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岡本潤コントラバスリサイタル 金沢公演
2021年6月13日(日)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) マレ/人の声
2) ラフ/カヴァティーナ
3) グラズノフ/吟遊詩人の詩
4) ピアソラ/タンティ・アンニ・プリマ(アヴェ・マリア)
5) ブルッフ/コル・ニドライ
6) デザンクロ/アリアとロンド
7) ラフマニノフ/交響曲第2番〜第3楽章のテーマ
8) ラフマニノフ/チェロ・ソナタ(コントラバス版)
9) ラフマニノフ/ヴォカリーズ
10) (アンコール)ボッテジーニ/エレジー

●演奏
岡本潤(コントラバス),中山瞳(ピアノ*2-10)



Review by 管理人hs  

久しぶりに石川県立音楽堂コンサートホールに出かけ,金沢出身のコントラバス奏者,岡本潤さんのコントラバスリサイタルを聞いてきました(私自身,演奏会に出かけるのは,5月5日のガル祭の最終日以来のことでした。)。

岡本さんは,石川県ジュニアオーケストラの出身で,その後,北陸新人登竜門コンサートでオーケストラ・アンサンブル金沢と共演,さらにはNHK交響楽団の次席コントラバス奏者に就任するなど,出世魚のように活躍の場を広げている若手奏者です。リサイタルは今回が4回目の開催となります。

リサイタルの行われた6月13日現在,石川県は石川緊急事態宣言が解除される直前で,まだまだ十分が警戒が必要な状況ということで,使っていたのは1階席のみ。座席は1つおきの「千鳥格子」状。それでもお客さんはしっかりと入っていました。


演奏された曲は,岡本さんのトークに出てきたとおり,「石川県のお客さんに少しでもゆったりとした気分になって欲しい」という観点で選ばれた曲が中心でした。コントラバス用のオリジナル作品はもともと少ないので,もともとは他楽器のために書かれた曲も多かったのですが,何よりもよく響くコントラバスの低音を石川県立音楽堂コンサートホールの1階席で聞くというのが心地良く(音が床からも伝わってくる感じ),1ヶ月半ぶりに生演奏の良さに浸ることができました。

最初に演奏された,マラン・マレの「人の声」は,もともとヴィオラ・ダ・ガンバのために書かれた曲をコントラバス(この曲だけピアノ伴奏なし)で演奏したもので,予想以上に優しい響きを聞いて「ぴったりかも」と思いました。ゆったりとした「人間の呼吸」を感じさせるような曲で,古い時代の音に暖かく包まれるようでした。

岡本さんは,「コントラバスはヴァイオリンとは違うヴィオール族の楽器。ヴィオラ・ダ・ガンバと同族。この曲はYouTubeでたまたま見つけた曲」と語っていましたが(この日は岡本さんの曲目解説のトークを交えての進行でした),「ヴィオラ・ダ・ガンバの曲をコントラバスで演奏しよう」路線には今後も期待しています。

その後,ラフの「カヴァティーナ」,グラズノフの「吟遊詩人の詩」,ブルッフの「コル・ニドライ」など,ヴァイオリンやチェロなどで聞くことの多い曲が演奏されました。どの曲も心地良かったですね。コントラバスの深い音がホールにしっかりと響いていました。岡本さんの音には,深みはあるけれども重苦しくなりすぎることはなく,どの曲もスムーズに楽しめました。

「コル・ニドライ」については,「石川県立音楽堂コンサートホールで演奏するのは2回目」とのことでした。調べてみると,ヴィオラの西悠紀子さんが出演された,2015年の北陸新人登竜門コンサートに岡本さんもゲスト出演しており(合格者が1名だけだったので,過去の合格者も出演した回でした),この曲をOEKと共演していました。そういうこともあったかなと何となく記憶が蘇ってきました。

岡本さんの,”熱さ”を秘めたようなコントラバスの音と,後半光が差し込んでくるようにほのかに明るくなる感じが感動的な曲でした。中山瞳さんの透き通るようなピアノの音は,オーケストラ伴奏の時とはまた別の魅力があると感じました。

ピアソラの「タンティ・アンニ・プリマ(アヴェ・マリア)」は,初めて聞く曲でしたが,「ピアソラにこんなに素直な感じの曲があったのか」と思わせるようなとても聞きやすく,瞑想的な気分にさせてくれる美しい作品でした。

前半最後の,デザンクロの「アリアとロンド」は,ゆったりとした部分と急速な部分のコントラストが楽しめる曲で,特に後半部分,ジャズのベースを思わせるような弓なしで演奏する部分のノリの良さが楽しいと思いました。途中,カデンツァ風の部分があったり,多彩な響きが出てきたり,コントラバスの魅力を十全に感じさせる曲でした。

岡本さんのコントラバスの音には,どの曲についても密度の高さがあり,「チェロの音域のほとんどをカバーしてしまうのでは?」と思わせる高音からズシッとした重みを感じさせる低音まで,バランス良く安定した音を聞かせてくれました。大型の楽器のぎこちなさを全く感じさせないのが素晴らしい思いました。

後半は,ラフマニノフの曲ばかりが演奏されました。そのイントロのような感じで,交響曲第2番の第3楽章の名旋律の一部が演奏されました。絞り出すような高音が,熱さと切なさを伝えてくれるようでした。

その後,チェロ・ソナタをコントラバス用に編曲した版(調性を少し下げて演奏)が演奏されました。この日,いちばんの大曲で全体で40分近く掛かっていたと思います。

この曲については,2月にルドヴィート・カンタさんのチェロで聞いたばかりでしたが,コントラバスで聞くと,曲がさらに巨大になったように感じました。岡本さんのコントラバスの音は,とても緻密で充実感があり,曲全体として引き締まった感じがしました。その上で,ラフマニノフならではの情感のゆらぎやチェロにはない重低音がグッと出てくる場面があったりして,表現が非常に多彩でした。ラフマニノフならではの鬱々とした響きと第2楽章に出てくるような,速いパッセージでのダイナミックで若々しい響きの対比も良いなぁと思いました

そして,中山瞳さんのピアノも美しかったですね。第3楽章の最初の部分など,随所にラフマニノフらしい部分が出てくるのですが,響きに透明感があり,ちょっと苦み走った感じのコントラバスをなぐさめるような女神的な雰囲気があると感じました。

第3楽章で「鬱な気分」を脱した後,第4楽章ではさらに開放感が出てくるようでした。岡本さんは,「ラフマニノフは,うつ状態を乗り越えた後にこの曲を書いた。現在のコロナ禍の状況と重なるかも」と語っていましたが,まさにそういう,ストーリーを感じさせてくれました。第4楽章のコーダの部分は,気分が一旦落ち着いた後,力を振り絞って「おしまい」という感じでした。チェロとは一味違った魅力を感じさせてくれる,素晴らしい演奏だったと思います。

最後にお馴染みの「ヴォカリーズ」が演奏されました。ここでは,チェロを思わせるような凜としたカンタービレが聞きものでした。この曲が既にアンコール的でしたが,最後にもう1曲,ボッテジーニのエレジーという曲が演奏されました。岡本さんがリサイタルの最後に必ず演奏している曲とのことです。大曲を演奏し,一仕事終えた後の澄み切った境地が漂う感じの演奏でした。

今後,ワクチン接種が進めば,いくらか状況は変わってくるのかもしれませんが,当面,まだコロナ禍は続きます。今回のリサイタルでは,特にラフマニノフのソナタに,コロナ禍の状況と重なり合うから抜け出すような気分があり特に浸みました。これだけ長引くと思わなかかったコロナ禍。時々は生の音楽を聞いて,気分転換をしながら,一日一日,地道に生きていくしかないなぁ,という思いにさせてくれるような演奏会でした。

(2021/06/20)