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アフターセブンコンサート2020:夜のクラシック第6回
2020年12月22日(火)19:15〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ショパン/練習曲ハ短調, op.10-12「革命」
2) ショパン/夜想曲第2番変ホ長調, op.9-2
3) ショパン/ワルツ第6番変ニ長調, op.64-1「小犬のワルツ」
4) ベートーヴェン/エリーゼのためにイ短調, WoO 59
5) バルトーク/ルーマニア民俗舞曲, Sz.56
6) 加羽沢美濃/三勇士君ちのクリスマス・パーティ(即興演奏)
7) リスト/愛の夢第3番変イ長調, S.541-3
8) リスト/ハンガリー狂詩曲第2番嬰ハ短調, S.244-2
9) (アンコール)サティ(加羽沢美濃編曲)/ジュ・トゥ・ヴ(ピアノ連弾用)

●演奏
金子三勇士(ピアノ)*1-5,7-9,加羽沢美濃(司会;ピアノ*6,9)



Review by 管理人hs  

「アフターセブンコンサート2020:夜のクラシック第6回」を石川県立音楽堂コンサートホールで聞いてきました。ゲストは,ピアニストの金子三勇士さん,司会はいつもどおり加羽沢美濃さんでした。

このシリーズは,毎回,現在もっとも旬なアーティストたちによるレベルの高い演奏が楽しめること,加羽沢さんとゲストの方のトークがとても自然でリラックスして楽しめること,加羽沢さんによる即興演奏コーナーやゲストとの共演コーナーがあること...など楽しみどころ満載ですが,今回は特に充実していたと感じました。終演後は,お客さんからの盛大な拍手が続いていました。その理由は何といっても金子さんの「圧倒的!」と言ってもよいようなピアノの素晴らしさにありました。


今回のステージはこんな感じ。どうみても,翌々日に控えていた「くるみ割り人形」のセットです。

プログラムは,ショパンの革命のエチュード,ノクターンop.9-2,小犬のワルツ,べートーヴェンのエリーゼのために,リストの愛の夢,ハンガリー狂詩曲第2番...と誰もが知っているような名曲がずらっと並んでいたのですが,最初に演奏された「革命」から,思わず背筋が伸びるような,聞きごたえ十分の演奏の連続でした。

金子さんはにこやかな表情で下手側から登場したのですが...曲が始まると一転。力感あふれる,大変引き締まった演奏を聞かせてくれました。加羽沢さんも演奏後「すご〜い。こんな完璧な演奏聞いたことない!」と絶賛。

「革命」での強烈なタッチに続いて,次のノクターンではとろけるような柔らかい音に急変。この表現の幅も素晴らしいと思いました。甘過ぎず,大げさ過ぎず,しかし,ひたすら美しく,曲の終盤に向けて,どんどん演奏の深みが増していく感じでした。曲の中にすっかり引き込まれてしまいました。

「小犬のワルツ」は,どこか浮遊感のある軽やかな演奏。最後は一気に駆け抜けるように終了。演奏後のトークで,金子さんは,「3曲セットで,この1年を表現してみました」と語っていましたが,確かに「思い」や「ドラマ」のようなものが伝わってきました。

加羽沢さんとのトークの中では,加羽沢さんが司会を務めていた,NHK-FMの「名曲リサイタル」に金子さんがゲスト出演されたことがあること,その後,金子さんが後継の番組で司会を務めているなどの「つながり」が紹介されました。ちなみに金子さんが石川県立音楽堂コンサートホールで演奏するのは今回が初めてとのことでした。春の楽都音楽祭関係でリサイタルを行っていたので,少々意外でした。

その他,演奏会前日の夜に金沢に到着後,何か食べようと思ったが,コロナ禍の影響もあり,お店が皆締まっていて,吉野家で食べることになったこと,など次々面白い話題が出てきました。

その後,ベートーヴェンの「エリーゼのために」とバルトークのルーマニア民俗舞曲が続けて演奏されました(金子さんからは,この2曲の間に拍手は入れないでくださいというリクエスト)。この試みも面白かったですね。

「エリーゼのために」は,まるで曲自体が生きているようでした。美しいタッチ,デリケートな表情付け,そして,曲全体がしっかりと設計されており,小さなドラマを感じさせてくれました。

バルトークは,短い6つの踊りが連続して演奏される曲です。ダイナミックで野性的な雰囲気で始まった後,軽妙な感じになったり,エキサイティングに盛り上がったり,多彩なタッチで,色々なキャラクターがしっかりと描き分けられていました。特にインパクトがあったのが終盤でした。独特のアクセントがルーマニア風かな,と思いました。

その後のトークでは,金子さんが留学していた,ハンガリーのクリスマスの話題や,得意料理の話題になりました。「おいしいものは自分で作るのがいちばん」と分かり,タマネギたっぷりのインド風カレーなどを作っているそうです。お酒については,ワイン好きなのですが,「以前金沢に来た時に日本酒に目覚めた」とのことです。

恒例の,加羽沢さんによる即興演奏コーナーでは,このトークの内容をしっかりと踏まえた演奏となっていました。クリスマスを想起させる鈴の音のような感じで始まった後,キューピー3分クッキング(多分)のテーマが一瞬聞こえ,その後,ゴージャズなパーティの雰囲気に。時々,スパイスを効かせていたので,「優雅でカレーなワルツ・クリスマス風」といった趣きがありました。最後は,「きょうの料理」のテーマが一瞬よぎって終了。

あっという間に時間が過ぎ,最後にリストの曲が2曲演奏されました。金子さんのお話によると,最初に演奏したショパンとリストは,友人であり,かつ,お互いに意識し合っていた関係だったとのこと。「愛の夢」第3番は特にショパンを意識した作品とのことです。線の太いメロディがたっぷりと流れる美しい演奏でした。

ハンガリー狂詩曲第2番は,冒頭から堂々とした押し出しのある演奏で,最後の曲にふさわしい,華やかさにあふれていました。クリアな打鍵から,生き生き,キラキラとした音が緩急自在に湧き出てきました。そして,躍動感の溢れる切れ味の良いリズムの連続でした。特に曲の最後の部分では,一瞬,間を置いた後,一気に車のアクセルを踏み込むように,テンポが急変。凄みのある迫力を漂わせていました。それでいて,荒っぽい感じは皆無で,どの部分もしっかりと磨き上げられていました。

金子さんのお母さんはハンガリー人ですが,これらの音楽を聞きながら,自分のルーツの国の音楽をとても大切にしているなぁと感じさせてくれました。

コロナ禍の中で,金子さん自身,演奏会のあり方について色々と考えたとおっしゃられていました。そんな金子さんの演奏やトークからは,まじめで前向きな姿勢が常に感じられました。何回も演奏されて来た,場合によっては「通俗的」と呼ばれてしまうこともあるような作品から,新鮮味のある生き生きとした音楽を引き出していたのが本当に素晴らしいと思いました。加羽沢さんが,最初に「今,日本でいちばん忙しいピアニスト」と紹介されていましたが,そのことも納得の公演でした。

演奏会の最後は,アンコールとして,加羽沢さんのアレンジによるサティのジュ・トゥ・ヴの連弾版が演奏されました。お二人ともこの曲の演奏の時にはマスクをして,密にならないように気にしながらの連弾というのは,ある意味,今年を象徴するようなスタイルだったかもしれません。最初は何となく,よそよそしい感じだったのが,次第に打ち解けてくる感じになっていたのが面白いと思いました。

ますます好調な「夜クラ」シリーズ。来年度はどなたが登場するか,今から楽しみです。

 
終演後のステージ。ツリーに照明が点灯していました。


トーク用のテーブルの上にもクリスマス用の人形がいました。

(2020/12/29)