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岩城宏之メモリアルコンサート
2021年9月4日(土)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) 外山雄三/能登舟こぎ唄(1999年度OEK委嘱作品)
2) ヘンデル/歌劇「エジプトのジュリオ・チェーザレ」〜征服者の手にエジプトを
3) モーツァルト/歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」序曲, K.558
4) モーツァルト/歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」, K.558〜アリア「恋は悪戯っ子」
5) モーツァルト/歌劇「後宮からの逃走」序曲, K.384
6) ベルリオーズ/劇的物語「ファウストの劫罰」op.24〜「燃える恋の思いに」
7) ハイドン/交響曲第100番ト長調Hob.I-100「軍隊」

●演奏
秋山和慶指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:三浦章宏)
小泉詠子(メゾ・ソプラノ)*2,4,6



Review by 管理人hs  

9月になりオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の新シーズンが始まりました。定期公演の開始に先立ち,毎年,この時期に行われている岩城宏之メモリアルコンサートが石川県立音楽堂コンサートホールで行われたので聞いてきました。



当初,指揮者はマルク・ミンコフスキさんの予定でしたが,コロナ禍の影響で再来日はかなわず,秋山和慶さんが登場しました。秋山さんは,今年の「楽都音楽祭」では,大阪フィルと「ローマ三部作」の全曲を指揮されるなど,音楽祭全体の「目玉」として活躍されました。その一方でOEKを指揮する機会は意外なほど少なかったので,今回の登場は多くのOEKファンにとっても待ち望んでいたものだったと思います。



この公演のもう一つの注目は,その年の岩城宏之音楽賞受賞者が登場することです。今年は,石川県津幡町出身のメゾ・ソプラノ,小泉詠子さんが登場しました。小泉さんはOEKの色々な公演で既に何回も共演されている方です。ミンコフスキさんが指揮したロッシーニの「セビリアの理髪師(演奏会形式)」公演にも出演されるなど,その受賞については全く異存のないところです。



前半は,岩城さんの盟友でもあった外山雄三さん作曲の「能登舟こぎ唄」で始まりました。岩城さんへのオマージュ的な選曲で,意外なほど鋭い響きで始まった後,ホルンが哀感とたくましさが混ざったようなメロディを演奏。良い感じだなぁと思っているうちに...すぐに曲が終わってしまいました。良い曲ではあったのですが,少々短か過ぎて,落ち着かなかったので,もう少し長い曲でも良かったかもと思いました。

その後,小泉さんが登場し,モーツァルトの序曲を2曲挟んで,3曲を歌いました。

小泉さんは,まず,カストラートが歌ったというヘンデルの歌劇「エジプトのジュリオ・チェーザレ」の中のアリアを歌いました。シュッとした声の感じがとても気持ちよく,この曲の持つ,爽やかな祝祭感にぴったりだと思いました。コロラトゥーラも心地良く,涼やかに勝利をたたえる曲となっていました。

モーツァルトの歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」のアリア「恋は悪戯っ子」では,凜としたたたずまいと暖かみのある声で,とてもノリの良い歌を聴かせてくれました。クラリネットの活躍する楽しい曲でしたが,音楽の流れの上に軽やかに言葉が乗っているのが良いなぁと思いました。

前半最後に歌われた,ベルリオーズ「ファウストの劫罰」の中のマルグリートのアリアは初めて聞く曲でしたが,しっとりとした湿度のある雰囲気から,次第に熱い熱い思いへと盛り上がっていく感じに魅了されました。この日歌われた曲の中でも特に聴きごたえのある音楽でした。心のときめきを表現するようなオーケストラの演奏も見事でした。

唯一残念だったのは...演奏後,このアリアの冒頭で大活躍したイングリッシュ・ホルンのエキストラだった上原朋子さんを立たせてくれなかった点です。秋山さんが「うっかり忘れてしまった」のに違いないと思いました。しっとりとした音が自然に小泉さんの声につながり,ぴったりマッチしていました。この「ファウストの劫罰」は,中々演奏されない曲ですが,機会があれば,ミンコフスキさん指揮+小泉さんのマルグリートで実演を聴いてみたいものです。

小泉さんの声には,常に密度の高さがあり,きっちり整った歌には安心感が溢れているのが素晴らしいと思いました。

前半では,その他,モーツァルトの「コシ・ファン・トゥッテ」「後宮からの誘拐」の序曲も演奏されました。それぞれに充実した演奏で,無理のないテンポ感からズシッとした手応えを感じさせてくれました。

「コシ」では,弦楽器によるがっちりとした伴奏音型の繰り返しの上で木管楽器が瑞々しくおしゃべりを続けるようでした。実に味わい深い演奏でした。

「後宮からの誘拐」には,後半で演奏されるハイドン「軍隊」交響曲と全く同じ,大太鼓・シンバル・トライアングルの「鳴り物3点セット」が入るのがポイントで,絶好の「予告編」になっていたのが良いアイデアでした。鳴り物がバランスよく,派手すぎずに入っていたのは秋山さんらしいと思いました。

後半の「軍隊」も,予告編に負けず,大変充実していました。定期公演のメインプログラムに持ってきても相応しいような味と貫禄のある演奏でした。7月末の定期公演では井上道義さん指揮によるハイドンの102番の交響曲を聴きましたが,「ベテラン指揮者のハイドンには独特の味わいがあるなぁ」と改めて感じました。

第1楽章序奏部は大変こってりした雰囲気で始まりました。ていねいで折り目正しいのですが,その中から暖かな情感がにじみ出るようでした。主部に入ると,フルートとオーボエに導かれて,急に可愛らしい雰囲気に一転。どんどん音楽のノリが良くなり,各楽器ががっちりと組み合わさった聴きごたえのある音楽へと盛り上がって行きました。呈示部の繰り返しは行っていました。その後の,すべての音がガッチリと組み合ったような構築感も素晴らしいと思いました。

第2楽章も穏やかにスタート。木管楽器の音に透明感があり,夢の中の世界に遊ぶような伸びやかさもありました。「鳴り物3点セット」の音はとてもバランスが良く,大げさに盛り上げてはいないのに,ズシッと聴かせてくれました。最後に出てくるトランペットの信号の部分は,藤井さんが存在感のある立派な音を聴かせてくれました。

第3楽章のメヌエットは力感溢れる音楽。しっかり踊れそうなテンポ感で,脱力感のあるトリオと鮮やかなコントラストが付けられていました。

そして軽快さとじっくりとした味が両立したような第4楽章。その中から上機嫌な気分がにじみ出ていました。プログラムの解説で,飯尾洋一さんは,「ネタの念押しのように,最後,軍楽隊の楽器が再登場」,と書かれていましたが,確かにその表現どおりだと思いました。分かっているけど,鳴り物が出てくると嬉しくなりますね。改めて,「実に親切な曲だなぁ」と思いました。最後はしっかりと盛り上げ,ゆとりを持って終了。

ハイドンの「軍隊」については,大げさに演奏しなくても,十分に盛り上がるし,余裕のある演奏の方が,ユーモアが漂う,といったことを知り尽くしたような秋山さんの指揮ぶりでした。

というわけで,やや演奏時間的には短かったものの,通常の定期公演と同様の充実感のある演奏会でした。

PS. 協賛企業は例年通り,北陸銀行さんで,開演に先立って,小泉さんへの授賞式がありました。こちらも例年通り,北陸朝日放送のテレビ収録も入っていました。
 

(2021/09/10)