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オーケストラ・アンサンブル金沢第444回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2021年07月23日(金)19:00〜 石川県立音楽堂 コンサートホール

1) シューベルト/交響曲第4番ハ短調, D 417「悲劇的」
2) プロコフィエフ/ヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調, op.19
3) ハイドン/交響曲第102番変ロ長調, Hob.I-102

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング),神尾真由子(ヴァイオリン*2)



Review by 管理人hs  

2021年7月23日,東京オリンピック2020の開会式と同時間帯に行われた,2020/21シーズン最後のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演を聞いてきました。指揮は前音楽監督の井上道義さん,ヴァイオリン独奏は神尾真由子さんでした。



このお二人は,コロナ禍の影響で来日できなくなったロベルト・ゴンザレス=モンハスさんの「代役」としての登場で,それと連動して,プログラムも全面的に変更になりました。その新たなプログラムが,シューベルトの交響曲第4番「悲劇的」,プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番,ハイドンの交響曲第102番というかなり地味なものでした。一般的知名度の低い曲ばかりだったのですが,まず,このプログラミングが大変魅力的でした。OEKにぴったりの曲ばかりを並べた,聴きごたえのある演奏の連続。前音楽監督としての自信とチャレンジ精神に溢れた,「さすが井上道義さん!」という選曲であり,演奏でした。

シューベルトとハイドンの交響曲はどちらも大変堂々とした演奏でした。考えてみると,私自身,井上道義さんが交響曲を指揮するのを聴くのは...2018年3月の「OEK音楽監督としての最後の定期公演」以来のこと。まさに巨匠の風格と余裕を感じさせる見事な指揮ぶりでした。井上さんにとっては失礼な言葉に当たるのかもしれませんが,「円熟味」のようなものを感じました。もちろん,井上さんらしい,ユーモアやアイデアも随所に盛り込まれていましたが,両曲とも第1楽章冒頭の序奏部から,非常に構えが大きく,ずしっと耳に迫ってくる音楽を聞かせてくれました。

最初に演奏されたシューベルトの交響曲第4番は,OEKが演奏するのは本当に久しぶりです。少なくとも石川県立音楽堂で演奏されるのは初めてだと思いますが,演奏会の最後に演奏しても満足できるような聴きごたえがありました。

第1楽章の序奏部冒頭は,シューベルトには非常に珍しく,ハ短調で開始。凄いドラマを感じました。井上さん指揮OEKの音には,ビシッと引き締まったクールさの中に「ドラマの芽」をはらんだ「声なき叫び」のような詰まっているようでした。主部に入ってからもじっくりとしたテンポ感で,くっきりと陰影豊かな音楽になっていました。

第2主題のしなやかさとの対比も鮮やかでした。ヒタヒタと何かが迫ってくるようなシンコペーションの連続には,モーツァルトの40番に通じるような気分もありました。呈示部の繰り返しは行っていませんでしたが,「これで十分」という充実感がありました。第1楽章は,その後も大柄で威厳を感じさせる音楽となっていました。

第2楽章もじっくりとしたテンポによる,暖かな思いの詰まった音楽になっていました。ブルーノ・ワルターなどの往年の大巨匠の演奏を思わせるような,滋味深さを感じさせる演奏でした。ただし,全曲を通じて第1楽章と共通する「痛切さのある短調」への指向もあり,2つの情感が美しく交錯していました。終結部,2本のフルートが絡み合う感じがとても美しく,印象的でした。

第3楽章はどこか不穏で不思議な動きのあるメヌエット(というよりはスケルツォ)。トリオでの,美しいものを愛でるような気分が良いなぁと思いました。

第4楽章は再び不安感と切迫感のある音楽。瑞々しいメロディが次々と沸き上がってきて,各楽器が会話をするような雄弁さがありました。最後は一気に明るくなるのですが,そのダイナミックな明快さには有無を言わせぬ説得力がありました。充実感と貫禄に溢れた音で前半が締めくくられました。



後半最初に演奏された,神尾真由子さんの独奏によるプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番。この演奏もまた見事でした。OEKは,プロコフィエフの2番はかなり頻繁に演奏しています,私自身,第1番を実演で聴くのは初めてでした。そして...名曲の名演奏だと思いました。曲の最初のヴィオラのトレモロの部分など,CDだとよく分からないのですが,実演で聴くととてもリアルで一気に曲の魅力に引き込まれました。

神尾さんのヴァイオリンには,その名のとおり”神”がかりの”神”技といって良い雰囲気がありました。神尾さんは以前からこの曲を得意にしているとのことですが,両端楽章での夢幻的でポエティックな気分,急速な第2楽章でのゾクゾクさせるスリリングな魅力。井上さんの共感度抜群のバックアップの上で,多彩な表情を表現し尽くしているようでした。これまで,井上さんと神尾さんのコンビで色々な協奏曲を聞いてきましたが,その中でも「最高」の演奏だったのでは,と思いました。

神尾さんのヴァイオリンの音は,しっかりとヴィブラートの効いたクリーミーさに特徴があると思うのですが,その魅力が第1楽章の入りの部分から溢れていました。どこか妖艶な気分もありました。音楽は非常に変化に富んでおり,そそる音,刺さる音,鬼気迫る音,語りかける音...が次々に出てくるヴァイオリンの演奏技法とともに浮き上がってきました。激しさのある音楽も素晴らしかったのですが,ハープやフルートと一体になって幻想的な気分を作り出した第1楽章終結部が特に素晴らしいと思いました。

第2楽章はプロコフィエフらしさ満点のスピード感溢れる音楽。井上さんはショスタコーヴィチの権威ですが,くっきりとしたリズム感,テンションの高い音楽からは,それに通じるものを感じました。中間部でのグロテスクな感じの音楽も印象的でした。この曲には,珍しくテューバも加わっていましたが(トロンボーンはなしでした),その音がしっかりと効いており,軽さと重さが合わさった独特の面白さを感じました。

第3楽章はまず,金田さんの演奏するファゴットが主役のように登場(「ピーターとおおかみ」のおじいさんなどを思い出してしまいました)。その後は,この楽章でも神尾さんのヴァイオリンの多彩な技を堪能できました。第1楽章の気分に通じる,夢の中の世界に入っていくような,マジックに掛けられたような気分が絶妙でした。静かな部分でも,「主役の音」になっている神尾さんの音を聞きながら,この神尾+井上+OEKでCD録音を是非残しておいて欲しいなと思いました。

演奏会の最後は,ハイドンの交響曲第102番でした。1曲目のシューベルトの時は,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右に分ける対向配置でしたが,この曲では下手側から第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロと並ぶ配置になっていました。この曲では首席チェロが活躍する部分があったのですが(この日はお馴染みルドヴィート・カンタさんが首席でした),これをフィーチャーしたかったのかなと思いました。ちなみに,ティンパニはシューベルトとハイドンについては,バロックティンパニを使っていました。

この曲は,井上さんとOEKによるCD録音が既にある「お得意の曲」です。シューベルトの4番の時同様,序奏部からじっくりとしたスタート。考えてみると,この日のプログラム全体がプロコフィエフの第2楽章スケルツォを中心としたシンメトリカルな構成になっていました。意味深な気分を受けての主部は実に堂々としていました。井上さんの「ハイドン好き」が分かるような,「音を愛でる」ような演奏でした,この曲でも呈示部の繰り返しも行っておらず,あえて「古いスタイル(しかし,思う存分やりたいことをやった)」を取っている気もしました。展開部でのじっくりと緊迫感が高まる感じ,ティンパニが一気に強打に盛り上がっていく感じが「良いなぁ」と思いました。楽章の最後での松木さんの冴えた音のフルートはいつものことながら素晴らしいと思いました。

第2楽章はのんびりとした美しさで開始。カンタさんのチェロが活躍していました。対照的に警告を発するようなトランペットが出てきたり,大きな間を取って濃い表現を聞かせたり,井上さんならではの表情の豊かさがありました。

第3楽章は余裕と重量感のあるダンス。ここでも中間部での慈しむような情感が良いなぁと思いました。そして第4楽章。スピード感はあるのに,どこか微笑みや幸福感をまとった余裕を感じました。元々,次々と新しいアイデアが沸き上がってくるような音楽ですが,その魅力を存分に伝えてくれました。時折爆発的に盛り上がったり,若々しい気分もありましたが,終結部での緩急自在の「名人芸」としか言いようのない,リラックスした楽しさが最高でした。OEKとの絶妙の呼吸を聞かせてくれた素晴らしいハイドンでした。


ミンコフスキさんの時同様,当日の指揮者による事前収録済のインタビュー動画を開演前に流していました

井上さん自身,事前のインタビュー動画の中で「オタッキー」と呼んでいたプログラムでしたが,OEKの定番のレパートリーに新たなレパートリーを追加した,素晴らしい内容でした。会場のお客さんからも盛大な拍手が続き,大いに盛り上がりました。「巨匠・井上道義」と「神尾真由子の神技」による誰もが満足できる公演でした。


この日は4連休の2日目JR金沢駅もてなしドーム周辺はかなりの人出。翌週,再びコロナ感染者数が急増してしまいました。

(2021/07/31)