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オーケストラ・アンサンブル金沢第440回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2021年3月18日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調. op.68「田園」
ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調, op.67

●演奏
鈴木雅明指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)



Review by 管理人hs  

3月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演は鈴木雅明さん指揮によるベートーヴェンの交響曲4曲。3月13日の2番,8番に続いて,この日は5番,6番の「超有名曲」2曲を聴いてきました。

この2曲の組み合わせですが,もともとベートーヴェンの生前,同じ演奏会で初演された2曲です。CDなどでも時々組み合わされることがありますが...私自身,この組み合わせで実演で聴くのは初めてのことかもしれません。こうやって並べて聞くと,この2曲は「セットなのだな」ということを改めて感じます。後半の楽章が連続しており,トロンボーンやピッコロがクライマックスで入ることが共通する一方,同じモチーフを使いまくり,力強く盛り上がる5番と標題音楽的で穏やかな気分のある6番というのは,好対照です。鈴木さんは,OEKが何回も演奏してきたこの2曲から,大変新鮮な響きを引き出していました。



最初に演奏された「田園」の冒頭から,響きがクリアで特に弦楽器を長〜く伸ばした時のヴィブラートの入らない真っすぐ澄んだ音がとても印象的でした。この印象は前回の2番,8番とも共通するものでした。この日演奏された両曲とも,第1楽章の第1主題には,フェルマータが入るのですが,その長く伸ばされた部分の響きが本当に瑞々しいなぁと感じました。その一方,どの部分を取ってもニュアンスが豊かで,とても雄弁な演奏でした。この印象も前回の2番・8番の時同様でした。しっかり鈴木さんらしさが一貫しているのが良いと思いました。

すっきりした感じがある一方,テンポはかなり細かく動かしており(アゴーギク(演奏解釈上の速度の微妙な変化)というやつですね),各楽章の主題をしっかりと印象づけているようでした。この曲ではコントラバス(この日は3人でした。ベートーヴェンの時はいつもそうですね)の響きも要所要所で効いており,全曲を進めるエンジンのようになっていました。

第2楽章も低弦のズシッとした響きの上に,密やかなメロディが表情豊かに流れて行きました。今回の鈴木さんのベートーヴェン・シリーズを聞いて,大変ニュアンス豊かで,感情の動きが表現されているような箇所が沢山あると感じました。この点で,結構ロマンティックな感じもあるなぁと思いました。

この楽器では木管楽器の美しさも印象的でした。楽章の最後では,フルート(岡本さん),オーボエ(加納さん),クラリネット(遠藤さん)が鳥の声を鮮やかに演奏していましたが,それ以外でも第2主題での金田さんのファゴットの瑞々しい豊かさも印象に残りました。

第3楽章では,ちょっと意表を突くような感じのアクセントの入れ方が印象的で,独特の野性的な気分が感じられました。速すぎず,遅すぎずのテンポで軽快な村祭り的なムードが出ていました。

第4楽章も切れの良いコントラバスのトレモロ,表情豊かなティンパニなど,しっかり聞かせる音のドラマとなっていました。故岩城宏之さんのエッセーで「ウィーンの付近ではいきなり天候が激変する」といったことを読んだ記憶があるのですが,この日のティンパニの峻烈さを聞いて,そのとおりかもと思いました。この楽章のもう一つの重要なスパイスである,ピッコロの響きも素晴らしいと思いました。しっかりとオーケストラの音と溶け込んでいながら,スパッと聞かせる感じの絶妙の味付けでした。

そして,最後の第5楽章。大変じっくりと演奏されました。じわじわと感動があふれてくるような雄大な表現で,スケール感たっぷりの音楽を聞かせてくれました。最後は,遠くからホルンの音が聞こえてくる感じで締められますが,何か本物のアルプホルンの音を聞くような懐かしさがありました。演奏後は,鈴木さん自身も余韻に浸っているようでした(フライイングというほどではなかったのですが,この演奏の後だと,拍手が入るのは,もう少し後でも良かったかも)。

後半に演奏された第5番の方も,音のクリアさや美しさが印象的でした。第1楽章冒頭から,生き生きとした推進力と音の美しさが両立していました。上述のとおりフェルマータの部分で長く伸ばされた音がとても美しいと思いました。整然としつつも音楽に勢いがある一方,要所要所でのティンパニの強打が効いているといった感じでした。

第2楽章は,落ち着きがあるけれども,停滞しないテンポで始まりました。変奏曲形式の楽章なので,色々な楽器が次々活躍をしますが,途中,ティンパニを中心に力強い歩みを見せる部分での高揚感が素晴らしいと思いました。ファゴット,フルートなどの瑞々しい音も印象的でした。

第3楽章は,さりげなく,かつ,確信をもって始まった後,ホルンの力強くクリアな響きに。途中,コントラバスによる超高速の演奏を起点としたフーガ風の部分になりますが,ここでの各楽器の生き生きとした表現も魅力的でした。どこか身体を動かしたくなるダンサブルな感じがありました。ちなみに,第1楽章,第4楽章に加え,第3楽章でも前半部分を繰り返していたようで,いつもと少し違った感じに聞こえました。かなり珍しいケースかもしれません。第4楽章への推移の部分では,弾む感じを維持しながら,どこか不気味な気分。ティンパニの乾いた音や弦楽器の透明感のある響きが印象的でした。

そして若々しさのある第4楽章へ。奇をてらうことのない「颯爽としたハ長調」といった雰囲気がありました。大らかさと躍動感のある演奏でした。この曲には,コントラファゴットが入り,お馴染みの柳浦さんが演奏されていましたが,いつもに増して,その音がしっかりと聞こえてくるのも新鮮でした。コーダの部分での,ピッコロの音は目立ち過ぎることはなく,どこかしなやかさを感じました。大げさになり過ぎず,颯爽とした気分を維持しつつ全力投球するような演奏だったと思いました。

このように楽章を通じて,ノリの良い清潔感があったのですが,終盤では全力を精一杯使い切ろうとするような熱さを感じました。コンサートマスターのアビゲイル・ヤングさんの力強い演奏姿を見るといつも,「我々も頑張らなければなぁ」と思います。

今回,鈴木雅明さんはミンコフスキさんの代役で登場したのですが,体の内側からエネルギー溢れ出てくるような演奏は,ベートーヴェンにぴったりだと思いました。今回4曲演奏したからには,他の曲についても鈴木さんの指揮で聴いてみたいものだと思いました。ちなみに,ミンコフスキさんによる,「本来の全曲演奏」も7月以降仕切り直しでスタートするようです。色々な指揮者による,ベートーヴェン演奏というのは,常にOEKのレパートリーの核だと思います。特にコロナ禍の収束状況に応じて,いつかOEKによる第9が聴ける日を楽しみにしています。


開演前,ANAホテル前で夕空を撮影。月が真ん中に出ていたのですが...私のカメラだとよく分からないですね。


(2021/03/21)




公演の立看板