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オーケストラ・アンサンブル金沢第441回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2021年4月23日(金) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) モーツァルト/ピアノ協奏曲第20番ニ短調, K.466(カデンツァ:藤田真央)
2) (アンコール)バッハJ.S.,/オルガン協奏曲 ニ短調, BWV 596〜シシリエンヌ(ヴィヴァルディ RV 565 の編曲)
3) モーツァルト/セレナード第4番ニ長調, K.203(189b)「コロレド卿」

●演奏
オーケストラ・アンサンブル金沢(リーダー:アビゲイル・ヤング)*1,3
藤田真央(ピアノ*1-2),アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン*3)



Review by 管理人hs  

4月23日の夜,アビゲイル・ヤングさんのリード,藤田真央さんのピアノによる,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演フィルハーモニー・シリーズを聴いてきました。当初,この公演には,OEKの首席客演指揮者,ユベール・スダーンさんが登場予定でしたが,コロナ禍のため来日できなくなり,指揮者なし(ヤングさんのリード)に変更となったものです。プログラムについては変更はなく,モーツァルトのピアノ協奏曲第20番とセレナード第4番「コロレド卿」が演奏されました。


スダーンさん指揮から,ヤングさんの弾き振りに変わった時点で,「ヤング&OEKは,「指揮者あり」の時とは一味違う演奏聞かせてくれるはず」という確信はあったのですが,その期待を遥かに上回る素晴らしい演奏を聞かせてくれました。過去,OEKはモーツァルトの作品を何回も何回も演奏してきましたが,その演奏史にしっかりと痕跡を刻むような充実した公演になりました。



前半は藤田真央さんのピアノとの共演で,モーツァルトのピアノ協奏曲第20番が演奏されました。ヤングさんの弾き振りの時は,「全員起立」で演奏することがあるのですが,まさか協奏曲の時もこのスタイルだとは思いませんでした。特に弦楽器については,立った方が腕を大きく動かすことができるので,座って演奏する時とはかなり音の印象が違うと感じました。曲全体を通じて,テンポ感は中庸でしたが,ヤング&OEKは力強い音からしなやかな音まで,音のニュアンスの変化が明確な演奏を聞かせてくれました。

第1楽章の序奏部は,「ぐっと来る」シンコペーションの連続で始まりました。彫りが深く,陰影の濃さを感じさせるような素晴らしい音楽でした。ベートーヴェンを思わせる剛毅さに加え,ふっとホールの空気が変わるような浮遊感を感じさせる部分もあり,表現の幅がとても広いと思いました。

藤田さんのピアノからは,OEKの強力な音に挑むというよりは,一緒になって音楽を作っていこうという連帯感のようなものを感じました。最初の一音をはじめ,シンプルな音であるほどその美しさが際立ち,飾り気のない透明な音がホール全体に染み渡るようでした。オーケストラと競い合うのではなく,音で会話をしているような,室内楽的な緻密さも随所で感じました。

その一方,藤田さん自身による各楽章のカデンツァでは鮮やかなテクニックを存分に披露し,藤田さんがしっかりと主役になっていました。第1楽章のカデンツァでは,キラキラした高音が印象的で,どこかロマンティックな気分がありました。このバランスが素晴らしいと思いました。

それにしても藤田さんのタッチのさりげなさ,柔らかさと音の純度の高さは素晴らしいと思いました。第2楽章の最初の部分など,大げさな感じのないシンプルなピアノの音を聴くだけで,どこか別世界に連れていかれたような感覚になりました。藤田さんのピアノに続いて,「合いの手」を入れるように出てくるOEKの弦楽器の音にも,共感があふれていました。

第2楽章の後,ほとんどインターバルなしで,第3楽章が始まりました。このコントラストが鮮やかでした。オーケストラのほの暗い迫力と静かに落ち着き払ったピアノとの対比,全楽器が一体となって流れ良く続く音楽,木管楽器とピアノとの対話...この曲ならではの魅力をしっかりと聞かせてくれました。華やかさとしっとりとした雰囲気とが交錯するカデンツァの後,コーダでは,加納さんのオーボエの音を起点に音楽は明転していきます。この部分での室内楽的な緻密を持ちながら,力強く締める音楽も見事だと思いました。

藤田さんとOEKのモーツァルト。個人的にはピアノ協奏曲第23番などもぴったりなのではと思いました。是非,続編を期待しています。

その後,藤田さんの独奏で,ヴィヴァルディの曲をバッハが編曲した,オルガン協奏曲 ニ短調, BWV 596のシシリエンヌがアンコールとして演奏されました。明るさの裏に悲しげな表情が隠れているような独特の雰囲気があり,弱音をベースとした詩的な気分が淡々と続く,とても魅力的な音楽を聞かせてくれました。

後半に演奏されたセレナード第4番K.203は ,モーツァルト18歳の時の作品。私自身,実演はおろか,CDでも聞いたことのない作品でしたが,まず,その曲の素晴らしさに感嘆しました。

全8楽章からなる大曲で,編成も交響曲を思わせるような,モーツァルトとしては大きめな編成。2〜4楽章はヴァイオリン協奏曲的,メヌエット楽章は合計3つ...といった独特の構成でしたが,どの楽章からもモーツアルトの才能があふれ出てくるような魅力があり,8つの楽章を全く退屈することなく楽しむことができました。モーツァルトの主要なオーケストラ作品はほとんど聞いていたつもりでしたが,こういう素晴らしい曲が「まだあった!」ことに感激をしています。知られざる名曲を発見した喜びがありました。

そしてこの演奏でも,「全員起立」のヤング&OEKの演奏が見事でした。前半と同じことが言えるのですが,この曲でもオーケストラの音の迫力,切れ味の良さが素晴らしいと思いました。

第1楽章冒頭,威厳のある美しさで始まった後,自然な勢いを持った音楽が伸び伸びと続きました。これはもしかしたら「指揮者がいない解放感かも?」などと思いながら聞いていました。ドラマティックで起伏に富んだ,堂々たる交響曲のような雰囲気で第1楽章が終わると,思わず「お見事!」と声を掛けたくなりました。

第2〜4楽章では,ヤングさんのパリっと引き締まったヴァイオリンの独奏が大活躍。交響曲と協奏曲が合わさったような贅沢さがありました。第2楽章はどちらかというとおっとりとした感じでしたが,ヤングさんの音には輝くような美しさと貫禄がありました。

第3楽章のメヌエットでは,特に「全員起立」の威力が発揮されていると思いました。舞曲に相応しい自然なゆらぎや柔らかさがありました。中間部ではヤングさんの切れの良い演奏が印象的でした。第4楽章でもヤングさんのスピード感たっぷりの心地良い演奏を楽しませてくれました。

第5楽章のメヌエットはフルートが活躍する落ち着いた楽章。トリオでは松木さんが雄弁な音楽を聞かせてくれました。弦楽器の首席奏者たちとの室内楽的な気分のある演奏も聞きものでした。第6楽章では,まず,第2ヴァイオリンが演奏する波打つような独特の音型の連続が「面白い」と思いました。その上で,加納さんのオーボエが染み渡るような美しさを持った音楽を聞かせてくれました。

第7楽章は3回目のメヌエット。このメヌエットには力強く輝くような充実した響きがありました。そしてこの楽章でも,トリオの部分でのオーボエやチェロによる哀愁に満ちた美しさと鮮やかなコントラストを作っていました。第8楽章には,次々と曲想が湧き上がってくるような,才気煥発といった感じのワクワク感とスピード感がありました。そこにユーモラスな味とダイナミックな音の変化も加わり,終曲に相応しい華やかさがありました。

というようなわけで,色々なタイプの音楽が8つの楽章の中にぎっしり詰め込まれたような,豪華さがありました。

OEKの皆さんは前半も後半も「立ちっぱなし」で大変だったと思いますが,体の動きがそのまま音の動きになったような自然さが素晴らしいと思いました。その音の動きはお客さんまでしっかりと伝わっており,終演後は盛大な拍手が続きました。モーツァルトのセレナード第4番は,大半のお客さんにとって,初めて聞く曲だったと思いますが,その「知られざる名曲」で熱く盛り上がれたことが嬉しかったですね。ヤング&OEKの恐るべき底力を実感させてくれるような公演でした。

今回の演奏を聴きながら,OEKを指揮する指揮者には大きなプレッシャーがかかるだろうなぁと感じました。それだけすべての面で充実した演奏でした。スダーンさんには,セレナード第4番を選曲してくれたことに感謝したいと思います。そして,いつの日か,どういう解釈で聞かせてくれるのか,スダーンさん自身の指揮でも聞いてみたいと思いました。

PS. 音楽堂の前には音楽祭の看板も登場していました。無事に開催できることを願っています。


(2021/04/28)








この日の演奏は,NHK-FMで放送予定