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ソナタの夕べ:原田智子&小林道夫
2021年10月12日(火)19:00〜 金沢市アートホール

モーツァルト/ヴァイオリン・ソナタ ト長調,K.379
シューベルト/ピアノとヴァイオリンのためのソナチネ第2番イ短調, op.137-2, D.385
ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第10番ト長調, op.96
(アンコール)ベートーヴェン/ロマンス へ長調, op.50

●演奏
原田智子(ヴァイオリン),小林道夫(ピアノ)



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢のヴァイオリン奏者,原田智子さんと小林道夫さんのピアノによる演奏会を金沢市アートホールで聴いてきました。金沢市アートホールは,しばらく改装工事をしていたこともあり,来るのは本当に久しぶりのことでした(調べてみると約2年ぶり)。



原田さんと小林さんは以前にも金沢で共演をされたことがありますが,今回のプログラムは,モーツァルト,シューベルト,ベートーヴェンによる,ヴァイオリンとピアノのためのソナタ3曲という大変楽しみな内容。私自身,原田さんのヴァイオリンの落ち着いた音がとても好きなので,「これはぴったりに違いない」と思い,今回の公演に臨みました。

今回のもう一つの大きな期待が,小林道夫さんのピアノでした。小林さんは,岩城宏之さんとほぼ同世代ということで,何と今年米寿ということになります。ただし,ステージ上の姿はこれまでと全然変わらないと思いました。この「ずーっと変わらない,ずーっと活躍している」という点で,指揮者の秋山和慶さんと双璧だと思います。

演奏された曲は,モーツァルトのソナタ ト長調,K.379,シューベルトのソナチネ第2番イ短調,ベートーヴェンのソナタ第10番ト長調ということで,ト長調の曲の2曲の間にイ短調の曲が入るというシンメトリカルな構成でした。モーツァルトもベートーヴェンも最終楽章が変奏曲形式という点も共通。3曲とも華やかに盛り上がるというよりは,親密さやしみじみとした情感を感じさせる点に魅力があり,プログラム全体を通じた統一感がありました。

そして,お二人の演奏も,そのとおりの演奏。心にしみる演奏をじっくりと楽しむことができました。原田さんも小林さんも,一見クールな印象がありますが,一音一音を非常に大切に演奏されており,曲に対するリスペクトがしっかりと伝わってきました。原田さんのヴァイオリンの音には,甘く感傷的な感じは全くなく,どこかストイックな感じがします。どの部分にも一本筋が通った強さがあると同時に一人一人に語りかけてくるような親密さがあります。そして常に自然体で落ち着きがあるのが素晴らしいと思います。小林さんのピアノも派手な感じはなく,落ち着いたムードでしっかりと原田さんを支えていまいした。堀朋平さんによるプログラムの解説も,とても分かりやすく,深い内容を持ったもので,原田さんの演奏の雰囲気にぴったりでした。

モーツァルトのヴァイオリン・ソナタは,第1楽章ト長調で始まった後,途中でト短調に変わるのですが,原田さんのヴァイオリンからはその陰影の濃さが伝わってきました。静かなドラマという感じでした。

第2楽章は変奏曲形式。小林さんのピアノだけによる変奏があったり,軽快になったり,ピツィカートが出てきたり...この楽章でも,大げさでないけれども静かなドラマが流れていくなぁと思わせてくれました。この「静かな大人の対話」という感じが最高でした。

ちなみにこの楽章を聴きながら,「ピアソラの「ブエノスアイレスの冬(多分)」の最後の方に出てくる,古典的なの雰囲気の部分とそっくり」と感じました。何にも書いてないので自信はないのですが...この曲のパロディなのかもしれないですね。

2曲目のシューベルトは,「ソナチネ」という名前ですが,4楽章からなるしっかりとしたソナタです。第1楽章の冒頭,スパッと切るような厳しさのあるヴァイオリンで開始。途中出てくる,シューベルトらしい「優しい音楽」が耳に染みました。第2楽章はシンプルな落ち着いた歌。静かな日常がずっと続くような音楽,最近こういう音楽に強くひかれています。

第3楽章冒頭,一度,「フライング(?)」があり,「仕切り直し」になりました。それでも2人は全く動じず迫力と表現力に溢れたメヌエットを聴かせてくれました。中間部の謎めいた感じが良かったですね。第4楽章は哀愁の感じられる音楽でしたが,甘く歌いすぎることはなく,じっくりと聴かせてくれました。

演奏会後半は,ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第10番。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタについては,「第9番」という因縁の番号ということもあり,「クロイツェル」で打ち止め...と勘違いしそうですが,しっかり第10番もあります。今回の演奏を聴いて,この曲の魅力を改めて実感しました。

プログラムの解説(直筆楽譜の写真入りという素晴らしさ)では,第1楽章冒頭のトリルについて「この日のプログラムでいちばん息をのむ瞬間」と書かれていましたが,まさにそんな感じでした(解説にそう書いてあったからこそ感じられた面もありますが)。原田さんの演奏する,静かで落ち着いたトリル。素晴らしかったです。この平常心の音楽が曲が進むにつれて段々と大きな音楽に成長していく感じも良いなぁと思いました。このトリルは楽章の最後の方にも出てきて,堂々と締めくくっていました。

第2楽章はピアノとヴァイオリンが一体になった心に染みる音楽。耽美的でありながらしっかりとコントロールされた,独特の息の長さのある音楽でした。第3楽章のスケルツォもじっくりと聴かせてくれる音楽でした。

第4楽章は,上述のとおり,1曲目と対応するような変奏曲。ここでも慈しむように音楽が進んでいきました。そしてこの部分では,ベートーヴェンの後期のピアノ・ソナタに通じるような「心からの静かな歌」が感動的でした。こんなに良い曲だったのだ,と初めてこの曲の魅力を感じ取ることができました。最後は,テンポアップして終了。

アンコールでは,ベートーヴェンのロマンス ヘ長調が演奏されました。アンコールにしては,やや長めの選曲でしたが,原田さんのヴァイオリンにしっかりと「情」がこもっていて,大変聞き応えがありました。そして,ピアノ演奏だけの部分もかなり長く(通常はオーケストラが演奏する部分ですね),小林さんの堂々たるピアノのしっかり楽しませてくれました。最後の方,存分に歌い上げる感じが見事でした。

今回の演奏会を通じて,原田さんと小林さんの作る音楽を聴きながら,やりたい音楽を集中してやり尽くしているなぁと感じました。今回のような,ちょっと控えめな感じのするけれども,こだわりのあるヴァイオリン・ソナタ3曲といったプログラムは,金沢で聴く機会は少ないのですが,原田さんには是非この路線で,今後もリサイタルを行っていって欲しいと思います。期待をしています。

PS. 久しぶりの金沢市アートホールですが,ステージの雰囲気は以前と全く同じでした。トイレなどは照明が明るくなった印象でした。また,このホールで色々な器楽や室内楽の演奏会を楽しんで行きたいですね。

(2021/10/17)






座席は1席を空けて座る形になっていました。