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梅干野安未オルガン・リサイタル
2021年2月18日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

バッハ,J.S./カンタータ第29番「神よ, 我ら汝に感謝す」〜シンフォニア
ヴィエルヌ/ヒンクリーの鐘
フォーレ/組曲「ペレアスとメリザンド」〜シシリエンヌ
フランク/祈り
アラン/アニ・ヤヴィシュタによる2つのダンス
ローラン/想い:2011年3月11日東日本大震災被災者のために
ギルマン/オルガン・ソナタ第1番〜フィナル
(アンコール)バッハ,J.S./主よ人の望みの喜びよ

●演奏
梅干野安未(オルガン)



Review by 管理人hs  

数日前の春のような陽気から一転して,ここ数日の金沢は雪。山は越えたようですが,市内に雪が残る中,2月18日の夜,石川県立音楽堂コンサートホールで行われた,梅干野安未さんのオルガン・リサイタルを聴いてきました。まず,梅干野さんのお名前ですが,「ほやの」と読みます。最初見た時「誤植かな?」と思ったのですが,しっかり漢字変換されましたので,完全に私の「誤解」でした。



このリサイタルですが,当初は,フランスのオルガン奏者,オリヴェイエ・ラトリーさんが出演するはずでした。このラトリーさんがコロナ禍で来日できず,その代役として,パリ音楽院時代に弟子だったる梅干野さんが出演することになったものです。演奏された曲もフランスのオルガン曲が中心でした。

「オルガンといえばバッハ」という印象を持つ方は多いと思いますが,この日の梅干野さんの演奏を聴いて,「ドイツのオルガン曲よりも親しみやすいのでは」と感じました。多彩な音色という点に加え,各作曲家が新たな響きを作り出そうと色々な技を追求している感じがしました。これまで馴染みの薄かったフランスのオルガン作品ですが,今回の公演は存分に楽しむことができました。

プログラムは約1時間で,夕食後にゆっくり聴くのにちょうどよい感じでした。梅干野さんは演奏途中のトークで「パリ音楽院時代に学んだ曲を取り上げた」と語っていたとおり,「オール・フランス・プログラム」と言って良い内容でした。唯一,フランスの作曲家ではない,バッハのカンタータ第29番の中のシンフォニアでスタートしたのですが,この曲もフランスのオルガン奏者,マルセル・デュプレ編曲のものでしたので,「オール・フランス」で間違いないでしょう。

この曲ですが,演奏が始まるとすぐ,「あ,あの曲か」と分かる作品で(バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番の最初の曲),演奏会全体の開始にふさわしい明快さがありました。ヴァイオリン演奏で聴くほど軽やかではないのですが,オルガンで速い動きを聴くと,頭の中がカタカタと活性化されていくような感じがしました。

その後,ヴィエルヌの「ヒンクリーの鐘」という曲が演奏されました。鐘の音を模した曲なのですが,梅干野さんによる曲目解説に書かれていたとおり,曲の最後の部分の「流星のごとく降り注ぐ下降音階」の部分が素晴らしく,何かすごい世界包み込まれたような気分になりました。

フォーレの「シシリエンヌ」のオルガン編曲版は,オリジナルのフルート版よりも,もっと鄙びた感じがありました。音色的に言うとパンフルートのような感じでしょうか。流麗に流れるよりは,どこか引き締まった感じがすると感じました。中間部で気分がパッと変わるのも鮮やかでした。

フランクの「祈り」は,厚みと暖かみのある響きが最高でした。重厚さはありましたが,重さに圧迫されるような感じはありませんでした。最後の方ではトランペット的な音なども出てきて,何かを物語っているようなでした。演奏後の梅干野さんのトークでは,この曲について「何に対する祈りなのかフランク自身は示していない。どんな思いにも使える」と語っていました。私の場合,「ひたすら気持ちが落ち着く曲だなぁ」と思いつつ...何も祈らずじまいだったので,今度聴くときは,しっかり祈ってみたいと思います。

アランの「アニ・ヤヴィシュタによる2つのダンス」という曲も初めて聴く曲でしたが,作曲者のアランの才能のすばらしさを感じさせるようなオリジナリティあふれる作品だと思いました。作曲者は,名オルガニスト,マリー=クレール・アランのお兄さんで,曲目解説によると戦争で29歳の若さでなくなった方です。東洋的な雰囲気を持った不思議な響きが続き,次は一体どんな音が出てくるのだろう,とワクワクさせるような作品でした。梅干野さんによると「オルガンの概念を覆した人」ということで,その他にもオルガン曲があるようならば,是非聞いてみたいものだと思いました。

ローランの「想い」という作品は,東日本大震災の被災者のために書かれた作品です。作曲者のローランは,梅干野さんのパリ音楽院時代の学友ということで,年齢を逆算すると,20代前半に書かれた曲ということになります。文部省唱歌「ふるさと」のメロディの断片をちりばめた作品で,この曲もまた,アランの曲に通じるような不思議な響きが随所に出てきていました。

今回は,オリジナルの「ふるさと」のメロディを演奏した後,この曲が演奏されたのですが,このアイデアも素晴らしいと思いました。オリジナルの「ふるさと」は,震災前の穏やかな故郷を象徴し,ローランの作品の方は,震災でバラバラになってしまったふるさとを表現しているようでした。特に最初の方に出てくる,「思い出の波が漂うようなヴィブラートの響き(曲目解説の表現です)」の部分の何とも言えない不気味な音が印象的でした。

オリジナルの「ふるさと」については,明治初期に讃美歌をもとに作られたという話を聞いたことがあるのですが,こうやってオルガンで演奏されると,確かに讃美歌のようだな,と感じました。

演奏会の最後は,ギルマンのオルガン・ソナタ第1番の最終楽章(フィナル)が演奏されました。曲の最初の部分から,バリバリと突き刺さるような輝きのある音と勢いのある音楽の流れが見事でした。最後の方は,サン=サーンスの「オルガン付き」交響曲の最終楽章を思い出させるような,コラールを交えた盛り上がりを作り,演奏会を爽快に締めてくれました。

この日は残念ながらお客さんの数はとても少なかったのですが,そのせいか響きがとても豊かで,聞く方としても伸び伸びとした気持ちで聴くことができました。大きく盛り上がるような作品でも,オルガンの音に圧倒されるような感じははなく,心地良く音楽の流れに浸ることができました。


最初,1階席の前方はものすごくお客さんが少なかったのですが,その後,もう少し増えてきました。オルガンの演奏会の場合,2階席で聴く人の方が多いかもしれないですね。

アンコールでは,おなじみバッハ作曲の「主よ人の望みの喜びを」が軽やかに演奏されました。

演奏会全体を通じて,立派で壮大で圧倒的な迫力の世界だけでない,オルガンの多彩な音と表現を楽しませてくれるような内容だったと思いました。特に近代フランスのオルガン曲には,そういった作品が多いようなので,是非またフランス特集を聴いてみたいと思いました。


オルガンの「扉」が輪島塗でできていることに,梅干野さんは感激したとのことです。


帰宅途中にホテル日航金沢の前で撮影。植え込みの照明の上に雪が積もっているので,不思議な雰囲気になっていました。


街中の雪の量はこれぐらいでした。

(2021/02/21)





公演のポスター