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ルドヴィート・カンタ チェロ・リサイタル
2021年2月23日(火祝) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

ラフマニノフ/チェロとピアノのための2つの小品, op.2(前奏曲 op.2-1, 東洋風舞曲, op.2-2)
プロコフィエフ/チェロ・ソナタハ長調, op.119
ラフマニノフ/チェロ・ソナタト短調, op.19
(アンコール)チャイコフスキー(フィッツェンハーゲン編曲(多分))/ノクターン, op.19-4
(アンコール)ドビュッシー/美しい夕暮れ
(アンコール)ショパン/チェロ・ソナタ〜第3楽章
(アンコール)ショパン(ピアティゴルスキー編曲(多分))/ノクターン第20番遺作
(アンコール)瀧廉太郎/荒城の月
(アンコール)ラヴェル/ハバネラ形式の小品
(アンコール)ジョプリン/ラグタイム(曲名不明)

●演奏
ルドヴィート・カンタ(チェロ),沼沢淑音(ピアノ)



Review by 管理人hs  

天皇誕生日の祝日の午後,石川県立音楽堂コンサートホールでルドヴィート・カンタさんのチェロ・リサイタルを聴いてきました。カンタさんは,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の首席奏者時代から活発にソロ活動を行っており,リサイタル以外でも,色々な機会で演奏を聴いてきたのですが,コロナ禍の影響もあり,私自身カンタさんの演奏を聴くのは,1年ぶり以上です。久しぶりにカンタさんの姿を見て嬉しかったのですが,カンタさん自身も,コンサートホールでリサイタルを開けたことを大変喜んでいたようでした。



今回のプログラムは,プロコフィエフとラフマニノフのチェロ・ソナタを中心とした「スラブ・テイスト」をベースとした内容でした。カンタさんは,これまでチェロの主要作品を「百科事典を作るように」リサイタルで取り上げてきているのですが,特に今回の2曲は特にカンタさんにぴったりだと感じました。そのことは,この日のピアノの沼沢淑音(よしと)さんの力も大きかったと思います。沼沢さんは,数年前にOEKと共演して以来,すっかりカンタさんのお気に入りとなった方です。沼沢さんは,モスクワ音楽院卒業で,プログラムに書かれたカンタさんの言葉によると「ロシア生まれの巨匠に等しく,ロシア特有のユーモアに溢れ,言葉を介さず通じ合うことができる」とのことです。全体を通じて,大らかなスケール感に溢れた演奏会だと感じました。

まずラフマニノフの「チェロとピアノのための小品,op.2(2曲)」から始まりました。op.2-1の前奏曲では,その最初の一音からカンタさんの音が素晴らしいと思いました。静かで優しい音だけれども,たっぷり響き,美しい景色が広がるようでした。

op.2-2の東洋風舞曲は,「オリエンタル・ダンス」という名前で聴いたことがあった気がします。こちらは,まず沼沢さんのクリスタルな感じのピアノの音が綺麗で,そこからエキゾティックな気分が漂ってきました。ダンスといいつつ,とてもゆったりとしたダンスで,カンタさんのチェロからは,ちょっと艶っぽい夜の雰囲気が漂っていました。最後に出てくる,フラジオレット風の高音は,カンタさんお得意の聴かせどころとなっていました。

2曲目のプロコフィエフのソナタでは,カンタさんのチェロと沼沢さんのピアノが一体となって,さらにスケールの大きな充実した演奏を楽しむことができました。この日は特に,カンタさんのチェロの低音が特にしっかりと響いていると感じました。沼沢さんのピアノの音にも深みがあり,曲自体はシンプルなのに,大きなモノに接しているような聞き応えを感じました。楽章最後の静か〜な気分も見事でした。

第2楽章にはプロコフィエフならではのちょっとシニカルな感じのユーモアが漂っていました。上述の「ロシア風のユーモア」というのはこういう感じなのかなと思いました。中間部では美しく流れるチェロのメロディが出てきたり,変幻自在の音楽を楽しむことができました。

第3楽章は流れるようなスピード感のある楽章でした。中間部では上機嫌な歌になったり,「子守歌」風になったり,次々と魅力的な楽想が出てきました。最後の大きく広がっていくような盛り上がりも素晴らしいと思いました。

全体に明るい開放感があり,コロナ禍の中でも,しっかりとリサイタルを開催できた喜びを感じながら聴いていました。

後半のラフマニノフのソナタはさらに規模の大きな作品でした。カンタさんによるプログラムの解説では,ラフマニノフのことを「王様のような作曲家」と書いていました。まさにその気分のある曲であり演奏でした。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番と同時期に書かれた作品(スランプから脱出したばかり)ということもあり,随所にラフマニノフならではの熱いメロディがあふれる曲でした。その曲をカンタさんは,強い共感を持って,ただし,大げさになりすぎずに,情感がしっかりとこもった密度の高い音で聴かせてくれました。そして,この曲でも沼沢さんの深々とした広さを感じさせるようなピアノが素晴らしかったですね。ピアニストでもあったラフマニノフの曲らしく,ピアノの方が華やかかつ力強く活躍する部分も多く,曲のスケール感を何倍にも広げていたように感じました。

第1楽章はミステリアスなエピローグの後,生き生きとした主部へ。ほの暗くメランコリックな「ラフマニノフ節」をカンタさんは切々と聞かせてくれました。途中に出てくる,ピアノがソリスティックに活躍する部分も大変鮮やかで,「チェロ・ソナタ」ということを一瞬忘れそうになりました。

第2楽章は,暗い迫力を持ったピアノのリズムの繰り返しが印象的で,一瞬,シューベルトの「魔王」の気分を思い出してしまいました。カンタさんの低音がよく響いていたので,「悪魔的スケルツォ」という気分になっていました。時々,甘い声のようなメロディが出てくるのも「魔王」的だと思いました。ピアノともども,乗りに乗った演奏という感じでした。

第3楽章は,特に楽しみにしていた楽章でした。板東玉三郎監督(出演はしていません)の泉鏡花原作による映画「外科室」の中でこの楽章をとても効果的に使っていた印象が強く残ってからですが,この日の演奏を聴きながら,チェロに負けずピアノの歌も素晴らしいと感じました。チェロとピアノの「歌による濃密な対話」風のノクターンでした。曲想は,だんだん大きく盛り上がっていくのですが,外に広がるというよりは内側に広がっていくような,不思議な気分がありました。カンタさんは絶好調という感じの演奏で,派手すぎない滑らかな音が会場いっぱいに広がっていました(この日は1階席しか開放していなかったので,特によく響いていたのかもしれません)。

第4楽章は生き生きとしたフィナーレ。お二人のチェロとピアノの高級感のある音に満たされた贅沢な時間となっていました。楽章の最後の方では,ここでもピアノの見せ場があり,ピアノ協奏曲第2番のような雰囲気で歌い上げていました。曲の最後の華やかな花火を思わせる盛り上がりもラフマニノフならではだと思いました。

今回の素晴らしい演奏を聴いて,今後もこの2人でスラブ系の作品を色々聴いてみたいもだと思いました。

そしてこの日の演奏会で凄かったのは,実はこの後でした。何とアンコールが7曲も演奏されました。私自身が体験した最大数かもしれません。ラフマニノフの雰囲気に合わせるかのように,ノクターン系の曲が続いた後,「荒城の月」が出てきたり,ハバネラ(後から調べると「ハバネラ風の小品」でした)が出てきたり,最後はジョプリンのラグタイムが出てきたり,コロナ禍であちこち出かけられないかわりに,世界各国の音楽を楽しんだような感じになりました。

特にドビュッシーの「美しい夕暮れ」の霞がかかったような雰囲気が素晴らしいと思いました。「荒城の月」は,これまでもカンタさんの演奏で何回か聴いたことがありますが,その落ち着き払った「平常心」の演奏は,「十八番」と言って良いと思います。

最初から譜面を沢山持って来ていたので,複数曲を演奏されるのかなとは思っていたのですが,ここまでサービスしていただけるとは思ってもいませんでした。カンタさんと沼沢さんの音楽に酔わせていただいた後,カンタさんファン感謝祭的な雰囲気で締められた,演奏できる喜びに溢れた公演でした。

  
今回のアンコール曲はカンタさんのこのCDに収録されている曲から2つ入っていました。ドビュッシーや「荒城の月」録音にも期待したいところです。

PS. この日会場では,カンタさんが沼沢さんに西村尚也さんというヴァイオリンを加えて(カンタ・トリオ),名古屋の宗次ホールで演奏したチャイコフスキーのピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」他のライブ録音CDを販売していました。実は既に持っていたのですが,録音が結構生々しく(特に沼沢さんのピアノがグイグイ迫ってくる感じ),切々と訴えてくる感じが良いですね。このトリオの演奏も一度ライブで聴いてみたいものです。

 

(2021/02/27)




公演チラシ