OEKfan > 演奏会レビュー


オーケストラ・アンサンブル金沢特別公演
ミンコフスキ&OEKベートーヴェン全交響曲演奏会(6番&5番)
2021年7月15日(木)18:30〜 石川県立音楽堂コンサートホール

ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調, op.68「田園」
ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調, op.67

●演奏
マルク・ミンコフスキ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)



Review by 管理人hs  

マルク・ミンコフスキ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)によるベートーヴェン・チクルス3回目は,6番「田園」と5番という超有名曲2曲。OEKが何回も演奏してきた曲ですが,改めてミンコフスキさんのアーティストとしての素晴らしさを実感できる,素晴らしい公演となりました。少々大げさかもしれませんが,あれこれ活動が制限されているコロナ禍の中,生きていて良かったと思わせるような実感と感動を味わうことができました。両曲へのアプローチは正反対のようなところもありましたが,ミンコフスキさんの曲に対する真摯で自由な姿勢がとても新鮮な演奏につながっていた点が共通していると思いました。



前半に演奏された第6番「田園」は,一昨日の2番と8番の狂気さえ感じさせる演奏とは正反対の落ち着いたテンポ設定。しかし,そこに溢れる音楽は大変瑞々しく,「こんな音,聞いたことがない?」と思わせるようなフレーズが随所に出てくるような面白さがありました。

第1楽章の冒頭は自然な息遣いでスタート。この日も,第2ヴァイオリン〜コントラバスの人数を増員していたこともあり,この部分でも,低弦・内声の響きが大変豊かで,平和な田園風景が見えるようでした。加納さんのオーボエも爽やかな空気感と伝えてくれました。楽章の終結部では大きく盛り上がり,テンポをじっくり落として終了

続く第2楽章は全曲中,特に素晴らしかったと思います。楽章の冒頭からデリケートで,大切なものを丁寧に扱うような柔らかさのある演奏。ホルンなどが「パーンパーンパーン」といった感じの「あまり聞き慣れない」音型をクローズアップしており,牧歌的な気分もありました。

ミンコフスキさんは演奏前のインタビュー動画で「「田園」はとても複雑な曲」と語っていましたが,色々な楽器が次々と浮き上がってきたり,主旋律以外の伴奏的な音型がくっきりと繰り返されたり,なるほどその通りと思いました。ブルックナーの交響曲など通じる要素があるのでは,と思ったりしました。

そして至るところで,深い情感が込められていました。中間部でのフルートとオーボエの絡み合いの美しさ,楽章最後の鳥の鳴き声の部分での表情豊かさ...聴きごたえ十分でした。

後半の楽章もそれぞれに生きた音楽を聞かせてくれました。第3楽章はとても率直な演奏で,オーボエやファゴットのいきいきしたソロに続いて,ダイナミックな田園風のダンスを聞かせてくれました。ミンコフスキさんの指揮の動作自体にも野趣あふれる雰囲気がありました。楽章の最初の部分の繰り返しを行っていましたが,2回目はさらに即興的でノリの良い雰囲気があり,村祭りが盛り上がっていくような気分がありました。

第4楽章では,コントラバスの活躍が特に顕著でした。リズムの切れと迫力が素晴らしく,天候が一気に悪化していくムードたっぷりでした。ティンパニの風格,トランペットの鋭さ...ミンコフスキさんは「田園」というと,大昔のディズニー映画「ファンタジア」を思い出すと動画で語っていましたが,見事な描写音楽になっていました。

そして最後の第5楽章。この楽章が実に感動的でした。楽章の最初,クラリネットやホルンに続いて,第1ヴァイオリンが瑞々しく歌い始めるのですが,この鮮烈さがまず感動的でした。そして,楽章の後半に向かうにつれて,音楽に込められた感動がじわじわと盛り上がっていきました。特にヴィオラと第1ヴァイオリンが応答し合いながら大きく盛り上がる部分の,ゆったりとした盛り上がりが素晴らしいと思いました。

終結部ではぐっとテンポを落とし,これまでの道のりを振り返るような深い思いが溢れ出るようでした。最後はそれを振り切って,決然と終了。この部分はとても爽快でした。

後半の第5番は,お客さんの拍手が鳴りやむか止まないうちにスパッとスタート。何か,「いきなり音楽に巻き込まれてしまった!」という感じででした。前のめりの勢いがあると同時に,細かい音型でのキレの良さ。ヤングさんとOEKならではの凄さを味わえる演奏でした。そして,第2主題最初のホルンの信号音での思い切りの良い力強さ,オーボエのカデンツァ風の部分での音楽を一転させるようじっくりとしたテンポ感,それぞれに効果的でした。こういう部分があるからこそ,溢れ出るようなノンストップ感がさらに生きていたと思いました。

第2楽章では,しっかりとした呼吸の深さと美しさを感じました。特にコントラバスの「ズン」という深い低音が見事でした。この低音を出す時,ミンコフスキさんは指揮棒をものすごく低く下げていましたが,そのイメージどおりの音が出てきて,「すごい」と思いました。

第3楽章も思い切りの良さのある演奏でした。コントラバスでさり気なく,しっかりとスタートした後,ホルンの強烈な響きに。コントラバスパートからスタートする,猛スピードのフガートの部分も目が覚めるような迫力でした。第4楽章へ続く弱音のブリッジの部分では,ここでもヴィオラが独特の軋むような音を出しており,大変不気味でした。

第4楽章は,正々堂々と王道を行くような,大変率直な気分でスタート。両手を大きく広げる,ミンコフスキさんの指揮の動作が印象敵意でした。この楽章ではコントラファゴットが加わりますが,おなじみの柳浦さんがしっかりと存在感のある音を聞かせていました。

その後は音楽の流れに乗って,テンポが速くなったり,即興的な気分もありました。呈示部の繰り返しを行っていましたが,2回目では,さらに輝きと勢いのある音楽になっており,繰り返しを行う必然性のを感じました。展開部になると,この楽章で満を持して加わるトロンボーンやトランペットなどの金管楽器の音も爽快な音を聞かせてくれました。

コーダの部分は,高速,かつ,前のめりのテンポで,どんどんアッチェレランドしていく感じ。深刻さを振り切って,音楽できる喜びが爆発しているような祝祭感のあるフィナーレでした。この部分を聞きながら,ベートーヴェン・チクルス最終回の第9のフィナーレを予告する感じかも,と期待を膨らませてしまいました。

というわけで,チクルス3回目の演奏も,ミンコフスキ&OEKは,集中力十分,乗りに乗った会心の演奏。どこを取っても生き生きとした音楽の連続でした。長い長いインターバルを置いた結果,OEKとの結束がさらに強まり,芸術監督のミンコフスキさんの真価が存分に発揮された,個性的かつ説得力十分の見事なベートーヴェンでした。大げさかもしれませんが,生きていて良かった,と思わせるような会心の演奏の連続。コロナ禍の記憶と同時に,蘇ってくるようなOEK演奏史に残るような演奏だったと感じました。

(2021/07/22)