコンクール歴をお持ちの方です。調べてみると,今回は,いしかわ国際ピアノコンクールの優勝の副賞として出演することになったようです。

最初に演奏されたラーションの作品は,4曲の中でいちばん演奏される機会が珍しい曲でした。3つの楽章とも,シンプルな雰囲気の中から北欧らしい空気感が漂って来るようで,とても良い作品だと思いました。江端さんの落ち着きのある自然体の演奏の雰囲気にもよく合っていました

オーケストラの方は弦楽合奏のみ。ユニゾンで演奏するような部分が多く,全体的にすっきりした感じでしたが,そこに江端さんのクリアがピアノが加わることで,色々な風景が次々と変わっていくようでした。最後の楽章はいちばん動きが大きく,途中,ヴァイオリンやチェロなどによる室内楽的な雰囲気になりました。「ちょっと穏やかなプロコフィエフ」といった味わいもありました。ラーションはピアノ以外にも色々な楽器について「コンチェルティーノ」を書いているということで,機会があれば,別の楽器用のコンチェルティーノも聞いてみたいと思いました。

2曲目のシューマンのピアノ協奏曲は,全楽章を通じて,加藤さんの曲に対する思い入れがしっかりと伝わってくるような演奏でした。特にゆっくりとロマンティックな情緒を聞かせてくれる部分の濃い味わいが良いと思いました。この日の指揮は,若手指揮者の太田弦さんでしたが,第1楽章冒頭の一音からバシッと決まっていました。続くオーボエ(エキストラの方だと思います)の柔らかな音も印象的でした。第1楽章からロマンティックな気分に溢れ,どんどん内向的な気分になっていくような感じがとても魅力的でした。

第2楽章も同様でしたが,ここでは憧れに満ちたようなチェロパートの美しさも印象的でした。第3楽章はピアノ,オーケストラとも堂々とした歩みでスタート。その後,「三拍子の行進曲」みたいな部分になりますが,この部分での優雅な気分が良いなぁと思いました。第3楽章後半は,ピアノの音が延々と上下し,次々と転調していく部分になります。ここでの丁寧かつノリの良い演奏も素晴らしいと思いました。たっぷりと華麗に花が開いていくようでした。


この日は3階席で聞きました。

後半は,坂下さんの独奏によるメンデルスゾーンのロンド・カプリチオーソで始まりました。調べてみると,坂下さんは,まだ小学6年生。小学校5年生の時に,第5回いしかわ国際ピアノコンクールのジュニア部門Jr.Iで3位を受賞されています。この曲を作曲した時のメンデルスゾーンも大変若かったはずですが,その瑞々しい美しさとロンドの部分での軽やかさに感嘆しました。音楽はどの部分も美しく,安定感たっぷり。軽快な音が自然に湧き上がってくるような積極性も感じました。これからが大変楽しみなピアニストだと思いました。

最後に登場した樋口一朗さんによる「皇帝」は,まさに王道を行くような堂々たる演奏でした。冒頭のカデンツァ風の部分から磨かれた音の輝きが素晴らしかったですね。大理石のような強さと美しさがあると思いました(樋口さんのピアノの椅子は,かなり高く見えたのですが,この辺に何か秘密があるのでしょうか)。

指揮の太田さんと樋口さんは,同世代だと思いますが,そのバックアップも素晴らしく,曲全体に,大船に乗ったような安定感がありました。太田さんの指揮はオーケストラを締め付けるような感じはなく,自然にスケールの大きさが感じられました。楽章の中盤から終盤に掛けてもオーケストラとピアノのぶつかり合いが素晴らしく,カデンツァなども大変鮮やかでした。

第2楽章は,対照的に自然な歩みがあり,じっくり,くっきりと歌っていく落ち着きのある世界が広がっていました。第3楽章は,ピアノもオーケストラも力強く引き締まった音で,精悍さんのある音楽を聞かせてくれました。少し疲れ気味かな,という気がしましたが,この楽章でも磨かれた音の連続でした。曲全体から堂々とした力強さが発散されており,曲のどこを取っても,皇帝らしい皇帝だなと思いました。

樋口さんは,これからますます活躍の場を広げて行かれる方だと思います。協奏曲以外の曲も含め,今後,色々なレパートリーを楽しませてくれることを期待したいと思います。

考えてみると,今年もいつの間にか色づいた落ち葉が舞い散る11月になりました。コロナとの共存も長くなっています。地元のアーティストにとっても,今年は苦難の年だったと思いますが,この日の演奏は,充実感のある演奏の連続で,「実際のお客さんの前で演奏できることの喜び」がしっかりと伝わってきました。4人のピアニストの演奏を聞きながら,今後への希望を感じることができました。

(2020/11/10)





公演の案内


この公演は,OEKのYouTubeチャンネルで公開予定です。