OEKfan > 演奏会レビュー
オーケストラ・アンサンブル金沢第435回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2020年11月26日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ロッシーニ/歌劇「アルジェのイタリア女」序曲
2) メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲ホ短調,op.64
3)(アンコール)パガニーニ/「ネル・コル・ピウ(うつろな心)」による序奏と変奏, op.38(部分)
4)モーツァルト/交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」

●演奏
園田隆一郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:植村太郎)*1-2,4
渡辺玲子(ヴァイオリン)*2-3



Review by 管理人hs  

園田隆一郎さん指揮,渡辺玲子さんのヴァイオリン独奏による,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の11月の定期公演を聞いてきました。指揮者も独奏者の変更というのは10月の定期公演に続いてのことです。指揮の園田さんは,数年前のOEKのオペラ公演に登場したことはありますが,定期公演には初登場。まず,この園田さんがどういう音楽を聞かせてくれるのかを楽しみに聞きに行ってきました。



プログラムのプロフィールを読むと,園田さんは,オペラ(それもロッシーニ)の専門家といった感じでしたので,最初に演奏されたロッシーニの歌劇「アルジェのイタリア女」序曲は,「定期公演初登場のご挨拶がわり」といったところでした。

まず,曲冒頭での神妙さとユーモアとが混ざったような雰囲気が素晴らしいと思いました。弱音でも深い音が響いてきました。じっくりとしたテンポから,カラッとしていながらニュアンス豊かな音楽がしっかりと聞こえてきました。

テンポの速くなる主部での,自然に湧き上がってくるような愉悦感も素晴らしいと思いました。オーボエがしっとり聞かせる,というのは「ロッシーニあるある」の1つです。この曲でソロを担当していたエキストラの橋爪絵梨香さんのくっきりとした音もお見事でした。続いて出てくる,松木さやさんの目が覚めるようなピッコロの音も印象的でした。

この曲では,「アルジェ」という土地をイメージしてか,大太鼓,シンバル,トライアングルといったエキゾティックな気分を出す打楽器が使われていました。この打楽器チームのバランス感も良いなぁと思いました。

2曲目は,今月生で聞くのが2回目となるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。ソリストはおなじみの渡辺玲子さんでした。渡辺さんがOEKの定期公演に登場するのは久しぶりのことでしたが,音楽全体に溢れる迫力がさらに増していると感じました。以前から気合十分の音楽を聞かせてくれる方でしたが,それにさらに磨きがかかり,随所に「鬼気迫る」雰囲気を持ったメンデルスゾーンとなっていました。鮮やかな朱色のドレスにマッチした燃えるような演奏でした。



冒頭から情感たっぷり...というか隠そうとしても情感が溢れ出てしまう,といった感じの演奏でした。それでいて,全体の雰囲気がスリムでキリッと締まっているのが渡辺さんらしいところだと思いました。10日ほど前に白山市で聞いた,若手ヴァイオリニストの郷古廉さんの演奏よりは,随所に「頑固さ」のある演奏で,渡辺さんの「思い」が発散されていました。

その一方,第2主題では,テンポをぐっと落とし,ひっそりとした寂しさを漂わせるような音楽を聞かせてくれました。テンポ感は自在で,所々,小さくポルタメントを入れる部分もありました。楽章の途中に出てくるカデンツァでは,静謐さから激しさまで,大変起伏に飛んだ演奏を聞かせてくれました。楽章の最後の部分なども,千両役者が大見得を切るようなドラマを感じさせてくれました。

第2楽章になると,「ほっとした空気」に一転。ここでは,かなり崩した感じの歌いっぷりで,ちょっとポルタメントを入れるなど,ベテラン奏者の味がありました。第3楽章はかなりのスピードで,「このスピードについてこれるかな?」と挑発するかのように,自由自在なテンポ感で演奏。園田さん指揮OEKは,これにしっかりと反応しており,実にスリリングでした。要所要所で,独奏ヴァイオリンとオーケストラとが対話をしているような気分もありました。途中,チェロ・パートが滑らかに対旋律を演奏する部分がありますが,その美しさも絶品でした。曲の最後の部分では,渡辺さんのヴァイオリンは,さらにいっそう激しさを増し,強烈な印象を残して全曲を締めてくれました。

アンコールでは,パガニーニ作曲の「ネル・コル・ピウ」による序奏と変奏という,カプリースの兄弟分のような無伴奏の曲(全曲ではなく部分)が演奏されました。この曲は,1990年代後半に渡辺さんがレコーディングしたCDにも収録されている「十八番」で,のメンデルスゾーンの終楽章の延長戦のような感じの切れ味の素晴らしさを楽しませてくれました。それにしても,パガニーニ独特の「左手でピツィカート」というのは超絶技巧といった感じですね。



後半はモーツァルトの「ジュピター」交響曲が演奏されました。7月にOEKが公演を再開して以後,毎回のようにモーツァルトの交響曲を聞いていますが,指揮者によって雰囲気が全く違うのが本当に面白いと思います。「ジュピター」は,8月末に蜻寿男さん指揮で聞いていますが,今回の園田さん指揮の演奏は,どっしりとした安定感の上で自在に遊ぶような,素晴らしい演奏でした。

園田さんは雰囲気としては...どこか大相撲の琴奨菊(つい先日,引退発表したばかりですが)といった感じで,包容力と朴訥さが指揮の動作から感じられたのですが,その音楽はニュアンス豊かで,楽章ごとのキャラクターがしっかりと描きわけられていました。

第1楽章からは堂々としたたくましさを感じました。この曲でも,前曲から続いてバロック・ティンパニを使っていましたが,その素朴でカラッとした音が効果的でした。神経質なところはないけれども,十分に引き締まった音楽になっており,愉悦感と落ち着きを持った,音の饗宴といった趣きがありました。

第2楽章には,何とも言えない寂し気な情緒が漂っていました。比較的速めのテンポだったと思いますが,軽く流れ過ぎる感じはなく,ズシッとくる重さがありました。第3楽章にはサラリと流れるような爽やかさがありました。トリオでもテンポを落とすことなく,キリッとした推進力のある音楽を聞かせてくれました。

そして第4楽章は全曲を総括するような,どっしりとした包容力を感じました。「これみよがし」なことはせず,じっくり,くっきりと立体的な音楽を聞かせてくれました。複数のモチーフが絡み合うコーダでも,古典的な均衡の上にしっかりと壮麗さが広がっていくような,見事な音楽を楽しませてくれました。

実は,この公演については,当初登場予定だったギュンター・ピヒラーさん指揮による「ジュピター」を聞くのをとても楽しみにしていました。今回聞けなかったのは大変残念だったのですが,今回初めて聞くことになった園田さんの指揮で,恐らく,ピヒラーさんとは全く違うアプローチでこの曲を楽しむことができたのは,大きな収穫でした。園田さんには,是非,今後もOEKに客演をしていただきたいと思います。OEKのロッシーニといえば,数年前に音楽堂で演奏会形式で上演された,ミンコフスキさん指揮による「セビリアの理髪師」全曲を思い出しますが,これに続く,ロッシーニのオペラ全曲などに期待しています。

PS. この日の公演で,最初にステージに登場したのは...客演首席ヴィオラ奏者のダニール・グリシンさんでした。音楽堂に登場するのは,2月以来でしょうか。その姿を見て「お久しぶり!」と声を掛けたくなりました。



この日の客演コンサートマスターの植村太郎さんは,以前,金沢で鶴見彩さんと演奏会を行ったことがありますね。チェロの客演首席奏者の辻本玲さんは,つい最近,NHK交響楽団の首席奏者に就任されましたね。

(2020/12/03)



公演の立看板






ホテル日航金沢の1階にある飾りの花。丸い輪が気になります。