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オーケストラ・アンサンブル金沢第438回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2021年2月27日(土)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

酒井健治/Jupiter Hallucination(ジュピターの幻影)(OEK委嘱作品・世界初演)
チャイコフスキー/組曲第4番ト長調, op.61「モーツァルティアーナ」
サン=サーンス/交響曲イ長調

●演奏
川瀬賢太郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)



Review by 管理人hs  

あっという間に過ぎ去った2月末の土曜日の午後,川瀬賢太郎さん指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演フィルハーモニー・シリーズを石川県立音楽堂コンサートホールで聞いてきました。プログラムは,OEKの2019〜2020年のコンポーザー・オブ・ザ・イヤー,酒井健治さんの新曲「Jupiter Hallucination(ジュピターの幻影)」が演奏された後,チャイコフスキーの組曲第4番「モーツァルティナーナ」,サン=サーンスの交響曲イ長調と続く,新曲と無名の曲が続くチャレンジングな内容でした。



テーマは,プログラムで飯尾洋一さんが書かれていたとおり「モーツァルト不在のモーツァルト・プロ」。モーツァルト自身の曲は1曲も演奏されないけれども,モーツァルトの作品を引用・編曲した曲が並ぶという面白い趣向でした。というわけで,「モーツァルトらしさ」であるとか「モーツァルトの曲(特に「ジュピター」交響曲)についての知識がある方が楽しめる,一種「知的なプログラム」とも言えたのですが,どの曲についても,川瀬さん指揮OEKの演奏には,瑞々しさとエネルギーが溢れており,予備知識なしでも楽しめたのではないかと思います。

最初に演奏された酒井さんの新曲は,タイトルどおり,「ジュピター」交響曲のフレーズが断片的に出てくる曲でした。雰囲気としては,ある映像の中に,突然,ザザザと砂嵐的なノイズが入り込み,一瞬別の映像が見えてくるけれども,すぐにまた元に戻るといった感じがあったのが面白いと思いました。現実と非現実が交錯する感じには,複線的で不安げなところもあり,コロナ禍の気分を表現しているようにも感じました。ただし,最後の部分は,酒井さんのプログラムノートに書かれていたとおり,「アーメン終止」となっており,コロナ禍収束に向けての祈りの気分がありました。

OEKの編成は「ぴったり定員どおり」(酒井さんは「注文に合わせて作曲するのが仕事」と言われていましたが,そのとおりだと思いました)で,打楽器も2名だったのですが,ものすごく沢山の種類の打楽器を使っており,演奏全体に色々な表情を加えていました。

曲の冒頭は,「ヒュー,パコン,ギー...」と通常のオーケストラのサウンドとは違う音が色々と出てくるのですが(管楽器の方は「ホースのようなもの」に息を吹き込んでいたりしました),トランペット(元NHK交響楽団の関山さんが参加していました)がジュピター音型の断片のようなものを吹き始め,段々とジュピターの幻影が見えてくる,という感じで始まりました。

全体的に,オーケストラ全員で厚く演奏するというよりは,色々な楽器が次々出てきて,明快に絡み合うすっきりした感じがあり,その辺がモーツァルトの曲の持つすっきり感と通じる気がしました。ちなみに「ジュピター交響曲」からの引用については,第4楽章からだけでなく,その他の楽章のフレーズも色々と出てきました。特に第1楽章からのフレーズは,「幻影」を越えて,かなり鮮明に見えている部分もありました。その遠近感の変化が面白いと思いました。

今回は「モーツァルト不在」での演奏でしたが,一度,「ジュピター」とセットにしたプログラムにも期待したいと思いました。

次の「モーツァルティアーナ」も,モーツァルトの曲をチャイコフスキーが編曲した組曲だったのですが,飯尾さんの解説を読んで,なるほどと思いました。モーツァルトがバッハの影響を受けて作った曲であったり,グルックの作った曲の変奏曲であったり,リストがアレンジした曲であったり...結構,ひねりの効いた「二重のオマージュ作品」だということが分かりました。

第1曲「ジグ」は,カッチリ,キビキビとした,どこか断片的な感じのする音の動きが心地良く,酒井さんの作品と通じる感じがあると思いました。違和感なく,この曲につながった感じがしました。第2曲「メヌエット」は,ゆったりとした半音階的な動きの中に不思議なユーモアが漂うような作品でした。

第3曲「祈り」は,有名な「アヴェ・ヴェルム・コルプス」をリストがピアノ曲用にアレンジしたものをさらにアレンジしたものでした。第1ヴァイオリンが演奏する感動に溢れたようなメロディの美しさに加え,木管楽器やハープも加わった暖かな響きも魅力的でした。寒い日に温泉に入っているような心地よさがありました。最後,ティンパニのロールで盛り上がっていく辺りは,モーツァルトというよりは,チャイコフスキーらしさを感じました。

第4曲「主題と変奏」は,グルックの主題による変奏曲をさらに編曲したもので,時間的には,曲の大半が第4曲だったと思います。グルックの主題は,どこかハイドンの「驚愕」交響曲の第2楽章の「あのテーマ」を思わせるような素朴なもので,色々な楽器のソロを取り混ぜて,多彩に変化していくといった感じでした。ブリテンの「青少年のための管弦楽入門」に通じるような華やかさを感じました。

変奏の最後の方で,コンサートマスターのアビゲイル・ヤングさんによるかなり長大なヴァイオリン独奏が入りました。コロナ禍のため,2020年ずっと不在だったヤングさんのソロを聞けなかった「鬱憤(?)」を晴らすような,見事な演奏。「さすが」といった感じの語り口の巧さでした。曲の最後では,弾むような感じに曲想が変わり,今度は,クラリネットの遠藤さんによる,目が覚めるような鮮やかなソロが入りました。これもまた印象的でした。演奏後,ヤングさんと遠藤さんに対する拍手を中心に盛大な拍手が続いていました。

演奏会の最後は,サン=サーンスが15歳の時に作曲したという交響曲イ長調でした。サン=サーンスの交響曲は3曲だと思っていたのですが,それ以外に番号なしの曲が2曲あり,その一番最初の作品がこの日演奏されたイ長調です。

まず,この日の「コンセプト」どおり,いきなりモーツァルト「ジュピター」の「ドーレーファーミー音型」が第1楽章の序奏部から登場しました。低弦の透明感のある響きが美しかったですね。主部に入ってからも「ドーレーファーミー」が出てくるなど,「元祖・ジュピターの幻影」というタイトルを付けたくなるような雰囲気がありました。

第1楽章については,シューベルトの初期の交響曲に通じるような流れるような晴朗感がありました。木管楽器の使い方なども似ている感じがしました。全楽章を通じて,確かに先人の影響を沢山受けて「公式どおり」作曲したような作品だったのですが(シューベルトやメンデルスゾーンの曲を聞いたような雰囲気),その完成度は非常に高く,魅力的なメロディが次々と湧き上がってくる親しみやすさに溢れているのが魅力でした。

第2楽章は,ベートーヴェンの曲を思わせる,秘めた強さを感じさせるような美しさがありました。途中,短調になりドラマティックに盛り上がる辺りでの,深々とした気分やテンションの高さが素晴らしいと思いました。

第3楽章は,加納さんのオーボエや岡本さんのフルートなど木管楽器が活躍する,かわいらしい感じのスケルツォでした。第4楽章もビゼーやメンデルスゾーンの交響曲を思わせるような,弦楽器の無窮動的なキビキビとした動きが印象的でした。川瀬さん指揮OEKは,無理なく,くっきりと演奏しており,美しいメロディが湧き出てくるような楽しさがありました。終結部では,ややテンポが上がり,気合いの入ったティンパニの一撃でノックアウトを決めるように締めくくられました。演奏会の最後を締めるのに相応しい爽快感がありました。

というわけで,こういう,マイナーでひねりの効いたプログラムを考え,熱く聞かせてくれた川瀬さんは,さすがだなぁと思いました。今年はサン=サーンス没後100年(19世紀の作曲家という印象だったので,何というか「まだ100年」という実感。意外に新しい人だということが新鮮な驚きです)ということなので,色々な曲を発掘して,聞いてみたいなぁと思いました。

PS. この日は演奏前に,川瀬さんと酒井さんによる新曲についてのプレトークがありました。このお話を聞いた後だったので,さらに楽しめた気がしました。次のようなことを語っていました。



川瀬さん
モーツァルトをテーマとしたプログラムを依頼されたが,OEKは頻繁に取り上げているので,「モーツァルトが後世に与えた影響」に注目し,「姿が見えないモーツァルト」というテーマにした

酒井さん
  • 職業作曲家なので,プログラムにマッチするように書くことに喜びを感じている。
  • 今回のテーマは「オマージュ」。元々,オマージュ的な作品をいくつか書いていたが,最後のサン=サーンスと同じ「ジュピター」を使ったのは偶然の一致(#偶然とは思えない一致だと思いました)
  • OEKについては,(リスキーな)現代作品を毎年のように取り上げ続けていることに敬意を持っている。演奏者も能動的に取り組んでいるのも素晴らしい。


終演後の写真。指揮台の上にマイクが写っていますが,NHK-FMで放送される予定です。演奏時間的には全曲放送できるのではないかと思います(多分)


JR金沢駅もてなしドームと鼓門。この日は快晴。非常に気温と天候の変化の多い週でした。



(2021/03/06)




公演の立看板