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オーケストラ・キャラバンKANAZAWA 日本フィルハーモニー交響楽団
2021年8月24日(火)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲ニ長調, op.35
2) (アンコール)バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調, BWV.1004〜サラバンド
3) チャイコフスキー/交響曲第5番ホ短調, op.64
4) (アンコール)グリーグ/2つの悲しい旋律, op.34〜過ぎた春

梅田俊明指揮日本フィルハーモニー交響楽団*1,3-4
川久保賜紀(ヴァイオリン*2-3)



Review by 管理人hs  

オーケストラ・キャラバン金沢公演3日目,しっかり3回制覇しました。


今回のプログラムは,結構立派なものでした。

最終日には,梅田俊明指揮日本フィルが登場しました。プログラムはチャイコフスキーが2曲。川久保賜紀さんのとの共演によるヴァイオリン協奏曲と交響曲5番という,定番曲2曲が演奏されました。コロナ禍の中,全国のオーケストラが苦境にある中,チャイコフスキーの音楽の持つエネルギーと魅力を改めて実感できました。チャイコフスキーの音楽も不滅なら,オーケストラによる実演の楽しさも不滅ですね。



前半に演奏された,川久保賜紀さんとの共演によるヴァイオリン協奏曲では,何といっても川久保さんのヴァイオリンの「すごさ」に圧倒されました。この曲を実演で聴くと,ロマンティックな甘さに酔ったり,バリバリ演奏する技巧に感嘆したり,勢いに乗って盛り上がる音楽に熱くなったり...と聴き手の情感に訴えてくることが多いのですが,今回の川久保さんの演奏を聞いて,この曲の持つ根源的な迫力,底知れぬ迫力を実感できた気がしました。

川久保さんのヴァイオリンは,第1楽章の「入り」の部分から非常に冷静。曲の設計図をしっかりと把握した上で,怜悧な刃物で曲をじっくりと切り取って見せるような凄さを感じました。甘さに酔う感じがなく,抑制された表現の中からチャイコフスキーの音楽の詩情が漂ってくる―そんな感じでした。もちろん技巧も鮮やかなのですが,急速なテンポでも平然と演奏するので,技巧を技巧的と感じさせない格好良さがありました。この曲については,情感たっぷりな演奏も魅力的ですが(昨年の神尾真由子さんの演奏を思い出します),川久保さんの演奏からは,そこを突き抜けた孤高の世界のようなものを感じました。

梅田さん指揮日本フィルのバックアップも川久保さんのヴァイオリンの気分にぴったり寄り添っており,この曲から新鮮な魅力を引き出していたと思いました。

第2楽章には静かな諦観のような気分を感じました。熱く歌い上げる感じはないのが独特で,木管楽器と独奏ヴァイオリンとの対話からは,独特の深さを感じました。

第3楽章は,堂々と始まった後,川久保さんは,ここでも独特のじっくりとした語り口を聞かせてくれました。その後,テンポが一気に加速しますが,常にクール。それでいて野性味もありました。曲の終結部近くの重音奏法になる部分なども平然と聞かせてくれ,熱くなることなくバシッと決めてくれました。さすが川久保さんというチャイコフスキーだと思いました。

アンコールでは,バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番の「サラバンド」が演奏されました。抑制された気分,リラックスした気分と緊張感とが絶妙のバランスを持った,これもまた川久保さんならではの演奏だったと思いました。

後半の交響曲第5番は,アマチュアからプロまで,各種オーケストラの演奏会でもっとも頻繁に演奏されている曲の1つです。恐らく,梅田さんも日本フィルの皆さんも,何回も何回も演奏してきた曲だと思います。今回の演奏からも,すべてが行き届いた熟練の味のようなものを感じました。第1楽章冒頭のクラリネットの演奏から始まり,全曲を通じてオーケストラのメンバーを信頼した自然な音楽の流れがあり,各楽器が気持ちよく鳴っていました。改めて,実演でこの曲を楽しくことのできる幸せをかみしめました。

この曲では,1楽章冒頭から4楽章のコーダまで「運命のテーマ」とでもいうべき主題が何回も出てきますが,特にトランペット+トロンボーンを中心とした金管楽器による気持ちよい吹きっぷりが印象的でした。音のバランスがしっかり整っていている上に強靭。「こうで無くては」と思わせる迫力でした。

甘く陶酔的なメロディでも停滞することはなく,前に進む勢いを感じました。そして,OEKへの客演でも見覚えのあるティンパニのエリック・パケラさん。この方の大きな動作による要所要所での強打もインパクトがありました。見ていると,結構,腕を横に動かす動きも大きかったので,「指揮者がもう一人いるのかな」と思わせるほど目立っていました。

第2楽章は,深く暗い雰囲気で始まった後,じわじわと明るくなり,ホルンのソロへ。この部分でも「あとはホルンに任せたぞ」という信頼感を感じました。それに応える,のびのびとした演奏でした。この楽章にも色々な気分が詰まっているのですが,色々な情景が次々と変化していく今回の演奏を聴きながら,「バレエ音楽を聴くような感じがあるなぁ」と思いました。

第3楽章は,ちょっとひっかかりのあるワルツ。中間部のザワザワ感の後は,各楽器の細かいニュアンスの変化を楽しむことができました。

第4楽章も自然体の演奏。落ち着きと安心感に溢れた「運命のテーマ」が弦楽器で美しくくっきりと演奏された後は,とてもスムーズで流れの良い演奏。ここでも,特にコーダの部分を中心に金管楽器が要所要所で気持ちよく音楽を盛り上げてくれました。気持ちよく歌うトランペット,パケラさんの「見せるティンパニ」と相俟って,音楽がじわじわと熱くなり,最後は「ダダダ・ダン」としっかりと終了。

アンコールでは,グリーグの「過ぎた春」が演奏されました。「あたたかな雰囲気の中でクールダウン」といった心地よい演奏でした。

8月20〜24日にかけて,3つのオーケストラを次々と聞く贅沢をさせてもらいましたが,この日の演奏は,その締めに相応しい聞きごたえと楽しさのある演奏でした。コロナに加え,長雨続きだった今年の8月で最大の楽しみをプレゼントしてもらった感じです。全国のオーケストラを応援する「オーケストラ・キャラバン」企画,コロナ感染拡大の中,色々と大変だったと思いますが,関係者の皆様に感謝をしたいと思います。ありがとうございました。

(2021/08/26)