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藤田真央 モーツァルト ピアノ・ソナタ全曲演奏会(全5回)第1回清らかな始まり
2021年3月21日(日)14:00〜 北國新聞赤羽ホール

モーツァルト/ピアノ・ソナタ第7番ハ長調,K.309
モーツァルト/「ああ,お母さん聞いて」による12の変奏曲ハ長調, K.265
モーツァルト/ピアノ・ソナタ第16番ハ長調,K.545
モーツァルト/6つのウィーン・ソナチネ第1番,KV.439b
モーツァルト/ピアノ・ソナタ第1番ハ長調,K.279
モーツァルト/ピアノ・ソナタ第10番ハ長調,K.330
(アンコール)モーツァルト/ピアノ・ソナタ第5番ト長調,K.283

●演奏
藤田真央(ピアノ)



Review by 管理人hs  

日曜日の午後,北國新聞赤羽ホールで行われた,「藤田真央 モーツァルト ピアノ・ソナタ全曲演奏会」の第1回を聞いてきました。コロナ禍中,テレビのクラシック音楽番組に最も頻繁に出演されているピアニストの一人が,藤田真央さんだと思います。「題名のない音楽会」では,藤田さんがモーツァルトのピアノ・ソナタを演奏する回を観たことがあります。そのインスピレーションに溢れた演奏を思い出しつつ,「全曲演奏。これは行くしかない」と思い出かけてきました。



その第1回は,「清らかな始まり」と題して,ハ長調の作品ばかりを集めたプログラムとなっていました。第7番K.309,第16番K.545(この曲は,以前は第15番でしたね),第1番K.279,第10番K.330にキラキラ星変奏曲とウィーン・ソナチネ第1番を加えた内容。こういうプログラミングができるのもモーツァルトならではだと思います。



ソナタの方は,K.279からK.545までと,色々な時代の作品が取り上げられていましたが,共通していたのが,藤田さんのピアノのタッチの美しさと各曲ごとの設計の見事さ。そして,自然な色合いの変化でした。昨年,石川県立音楽堂でベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を聞いた時にも感じたのですが,藤田さんのピアノのタッチには乱暴なところが全くなく,どの曲にもホールの空気と溶け合うような自然な美しさがありました。大げさに気負った感じがなく,脱力した感じで始まった後,曲のクライマックスでくっきりとした強い音を聞かせたり,鮮やかな技巧を見せたり,全体の設計図がしっかりできた上で,自在に音楽が流れていくような安心感を感じました。

最初に演奏されたのは,ソナタ第7番 K.309でした。第1楽章の最初の一音から,全く気負いのないさりげなくマイルドな音楽。飾りのないプレーンな音楽が自然に流れていく一方,細かい装飾音の切れの良さが素晴らしく,単調な感じがしませんでした。同じようなフレーズや対になるようなフレーズが,バランスよく出てくるのがモーツァルトの音楽の特徴の一つだと思いますが,藤田さんの演奏では,その繰り返しの度に微妙にニュアンスの変化が付けられていました。そしてそのことを,藤田さん自身楽しんでいるような気分が演奏から伝わってきました。

第2楽章もさりげない落ち着きのある音楽でした。抑制しながら,色々な気分が交錯するようでした。第3楽章はさりげなく軽快な音楽。こうやって感想を書いていると「さりげなさ」がキーワードなのかなと改めて思いました。キリッとした若々しい気分でしっかり盛り上がった後,最後はデリケートな静けさで締めくくってくれました。暖かな気分の残る余韻に皆さん浸っているようでした。

次の「キラキラ星変奏曲」はさらに変化に富んだ演奏でした。最初の主題の部分はかなり小さな音でひそひそと小声でつぶやくよう。最初の方も変奏も弱音中心で無表情。それが少しずつ表情の変化が出てきて,音量もアップ。この設計が見事で,中間部の盛り上がりが大変華やかでダイナミックに響いていました。短調になる部分での独特のこだわりを感じさせるような歌があったかと思えば,軽やかなタッチで動き回ったり...一所に留りたがらない,色々な思いが溢れ出るようなモーツァルトの世界が広がっていました。最後の部分ではじっくりとした美しさのある雰囲気に落ち着き,堂々とした豊かなタッチで締めてくれました。

続いては,お馴染みのK.545のソナタ。この曲も,屈託なくプレーンで真っ白な感じで開始。重力の影響を受けていないような軽やかさがありました。第1楽章では,再現部で,定番のハ長調ではなく,意外性のあるト長調で第1主題が戻ってくるのが新鮮さのツボです。この部分を含め,途中転調する部分で,ふっと色が変わったような感じになったり,ちょっと冒険に出かけてきたという感じになったり...聴く方のイマジネーションを膨らませてくれるような演奏でした。味付けが濃すぎないので,ちょっとした変化でも味の変化がよく分かる,といった演奏だと思いました。

この曲では,楽章間のインターバルはなく,すっと次の楽章に入っていました。第2楽章もデリケートだけれども,衒いのない演奏でした。途中,奏法をノン・レガート風(グレン・グールドを思わせるような,ポツポツとした感じの弾き方)に切り替えたり,即興的な装飾音を加えたり,一瞬深〜い表情を見せたり...シンプルな曲から色々な表情を引き出していました。第3楽章はせっかちに焦るような雰囲気。どこかモーツァルトのオペラの中の登場人物を見るような生き生きした音楽になっていました。

前半最後は,ウィーン・ソナチネという曲集の1番が演奏されました。小規模ながら4つの楽章からなっている曲で,ここでも短い周期で表情が鮮やかに変化する面白さを味わうことができました。最初の部分はドーミーソーという感じで元気に始まり,どこか「ジュピター」交響曲のタネみたいなところがありました。小粋な気分の後,優雅でゆったりとしたアダージョになり,最後は小気味良いアレグロに変わって前半は終了しました。

後半の最初はピアノ・ソナタ第1番K.279で始まりました。くっきりとした気分で始まった後,ここでも転調時の浮遊感やフレーズが延々と続くワクワク感を味わうことができました。第2楽章では弱音がとても美しいと思いました。どんどん沈み込んでいくような深さも感じました。第3楽章は速いテンポでしたが,安定した感じがあり,余裕たっぷりの気分で終わっていました。

プログラムの最後に演奏されたK.330のソナタは,第1楽章冒頭から精巧にできた工芸品を見るような美しさ。玉を転がすようなデリケートさのある美しさに浸り,「ずっと続いて欲しい」と思いながら聴いていました。その一方,展開部でのしっとりとした感じには成熟した大人の音楽といった味わいがありました。

第2楽章からは,きちんと整った明るい部屋の中で淡々と毎日を生活する心地よさ...といった気分を感じました(個人の感想です)。中間部の翳りのある気分も印象的でした。第3楽章は,他の曲の終楽章同様に,慌てすぎない軽快さがありました。乱れるた感じがなく,ひたすら美しいなぁと思いました。楽章の最後は,演奏会全体に相応しく力強い音で締められました。

というようなわけで,どの曲でも自然かつ鮮やかな変化に富んだ演奏を楽しむことができたのですが,それは,天衣無縫という感じではなく,しっかりと全曲の構成を考えた上で,その枠の中で自由に羽ばたいているように感じました。古典派音楽の構成の美しさと,色合いが自然に変化していく美しさとが両立していたのが素晴らしいと思いました。

最後にアンコールで,ソナタ第5番(この曲のみト長調でした)の全曲を演奏するサービスがありましたが,これは次回の予告編でしょうか?藤田さんのキャラクターにぴったりのモーツァルトシリーズ,第2回は10月2日の予定。可能な限り聞きに行きたいと思います。

PSこの日の公演で唯一気になったのは,お客さんの中に小さく鼻歌(?)を歌っている風の人がいたことです。お客さんのほぼ全員がマスクをしているので,音源探しが難しく,なかなかやっかいなところです。

PS. 次に藤田さんが金沢に来られるのは,約1か月後。オーケストラ・アンサンブル金沢の定期公演(OEK)です。モーツァルトのピアノ協奏曲第20番をアビゲイル・ヤングさんのリードによるOEKと共演。こちらも大変楽しみです。


(2021/03/27)




公演のチラシ