OEKfan > 演奏会レビュー
オーケストラ・アンサンブル金沢シンフォニック・ジャズ・ホリディ
2020年12月11日(金) 19:00〜 石川県立音楽堂 コンサートホール

1) カンダー(挾間美帆編曲)/ニューヨーク・ニューヨーク
2) バーリン(挾間美帆編曲)/ホワイト・クリスマス
3) ストレイホーン(挾間美帆編曲)/A列車で行こう
4) 山下洋輔(挾間美帆編曲)/サドン・フィクション(抜粋版)〜New Orleasns, Bop, 幻燈辻馬車, Swing
5) チャイコフスキー(エリントン&ストレイホーン原編曲,挾間美帆新編曲)/ジャズ組曲「くるみ割り人形」
6) (アンコール)ジョイフル・ジョイフル
●演奏
挾間美帆指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:水谷晃)
山下洋輔(ピアノ)*4,6,エリック宮城(トランペット)*5-6,須川崇志(ベース)*5-6,高橋信之介(ドラムス)*5-6



Review by 管理人hs  

例年,12月10日過ぎの金曜日といえば,忘年会に行くのがお決まりでしたが,今年はコロナ禍の影響で職場関係をはじめ,忘年会はほとんどゼロといった状況(私の場合ですが)。今晩行われた,挾間美帆さん指揮・編曲によるOEKシンフォニック・ジャズ・ホリディは,「コロナの年」の憂さを晴らすような,忘年会がわりのような公演になりました。会場には学校の吹奏楽部関係と思われる若いお客さんも大勢入っていました。吹奏楽にとっても試練の年でしたが,その憂さも,ゲスト奏者のエリック宮城さんの,強烈なハイトーンでかなりの程度晴らしてくれたのではないかと思います。


この日のステージの照明は,クリスマス色でした

前半は,挾間さんが編曲した,「ニューヨーク,ニューヨーク」「ホワイト・クリスマス」「A列車で行こう」というお馴染みのスタンダード・ナンバーでスタート。今回,まず素晴らしかったのは,挾間さんの編曲でした。ビッグバンド・ジャズといえば,サクソフォーン,トロンボーンといった楽器が沢山入るのが定番ですが,この日の編成は,ほぼOEKの通常編成でした。OEKのフル編成で,しっかりとジャズを聞かせてくれたのが嬉しかったですね。最初の「ニューヨーク・ニューヨーク」から,フランク・シナトラの貫禄のある歌を彷彿とさせるような,ゆったりとしたゴージャズ感が出ており,まさにこの日の公演のタイトル通りの「シンフォニック・ジャズ」の世界でした。

この曲の後,挾間さんのトークが入りました。非常にスリムな挾間さんが白い服で登場すると,既にクリスマスっぽい色合いになっていたステージの雰囲気が一層華やかになりました。”さっそう”という言葉どおりの雰囲気でした。

「ホワイト・クリスマス」では,この日のOEK側のエキストラのトランペット奏者として出演していた,元NHK交響楽団の関山さんのソロをフィーチャーして,しっかり,しっとりと名旋律を聞かせてくれました。

前半最後の「A列車で行こう」は,最初,「列車を乗り間違った?」という感じで「ウェストサイド物語」のようなムードでスタート。デューク・エリントンのオリジナルは,ピアノの軽快なイントロの後,サクソフォーンが骨太にメロディを演奏する感じですが,どこかビッグバンドに通じるような音がOEKから聞こえてきました。

途中,第2ヴァイオリンが立ち上がって,指揮者を交替して,全体をリードするかのようにソロを演奏。これが良かったですね(ソロの後,拍手というのもビッグバンド的)。ヒューズさんは,「ジャズ大好き」な方なので(OEKのYouTubeチャンネルで確認できますね),もしかしたら志願されたのでしょうか。シュテファン・グラッペリを思わせるような,リラックスムードのヴァイオリンでした。

前半最後のステージでは,もう一人のゲスト,ピアニストの山下洋輔さんが登場しました。ここで演奏されたのが,山下さんが元々はピアノと弦楽四重奏のために書いた「サドン・フィクション」という組曲の中の4曲でした。当初6曲演奏される予定でしたが,今回演奏されたのは,「ジャズの歴史」をたどるような,「ニュー・オーリンズ」「バップ」「スウィング」と言ったジャズのスタイルを示す曲と「幻燈辻馬車」という,元々は映画音楽として書いた作品でした。

この曲も挾間さんの編曲でしたが,山下さんのお話によると,「挾間さんが注目されるきっかけとなったアレンジ」とのことでした。山下さんと佐渡裕さん指揮のオーケストラがこの曲を共演する機会があり,当時,音大3年生だった挾間さんが初めて編曲を担当。その時,「これをアレンジしたのは誰?」と佐渡さんの目にとまった(ならぬ,耳にとまった)のが挾間さんの編曲。今回はそのアレンジをさらに,OEKにアレンジされた版で演奏されました(ということは,初演ですね)。

山下さんのピアノには,かつてのような荒れ狂うような前衛的な気分はなく,譜面を見て弾いている曲もありました。かなり枯れた味わいのある演奏でしたが,挾間さんのアレンジによるOEKのバックアップによって,多彩な音とスタイルを持った音楽を鮮やかに楽しませてくれました。特に「幻燈辻馬車」は,馬車の気分を表すようなウッドブロックのリズムの上に何とも言えず怪しく,魅惑的な世界が広がっており,気に入りました。もともとの映画は岡本喜八監督が亡くなったため,お蔵入りになってしまいましたが,どこか映像が浮かんでくるような雰囲気もあったので,映像付きで見てみたい気がしました。

「ニュー・オリンズ」では,クラリネットが活躍したり,ヴァイオリンの人たちがギターのように構えて(バンジョーでしょうか?)演奏したり,素朴な時代の味わい深いジャズの雰囲気が出ていました。

最後の「スウィング」もレトロな雰囲気でしたが,全体を締めるような快活さがありました。特にコントラバスがしっかり聞いており,グレン・ミラーの「イン・ザ・ムード」を思わせるようなノリの良さを感じました。

その後,20分の休憩が入りました。この日の公演は休憩時間を入れて2時間ぐらいの長さでした。座席数の制限もしていなかったので,久しぶりに通常の形の演奏会に参加したことになります。




後半は,エリック宮城さんのトランペット・ソロを随所にフィーチャーした「くるみ割り人形」組曲のジャズ版が全部演奏されました。元々はデューク・エリントンとストレイホーンが彼らのビッグバンドのためにアレンジしたものでしたが,それを挾間さんがさらにOEKとエリック宮城さん用にアレンジしたものが今回演奏されました。

演奏された曲は次のとおりです。曲順はチャイコフスキーのオリジナル版の組曲とは違うのですが,曲はきっちり入っており,さらに「間奏曲(序曲と似た感じでしたが)」が加わっていました。
  • 序曲
  • トゥート・トゥート・トゥティ・トゥート(あし笛の踊り)
  • ピーナッツ・ブリットル・ブリゲイド(行進曲)
  • シュガー・ラム・チェリー(こんぺい糖の精の踊り)
  • 間奏曲
  • ザ・ボルガ・ボウティ(ロシアの踊り)
  • 中国の踊り
  • アラベスク・クッキー(アラビアの踊り)
  • 花のワルツ

編成は,フル編成のOEK(ハープが入っていました。パーカッションはティンパニを入れて3名でした)に,エリックさんのトランペット,須川崇志さんのベース,高橋信之介さんのドラムスが加わるものでしたが,上述のとおり,ほぼ通常のオーケストラの編成でエリントンの世界を描いていたのが素晴らしいと思いました。

どの曲も須川さんのベースと高橋さんのドラムスがしっかりとしたリズムを刻む上にエリックさんを中心に色々な楽器の演奏が展開していく感じでした。そして,何といっても,エリックさんのトレードマークである,ピリッと来るようなハイトーンが強烈でした。オペラのアリアのクライマックスに出てくる高音を「来るぞ,来るぞ」と待ち構えて聞くのと同様の期待感。そして,それを上回るような迫力を味わうことができた満足感。エリックさんの出番は「ものすごく」多く,その体力(「唇力」というのでしょうか)にも感服しました。

演奏前の挾間さんとエリックさんのお話だと,「サックスやトロンボーンが編成に入っていない代わりに,トランペットで多彩な音を出してもらうことにした」ということで,エリックさんはトランペット2本(1本はフリューゲルホルン?)とミュート各種を駆使しての演奏でした。ハイトーン以外にも,多彩な音色やムードを楽しませてくれ,「エリックさんでないと弾き通せないのでは?」と思わせるほどの,見事な演奏の連続でした。

序曲の最初の部分から,ズシッとくるサウンド。編曲されているとはいえ,デューク・エリントンの世界という感じでした。そこにエリックさんのトランペットが切り込んでくると,「ジャズだなぁ」という気分になります。

今回は,「シンフォニック・ジャズ」ということで,弦楽器が加わっていたのがビッグバンド・ジャズとのいちばんの違いだったと思います。この日コンサートマスターだった水谷晃さんをはじめ,OEKのメンバーが非常に楽しそうに演奏していたのが印象的でした。ダニール・グリシンさんのヴィオラから水谷さんのヴァイオリンへとメロディが引き継がれていったり,しっかり「アンサンブル」をしていました。管楽セクションの方も,クラリネットの遠藤さんをはじめソロが多く,OEKメンバーにとっても非常に演奏し甲斐のある曲になっていたと思いました。

スウィング調になっていた「行進曲」の最後の部分のハイトーンが特に強烈でしたが,その次の「こんぺい糖の精の踊り」でもエリックさんが登場し,今度は柔らかな音を聞かせていたのがすごいと思いました。

「間奏曲」の後でトークが入った後,後半の曲へ。

「中国の踊り」や「アラビアの踊り」では,ドラムスやパーカッションが細かいリズムを延々と演奏していましたが,単純に「すごい」と思いながら聞いていました。最後の「花のワルツ」は,バレエ同様,「全員総出演」の気分で色々なソロが出てくる開放感がありました。

というわけで,この「挾間美帆&OEKによるシンフォニック・ジャズ」というのは,OEKの新しい「売り」にできるのでは,と思いました。特に,今回のエリックさんとの「くるみ割り人形」は,「OEK用のアレンジ」ということなので,この曲で全国ツァーなどしても面白いのではと思いました。個人的に期待してしまうのが...シンフォニック・ジャズ版「展覧会の絵」。実現しないでしょうか?

そして,盛大な拍手に応えて演奏されたアンコールが,映画「天使にラブソングを2」で使われた,「ジョイフル,ジョイフル」。山下洋輔さんも再登場して,全員で演奏されました。この曲のオリジナルは第9の「歓喜の合唱」ということで,「日本の師走」に聞くには誠にふさわしい作品といえます。OEKは12月に第9をほとんど演奏しない稀有な日本のオーケストラですが,その代わりに「ジョイフル,ジョイフル」を演奏するのを恒例にしても面白いかもと思わせるほど,浮き浮きとした気分の演奏でした。途中からはお客さんの手拍子も入り,ホールに居た人全員がしっかり楽しんでいたと思います。

挾間さんとOEKは,昨年度のコンポーザ・オブ・ザ・イヤーだったことからつながりが始まりましたが,今回の大盛り上がりの演奏を聞いて,OEKシンフォニック・ジャズ・ホリディの続編に期待したいと感じました。「ホリディ」は,クリスマスのことを指すとも解釈できるので,年末恒例でも面白いかもしれませんね。

PS. 演奏途中のエリックさんと挾間さんのトークも楽しかったですね。エリックさんの出身地である「ハワイのクリスマス」の話題では,どういうルートでサンタクロースが来るのかという話になりました。カリフォルニアまで陸路で来た後,サーフボードでやって来るとのことです。なるほど,と思ってしまいましたが...イメージとしては,トライアスロンの世界ですね。



(2020/12/19)