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伝統芸能&室内オペラ「おしち」
2021年3月9日(火)18:30〜 石川県立音楽堂邦楽ホール

第1部 落語「八百屋お七:比翼塚の由来」
落語:立川談笑

第2部 オペラ「おしち」
池辺晋一郎/オペラ「おしち」
作:星野和彦,脚本:八坂裕子,演出:十川稔,監修:池辺晋一郎

●演奏・配役
松井慶太指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)

おしち:幸田浩子(ソプラノ)
吉三郎:高柳圭(テノール)
火刑執行人:森雅史(バス)
瓦版売り:門田宇(バリトン)
合唱:オペラ「おしち」金沢・射水合同合唱団



Review by 管理人hs  

石川県立音楽堂邦楽ホールで行われた,伝統芸能&室内オペラ「おしち」公演を観てきました。落語や講談と日本人作曲家による室内オペラを組み合わせる企画もすっかり定着してきましたが,今回の池辺晋一郎作曲の「おしち」は,特にオペラ向きの作品だと思いました。熱い純愛ものオペラをしっかりと堪能した実感が残りました。

恋人に再び会いたい一心で放火し,火刑になる「八百屋お七」の物語は,江戸時代の実話に基づくようですが,その後,色々なバリエーションが作られており,今回の室内オペラ版,立川談笑さんによる落語版には,ともにひねりが入っていました。

ヒロインが火に包まれて終わるオペラといえばワーグナーの「神々の黄昏」のブリュンヒルデを思い出すのですが...今回のオペラ版「おしち」では,相手役の吉三郎が重要な役割を果たしており,「ブリュンヒルデのような感じ」ではありませんでした(ネタばれになってしましますた)。実はこの辺が少々釈然としなかったのですが...クライマックスに向けての音楽の流れには説得力があり,「こういうのもありか」という思いにもなりました。

オペラは,序曲から始まりました。ファンファーレのような雰囲気があったり,大河ドラマのテーマ曲のような雰囲気があったり,幕開けにぴったりの音楽でした。最初の場は,火事の場でした。当時,江戸では火事が多かったという背景を説明する音楽でしたが,天井から垂れてくる赤い紐のようなものがかなり不気味で,複雑な雰囲気の音楽と相俟って,先の展開を予告しているようでした。プログラムに演出の十川さんが書かれていた「お七の情念の炎」の象徴と言えそうです。

続いては,主役のおしちと吉三郎の出会いの場でした。おしち役は,ソプラノの幸田浩子さんでした。幸田さんの歌を実演で聴くのは...一度ぐらい聞いたことがあるかなと思い返してみたのですが,今回が初めてでした。最初の方の純真な町娘風の雰囲気から,狂乱の場を思わせるような「火付け」の部分まで,一貫して芯の強さを感じさせながらも,「おしち」の持つ色々なキャラクターを聞かせてくれました。

吉三郎役の高柳圭さんは,「金沢オリジナル・オペラ」ではすっかりおなじみの方です。その明るく伸びやかな声は,おしちの相手役にぴったりでした。幸田さん,高柳さんともに軽やかな声なので,この「出会いの場」で名前を名乗り合うシーンなどは,「ラ・ボエーム」に通じるような瑞々しさがあるなと思いました。

その後,吉三郎の方は,「訳あり」の白波稼業ということで身を引くのですが,お七の方は忘れられず,「お百度参り」の場になります。幸田さんの気丈な町娘風の雰囲気が良かったですね。故郷にいいなずけがいるという設定だったので,「カルメン」で言うところの,ホセのようなキャラクターともいえます。

こういった主役の歌唱の間を埋めるように,そして色々な役柄でドラマの展開を支えていたのが12人の合唱団(それ以外にも歌唱のみの合唱団の方もいらっしゃいました)でした。ええじゃないか(幕末の設定だったようです)を踊ったり,金色の扇子を持って踊ったり(ちょっとバブルな気分が良かったですね),おしちをいじめたり,火付け改め方になったり...大活躍でした。

第1幕の最後の方では,ドラマの展開を説明するような瓦版売り役(帽子をかぶっていたので,やはり幕末風でした)の門田宇さんの軽妙な歌も入り,オペラの展開を盛り上げていました。

第2幕は間奏曲の後,上述のええじゃないかの場。そして,「おしちの夢の中」のシーンになり,主役二人によるニ重唱となりました。この場での高揚感も良いなぁと思いました。この日の舞台は,中央に「橋のようなもの」があり,ドラマの要所要所のクライマックスで効果的に使われていました。このニ重唱も「橋の上」で歌われていたので,「ウェストサイド物語」や「ロメオとジュリエット」のバルコニーの場に通じるような,「クライマックス感」が出ていました。


終演後に撮影したものです。

その後,目覚めたおしちが「火付け」を思いつく流れもスムーズだと思いました。音楽は,本当に色々なタイプの音楽が次々と出てきて,「さすが池辺さん」という感じでした。個人的には,おしちが火付けをして回る時の,不規則な感じのリズムの曲が,焦燥感のようなものが出ていた良いなぁと思いました。先日,京都市交響楽団の演奏で聴いた池辺さん作曲の「ワルツと語ろう」という曲では,途中,ジャズの「テイク・ファイブ」のような曲が出てきましたが,この場にもちょっとそんな感じがあると思いました。

松井慶太さん指揮のオーケストラ・アンサンブル金沢は通常の半分ぐらいの人数で(ほぼ1管編成という感じ。ただしトロンボーンが入っていました),邦楽ホールで聴くにはちょうど良い感じでした。2人の打楽器奏者が色々な楽器を持ち替えて効果音的な音を含む多彩な音を聞かせたり(上から見ていると,団扇のようなものを叩いたり,結構,「和の雰囲気」がありました),コンサートマスターの松井さんのソロが随所に出てきたり,変化に富んだ音楽を聞かせてくれました

お七が櫓に登って,半鐘を鳴らすシーンでは,幸田さんが本当に鐘を叩いていました(多分)。その静かな音が逆にリアルに感じで,耳に染みるようでした。

その後,お七は火付けの疑いで一旦捕まってしまうのですが...

**** ネタばれになります ************************************************************
吉三郎がその身代りになります。この辺の流れが,実はちょっとよくわかりませんでした。それとやはり火刑になるのは,お七なのではという感は残りました。
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最後の火刑の場の前,火刑執行人役で森雅史さんが登場しましたが,場をぐっと引き締める凄みのある声を聞かせてくれました。最後の火刑の場の後は,スパッと潔い感じで音楽が終わりました。

というわけで,音楽・美術・演技・物語の展開...と色々な面で楽しむことができました。終演後の拍手も大変盛大でした。こういうカーテンコールを観るのも久しぶりでした(出演者が手と手を取り合って拍手を受けていたのが,ちょっと気になったのですが...以前とは自分自身の感覚が変わっていることを改めて実感)。

オペラの前の第1部の落語の方は,「八百屋お七:比翼塚の由来」というタイトルで,立川談笑さんが昨年作った人情噺の新作でした。談笑さんの柔らかな声で心地よく楽しむこおとができました。この日は,2階席のややサイドの席だったせいか,少し聞きにくい部分もあったのですが,最後の部分では「エーッ?」という感じになりました。50年後の設定でしたが,お客さんの多くも顔がほころんでいたのではないかと思います。


こちらは開演前に撮影

この日のプログラムの裏面には,「八百屋お七」を素材として,さまざまな作品が作られてきたことが紹介されていましたが,そこにまた1つ(2つですね)新たな「お七」が加わったのだなぁと思いました。

(2021/03/13)



公演の立看板




邦楽ホールの入口


邦楽ホールの外の電光式の掲示


邦楽ホールに行く途中の展示ケースに入っていた文楽の人形。何でも「お七」に見えますが,別のキャラクターのようです。