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オーケストラ・アンサンブル金沢第443回定期公演マイスター・シリーズ
;ミンコフスキ&OEKベートーヴェン全交響曲演奏会(第1番,第3番)
2021年7月10日(土)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

ベートーヴェン/交響曲第1番ハ長調, op.21
ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調, op.55「英雄」

●演奏
マルク・ミンコフスキ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)



Review by 管理人hs  

ミンコフスキがベートーヴェンとともに金沢に帰ってきました。
そして,コロナ禍の影響で予定が大幅に狂っていたオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)との「ベートーヴェン交響曲全集」のチクルスが仕切り直しで再始動しました。



考えてみれば最後にミンコフスキさんを金沢で見たのは...2019年10月。記憶がかなり薄れつつあるのですが,千曲川が氾濫して北陸新幹線の車両が水に浸かってしまった,「あの時」以来になります。

チクルスの1回目は,交響曲第1番と第3番「英雄」。シリーズのスタートに相応しい曲目でした。第1番の第1楽章の序奏部の最初の一音は,暖かみと豊かさを感じさせる音。そしてどこをとってもクリア。ミンコフスキさんは,ビデオメッセージの中で,コンサートマスターのアビゲイル・ヤングさんのことを「総理大臣」にたとえていましたが(ミンコフスキさん自身は「大統領」),緻密な音楽を作り上げるヤングさんとOEKへの強い信頼とミンコフスキさんの暖かみのあるキャラクターとが見事に合体したような音だと思いました。



第1番は,基本的に「大げさなこと」「変わったこと」はしない,堂々たるベートーヴェンでしたが,要所要所にミンコフスキさんのこだわりがあり,「おっ」と思わせるような瞬間が沢山ありました。

この日は木管楽器にエキストラの方が多かったのですが,交響曲第1番の時は「トップ奏者」を担当していました。第1楽章の冒頭から豊かな音楽広がりました。ミンコフスキさんは,時々片腕を高〜く差し上げるのですが(個人的にはウルトラマンに変身する動作に見えます(古いか)),その動作に合わせて,音楽が巨大に盛り上がる瞬間があります。そのライブならではの高揚感は何物にも変えられないものです。ミンコフスキさんは,ビデオメッセージの中で交響曲第1番にもついても「巨大な交響曲」と語っていましたが,1曲目からとても聴きごたえのある音楽でした。

第1楽章がどっしりと締められた後,第2楽章は比較的速めのテンポでクリアな音が連鎖していました。呈示部の繰り返しについては,第1楽章は繰り返しを行っていましたが,第2楽章は行っていませんでした。チクルスの他の曲でも,繰り返しを行っていたり,いなかったりで,「各曲に応じた判断」をしているようでした。

中間部になると不穏な空気に暗転。この日のティンパニは菅原淳さんで,バロックティンパニを使っていましたが,その乾いた音を聞いて,「フランス革命前(「英雄」の前なので)の雰囲気か?」と思いました。

第3楽章は自然なテンポ感でくっきりと演奏された,ダイナミックなメヌエットという名のスケルツォ。この楽章の中間部の木管合奏が続く部分が大好きなのですが,ニュアンス豊かな音楽が続き,幸せな気分にさせてくれました。

第4楽章は落ち着きのある雰囲気の序奏で始まった後,ワクワクする気分が大きく広がって生きました。主部に入ってからは,次々と主役が交替してくような楽しさとスリリングな音楽。その気分のまま,ビシッと締められました。



後半の「英雄」はさらに巨大な音楽になっていました。今回のOEKの編成は,第1ヴァイオリンは通常どおりでしたが,第2ヴァイオリン,ヴィオラが2名ずつ,チェロ,コントラバスは1名ずつ増員していました(コントラバスは1番の時は2名で「英雄」は3名だったと思います)。今回の2曲に限らず,チクルス全体を通じて,弦楽器が対位法的に絡み合うような部分での聴きごたえが増していました。

そして特徴的だったのは,コントラバスの位置でした。ステージ正面のいちばん後ろ(指揮者の真正面)に3人が並んでいました。「英雄」第2楽章の最初の部分など,低音がグインと迫ってくる感じで効果満点でした。



第1楽章は大変軽やかに開始。「英雄」が颯爽と活躍しているような気分。ミンコフスキさんは,「コロナ禍中,乗馬の練習をしていた」とビデオで語っていましたが,そういうイメージでしょうか。基本的な流れが良い分,時々出てくる変則的なリズムやこだわりのニュアンスの変化が生きていました。呈示部の繰り返しは行っていました。

展開部になると色々な音が聞こえてきたり(ホルンが「何か」やっていたのですが...文字で書くことができません),深い溜めを作ったり,大きなクライマックスを作ったり...音のドラマを見るようでした。その後も,色々な楽器が有機的に絡みあう立体的な躍動感がありました。

ちなみにコーダの部分のトランペットは,オリジナルの楽譜どおり,途中でメロディが消え,リズムだけになるような感じ。最近はこういう形が多いのですが,リズムに躍動感があり,物足りなさはありませんでした。

続く第2楽章は上述のコントラバスの音に続いて,大変じっくりと聞かせる深い音楽。この日の演奏の白眉でした。第1楽章とのコントラストが鮮明で,どこかオペラを思わせるようなドラマを感じました。この楽章はオーボエが「肝」ですが,加納さんのオーボエには美しさと虚無感が合体したような気分があり,オペラの主役を思わせる鮮やかさがありました。第1楽章で大活躍していたヒーローの死を悼むという感じでしょうか。チェロパートのハッとさせるような美しさも印象的でした。

楽章中間部は少し明転し,テンポも少しアップ。在りし日の「英雄」を振り返るようなクライマックスに。楽章後半では,上述のとおり弦楽パートの絡み合いが素晴らしく(この日のヴィオラパートにはダニール・グリシンさんに加え,川本嘉子さんも参加しており超強力),荘厳が宗教音楽を思わせる気分がありました。木管楽器の澄んだ音が厳粛をさらに強調していました。

第3楽章もキビキビとした主部と野性味溢れる中間部の対比が楽しめました。コントラバスのリズムの刻みを聞くだけでワクワクさせてくれました。ミンコフスキさんの指揮の動作に合わせて,音楽が野生化し巨大化するのも見ていて楽しかったですね。

第3楽章後,ミンコフスキさんは指揮棒を下ろさず,しばらく待った後,第4楽章が開始。ここでも各パートの緻密でありながら,生き生きした音楽の連続。変奏が進むにつれて熱気が増していき,音楽の表現の深みが増していくようでした。松木さんの鮮やかなフルート,チェロパート(だと思います)のニュアンスの豊かさなど,OEKの各パートがしっかりと活躍していました。中でも印象的なったのはクラリネット。存在感を主張するように,マーラーの交響曲のような感じでベルアップしていました。ベートーヴェンが聞いても,「これで良い」と認めてくれるのでは,と思いました。

ホルンが堂々としたフレーズを歌い上げ,低弦がしっかりとしたリズムの歩みを聞かせ,音楽が大きく盛り上がった後のコーダの部分は非常に軽快な雰囲気に。ちょっとしたお祭り気分。颯爽と締めてくれました。

全曲を通じて,ミンコフスキさんの音楽には,常に「音楽する喜び」が滲んでいると思いました。そして「今ここ」で音楽が生まれたような即興性もあります。ヤング&OEKによる万全の演奏の上にインスピレーションを加え,聴衆だけではなく,奏者側にも喜びを与えるような演奏になっていたと思いました。

演奏後,ミンコフスキさんとヤングさんが「ひじで握手」する光景を見ながら,「ようやく日常が戻りつつあるなぁ」と未来への希望を持ちました。オーケストラのメンバーが引っ込んだ後も拍手が続いていたので,最後にミンコフスキさんが再登場して,一言感謝の言葉。来週のベートーヴェンチクルス2回目,3回目もしっかりと聴きに行きたいと思います。



(2021/07/18)