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NHK音楽祭2021未来へ:オーケストラ・アンサンブル金沢
2021年10月9日(土)17:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲
2) モーツァルト/ピアノ協奏曲第23番イ長調, K.488
3) (アンコール)ラフマニノフ(E.ワイルド編曲)/春の流れ op.14-11
4) モーツァルト/フルートと管弦楽のためのアンダンテ ハ長調, K.315
5) モーツァルト/交響曲第29番イ長調, K.201
6) (アンコール)武満徹/3つの映画音楽〜ワルツ(「他人の顔」)

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-6,奥井紫麻(ピアノ*2-3),松木さや(フルート*4)



Review by 管理人hs  

NHKが毎年秋頃に行っている「NHK音楽祭」の開幕公演を,石川県立音楽堂で聞いてきました。登場したのは,井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)でした。従来は,海外からの著名アーティストやオーケストラが東京のNHKホールで演奏するという音楽祭でしたが,コロナ禍の影響が続いている中,今年は全国各地のオーケストラが全国各地で演奏するという形になりました(今年の8〜9月にかけて日本オーケストラ連盟が行っていた「オーケストラ・キャラバン」と似た感じでした)。その開幕公演が金沢で行われました。



プログラムは,序曲,協奏曲,交響曲から成る,オール・モーツアルトプログラム。OEKが最も頻繁に取り上げてきた,得意のレパートリーでした。

最初に演奏されたのは,OEKが過去何回も演奏してきた,「フィガロの結婚」序曲。ただし,大半はアンコールとして演奏されて来た印象の強い曲なので,コンサートの最初に聴くのは意外に珍しいことかもしれません。井上道義さんが元気よくステージに登場し,オーケストラの方に振り向いた途端に開始。息をつかせぬ音の流れ,しっかりとパンチを聞かせた爆発力。「正しいフィガロ」という感じでした。



今回は「NHK全国放送」の収録も入っていましたので,井上さんの「顔の表情」もいつも以上に豊かでした。今回,久しぶりに1階席の前の方の席だったので,特にその辺がよく分かりました。OEKの音の方も,ファゴットの対旋律がくっきり聞こえてきたり,各楽器の精緻さがとてもよく分かったり,いつもと違った音な音の動きを楽むことができました。

続いて奥井紫麻(おくい・しお)さんというまだ17歳のピアニストが登場し,ピアノ協奏曲第23番を演奏しました。私自身,今回初めて名前を知った方だったのですが,既に国際的な注目を集めている方で,今回のNHK音楽祭に抜擢されました(そもそも今回の音楽祭は,「未来へ」というキャッチフレーズで,各回に「若手ピアニスト」が出演すします。)。

演奏前は,テレビ収録用にピアニスト用のカメラを念入りにチェックしていました。オーボエの入らない珍しい曲なので,演奏前のチューニングはクラリネット。初めて聴くピアニストを迎える期待感と合わせて,演奏前は「いつもと違う」心地良い緊張感が漂いました。

第1楽章,OEKの柔らかで端正な音でスタート。その後,奥井さんの混じり気のない無垢な音がすっと入ってきました。奥井さんは,白いドレスを着ていましたが,演奏もそんなイメージで,良い意味で「子どものような音だな」と思いました。しかし,曲が進むにつれて,どんどん内面の世界に入っていくような奥深さが出てきました。技巧は堅固で,荒っぽい音はなく,少し陰りを持ったような弱音が随所で出てきました。暗さはあるけれども,ウェットな感じにならないところに,奥井さんのセンスの良さを感じました。

この曲のカデンツァは,モーツァルト自身が書いているので,それ以外のものを聴くのはとても珍しいのですが,この日のカデンツァは初めて聴くものでした。暗く沈む詩的な気分があり,「もしかしたら奥井さんのオリジナル?」と思いました。カデンツァ演奏中,井上道義さんが間近でじっと奥井さんの演奏を見つめていたのが印象的でした。

この内向的な感じは,第2楽章も同様でしたが,奥井さんのピアノからは,表情の何とも言えない優しさと静かな強さが感じられました。端正な美しいタッチから,複雑な感情がにじみ出るようででした。OEKの方は,一瞬,木管楽器から変な音が聞こえてきてドキッとする部分はあったのですが,共感に満ちたバックアップを聞かせてくれました。第3楽章は,速めで軽快なテンポでスタート。柔らかさとキレの良さを自在に使い分け。,OEKと一体となった自然な闊達さがありました。流れの良い音楽が一気に流れていって,軽快に終了。大変よくこなれた演奏でした。

演奏開始前は,ちょっと「不敵な落ち着き」といった表情を見せていた奥井さんですが
,演奏後はとても自然な笑顔になりました。「やはり17歳だな」とその表情を見て再確認しました。

現在,奥井さんはロシアで勉強されているということで,アンコールではラフマニノフの作品が演奏されました。その最初の音を聞いて,会場の空気が「ロシアだ!」という感じに変わりました。そして,和音の透明感が素晴らしいと思いました。今回,1階席のややサイドで聞いていたこともあり,音がダイレクトに聞こえてこない感じもあったのですが(もう少し音量があった方が良いかもと感じました),今後どのように成長していくのかが大変楽しみなピアニストだと思いました。

後半はOEKのフルート奏者,松木さやさんがソリストとして登場し,フルートと管弦楽のためのアンダンテが演奏されました。松木さんの実力は,OEKファンならば誰でも知っていますが,まさに王道を行くような堂々とした演奏でした。これ以上何を望む?世は満足じゃという感じでした。本当に頼もしい奏者だと思います。

ムラがなく,たっぷりとした落ち着きのある演奏からは,健康的な気分だけでなく,自然な哀感も漂っていました。幸福な時間を端的に表現したらこんな感じなのかもしれないですね。「魔笛に魅了された動物たち」という感じで,聴いていました。

演奏会の最後は,交響曲第29番。この曲でも井上さんは振り向きざまにも演奏をスタート。慌てないテンポ感だけれども,そこには,井上さんの「この曲が好きでたまらない」といったことがしっかりと伝わってくるような熱さが籠っていました。井上さんが古典派の交響曲を指揮するときは,基本的な骨格はオーソドックスでありながら,自然に「思い」や「ユーモア」が滲み出てきます。全楽章を通じて,井上さんの人間味が伝わってくるような素晴らしい演奏でした。

第1楽章冒頭,コントラバスの音がぐいっと聞こえてきました。これは1階席ならではの迫力ですね。この日はアビゲイル・ヤングさんがコンサートマスターということで,滑らかに流れる部分と繊細に聴かせる部分のメリハリが特にくっきりと描き分けられていました。そして,演奏全体のテンションが高かったですね。

第2主題で気分が変わる部分での井上さんの幸せそうな表情。そして,しばらくすると音楽がパッと爆発。表情の変化が豊かな音楽にそのまま結びついているような演奏でした。

第2楽章は落ち着きがあるけれども遅すぎないテンポ。抑制された静かな美しさが見事でした。平和を音で表現したらこんな音楽になるのではという演奏でした。楽章の最後,オーボエがピシッと出てくるところがあり,個人的に大好きなチェックポイントなのですが,この部分で井上さんはスーツの襟を整えるような指揮の動作をされていました。まさに,加納さんのオーボエを聴いて襟元を正すという感じでしょうか。

第3楽章は軽く流れる浮遊感のある音楽。トリオでの滑らかなロングトーンと好対照を作っていました。この浮遊感を維持したまま,エネルギーに溢れた推進力のある第4楽章へ。この曲はホルンの高音が続出する曲ですが,この楽章でも高貴な音を聞かせてくれた金星さんの演奏もお見事でした。井上さんとOEKとの長年のつながりを感じさせるように,慌てすぎない余裕がベースにありながら,要所要所で音楽に熱く火が付くような演奏でした。曲の最後の部分での輝きのある鮮やかさもお見事でした。

最後にアンコールを演奏されました。この日の公演は,11月7日にEテレで全国放送されるのですが,その辺を意識してか,井上&OEKの十八番といっても良い,武満徹の映画「他人の顔」のワルツが表情豊かにうねるように演奏されました。井上さんは,「顔」を押さえるような動作や踊るような動作で指揮をされていましたが,まさにそんな音楽になっていました。そしてこの演奏は,やはりアビゲイル・ヤングさんのリードの力も大きいですね。音がうねっていました。演奏後,井上さんとヤングさんはしっかりと握手(例の「拳骨」ではなく,本当の握手)をされていました。

終演後,オーケストラが全員引っ込んだ後,井上さんだけが呼び戻されました。OEKの音楽監督として,金沢の音楽文化を豊かにしてくれた井上さんらしさを存分に楽しむことのできた公演でした。



金沢駅の新幹線ホームから見える「目立つ部分」には,ミンコフスキさんに加え野村萬斎さんが登場していました。


もてなしドームの下のタペストリーも野村萬斎さん。


金沢フォーラスの方に行ってみると,ロフトと無印良品オープンの案内。


コロナ禍の中,店の方もあれこれ変動しているようですね。

(2021/10/17)








音楽堂内には,「NHK音楽祭」のフラッグが多数飾られていました。