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ルドヴィート・カンタ チェロ・リサイタル
2021年11月20日(土)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) 成田為三/浜辺の歌
2) ショスタコーヴィチ/チェロ・ソナタニ短調, op.40
3) パーレニーチェク/コラール変奏曲
4) フランク/ソナタ イ長調
5) (アンコール)サン=サーンス/歌劇「サムソンとデリラ」〜 あなたの声にわが心は開く
6) (アンコール)グルック/歌劇「オルフェウスとエウリディーチェ」〜「精霊の踊り(メロディ)」
7) (アンコール)滝廉太郎/荒城の月
8) (アンコール)ドビュッシー/美しい夕暮れ
9) (アンコール)作曲者不明/チェロ・ソナタの中の1つの楽章

●演奏
ルドヴィート・カンタ(チェロ),沼沢淑音(ピアノ*2-9)



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の名誉楽団員でもある,ルドヴィート・カンタさんのチェロリサイタルを石川県立音楽堂コンサートホールで聴いてきました。共演は前回同様,ピアニストの沼沢淑音(よしと)さんでした。カンタさんと沼沢さんは,数年前から意気投合し,前回のリサイタルの時は,プロコフィエフとラフマニノフのチェロ・ソナタというロシア〜ソ連の作曲家の作品を取り上げました。今回も最初に演奏された作品はショスタコーヴィチのチェロ・ソナタということで,「ロシア・シリーズ」完結といった趣きがありました。

まずこの日の公演は,カンタさんの衣装に注目でした。今年6月,カンタさんが「加賀友禅特使」に就任したことを受け,特製陣羽織を着て登場されました。とても決まってました。第1曲の前に,この陣羽織をデザインした加賀友禅作家の古泉良範さんがステージに登場してあいさつをされました。石川県をイメージした洗練されたデザインで,クラシック音楽にもマッチしていました。これからもこの衣装を着て演奏されることも増えるかもしれませんね。

最初に,特製陣羽織へのお礼のような形で,お馴染み「浜辺の歌」がチェロのみで演奏されました。この曲は,カンタさんはとてもよく演奏されていますが,今回は(どなたの編曲かは分かりませんが),「浜辺の歌によるパラフレーズ」といった趣きのある編曲版でした。静謐さと同時に大らかさのある演奏で,やさしい音がホール内に気持ちよく響いていました。



その後,沼沢さんと共演によるコンサートになり,ショスタコーヴィチ,パーレニーチェク,フランクといった聴きごたえのある作品が演奏されました。

最初に演奏されたショスタコーヴィチのチェロ・ソナタを実演で聴くのは,私自身2回目です。改めて個性的かつ魅力的な作品だなと思いました。

第1楽章には憂いとロマンに満ち,2人がじっくりと対話するような雰囲気がありました。カンタさんのチェロからは,しっとりとした音が無理なく広がっていました。甘い憧れをさりげなく表現した感じの第2主題が特に魅力的でした。

楽章の中盤から後半に掛けては,秘めていた思いがひたひたと盛り上がるよう。沼田さんのピアノのクールさの中に熱が篭もっているような雰囲気もロシア音楽的だと思いました。楽章の最後の部分は,非常に不気味な雰囲気。この日のプログラムの曲目解説の中で,深夜,ショスタコーヴィチがチェリストのロストロポーヴィチを呼び出し,一緒に黙って酒を飲んだという,とてもロシア的なエピソードが書かれていましたが,この部分からはそういう味わいを感じました。

第2楽章は,ショスタコーヴィチならではの狂気が漂うようなスケルツォ。弱音器を付けたチェロの速い動きも特徴的でしたが,カンタさんはそれを平然と演奏。第3楽章はカンタさんのちょっとくすんだような味わい深い音がホール内に染み渡っていました。最後は,沼沢さんのピアノと一体になって,時間が止まってしまいそうな弱音を聴かせてくれました。

第4楽章もまた,ショスタコーヴィチならではの,ちょっと人を喰ったようなシニカルなユーモアが漂っていました。飄々と演奏するカンタさんに加え,ダイナミックに音が爆発したり,急速に音階を上下するような沼沢さんのピアノが冴え渡っていました。

2曲目に演奏された,チェコのピアニスト・作曲家パーレニーチェクの「コラール変奏曲」は,カンタさんこだわりの1曲です。この曲も以前にカンタさんの演奏で聴いた記憶がありますが,最初から最後まで充実した響きとアイデアに溢れた作品であり,演奏でした。

変奏曲ということで,色々なタイプの音楽が次々と登場しました。主題は鐘をイメージした音楽ということで,カンタさんのチェロも沼沢さんのピアノも朗々と鳴っていました。

変奏の方は,軽快な雰囲気で始まった後,焦燥感のあるチェロが高音で動くような部分があったり,厚く盛り上がった後,静かな祈りが続くような部分があったり,全く退屈しませんでした。ピアノ独奏による可愛らしい雰囲気の部分,チェロによるカデンツァ風の部分など,個々の楽器の聴きどころも沢山ありました。全曲を通じて,カンタさんの気力が乗り移ったような演奏が特に素晴らしいなと思いました。

後半は,フランクのソナタが演奏されました。オリジナルはヴァイオリン・ソナタですが,チェロでもよく演奏される,名曲中の名曲です。ヴァイオリンで聴く時よりは落ち着いた雰囲気にはなりますが,各楽章の魅力がさり気なくかつ十全に表現されており,「秋に聴くフランク」といったしっとりとした美しさが溢れていました。

第1楽章の最初の部分は,沼沢さんピアノで開始。妙に色っぽい雰囲気があり,それをカンタさんのチェロがさりげなく,しかし,しっかりと受け止めていました。この曲はピアノのパートも難しいと言われていますが,沼沢さんのピアノは万全でした。第2楽章の冒頭の鮮やかなパッセージを受けて,カンタさんも気力が充実したスピード感溢れるノリの良い演奏を展開。しかし熱くなりすぎることはなく,基本的に平然としているのがカンタさんの格好良さですね。

第3楽章はカンタさんの朗々とした音で始まった後,声高になりすぎない2人の対話が続きました。全体に溢れる高貴な気分が素晴らしいと思いました。そして,第4楽章へ。この楽章でも,ヴァイオリン版で聴くよりは落ち着いた気分が支配し,しっとりとした雰囲気で2つの楽器が絡み合っていました。それでも音楽が進むにつれて,音楽の輝きが増し,楽章後半では,2人ががっぷり四つに組んだ,堂々たる音の構築物が出現していました。そして,最後の速いパッセージ。沼沢さんの鮮やかな演奏で全曲が締められました。

盛大な拍手と,恒例の「お酒」のプレゼントに応えて演奏されたアンコールは5曲。この「アンコール大会」もすっかりお馴染みとなりました。当然のように次から次へと演奏されました。今回は弱音器を付けて演奏する美しい作品が続々と登場。

アンコール1曲目は,今年没後100年のサン=サーンスの歌劇「サムソンとデリラ」の中の有名なアリア「 あなたの声にわが心は開く」。弱音器付きによる霞みがかかったような雰囲気が最高でした。

アンコール2曲目もオペラの一部で,グルックの歌劇「オルフェウスとエウリディーチェ」の中の「精霊の踊り(メロディ)」。こちらにも美しくもはかない気分が漂い,人間の肉声で聴くような歌心を感じました。

アンコール3曲目は,沼沢さんのソルフェージュの先生によるアレンジ版による「荒城の月」。カンタさんもよくアンコールで取り上げている作品ですが,落ち着いた気分でじっくりと歌い込まれていました。

アンコール4曲目は,ドビュッシーの「美しい夕暮れ」。この曲は前回のカンタさんのリサイタルでも演奏されましたね。言うことなしの十八番だと思います。

アンコールの最後は...曲名を聞き損ないました。何かのソナタの3楽章と言っていたと思います。曲の雰囲気としては,サン=サーンスのような感じ。軽快で生き生きとした音楽が広がっていました。

というわけで,休憩時間も含めると2時間15分を越える長い演奏会になりましたが,カンタさん,沼沢さん共に気力の充実した,堂々たる内容の演奏会を堪能しました。

(2021/11/28)









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