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オーケストラ・アンサンブル金沢第448回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2021年11月24日(水)19:00~ 石川県立音楽堂コンサートホール |
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1) ベートーヴェン/「エグモント」序曲, op.84
2) ハイドン/交響曲第101番ニ長調 Hob.I-101「時計」
3) ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲ニ長調, op.61
4) (アンコール)ベートーヴェン/ロマンス ヘ長調, op.50
●演奏
秋山和慶指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:町田琴和)
前橋汀子(ヴァイオリン*3-4)
秋山和慶指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)とヴァイオリニストの前橋汀子さんが共演する定期公演を聴いてきました。
当初,プログラムはハイドンの交響曲第101番「時計」が後半でしたが,前橋さんが演奏するベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲が後半に来る形に変更になっていました。この日は,前橋さんとの共演の方をライブ録音していましたので,その都合もあったのかもしれません。
前橋さんがOEKの定期公演に出演するのは今回が初めてのことです。私自身,前橋さんの演奏を聴くのは...恐ろしいことに...30数年ぶりです(多分)。1980年代後半,前橋さんが石川県立美術館のホールで,バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータを数回に分けて全曲演奏するという素晴らしい企画があったのですが,それ以来だと思います。いずれにしても,前橋さんが協奏曲を演奏するのを聞くのは今回が初めてでした。

前橋さんは鮮やかな赤のドレスで登場。スター奏者の貫禄十分でした。ただし,久しぶりに聞く前橋さんの演奏については,技術面では30数年前と同じというわけには行きませんでした。ヴァイオリン独奏の入りの部分からつまづく感じ。高音部の音程も不安定で,速いパッセージでは...という具合で特に第1楽章はかなり不安な内容でした。
その中から,鋭い音で,ベートーヴェンの音楽が持つ高貴さに迫っていこうという気概を感じました。じっくりと自由に演奏された第2楽章を聴きながら,ヴァイオリン1本で半世紀以上第一線で活躍してきた,孤高の境地のようなものを感じました。ちなみに,カデンツァは,定番のクライスラーのものを使っていました。枯れた感じのない,ベートーヴェンに立ち向かっていくような演奏でした。
私自身も,それなりに人生経験を積んできていることもあり,最近,高齢者の生き方に関心があります。体力の衰えに応じて枯れていく生き方もあれば,全盛期と同様の高みを目指し続けるという生き方もあると思います。結局は,どういう生き方をしようが自由なのではと思っています。本日の前橋さんの演奏はパーフェクトではありませんでしたが,自身のやりたいことはやり切っていたと感じました。全盛期と同様の気迫で,キリっとした鋭い音をベースに長大な作品を弾き切った点に敬意を表したいと思います。
前橋さんの演奏を,どっしりと受け止めていた,秋山さん指揮OEKのバックアップも素晴らしかったと思いました。第1楽章冒頭のティンパニ,それに続くオーボエと...全曲を通じて中庸のテンポ感でくっきりと堂々とした音楽を聴かせてくれました。
その後,アンコールとしてベートーヴェンのロマンス ヘ長調が演奏されました。曲目的には,ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲とのカップリングで録音するための選曲に感じました。速めのテンポで,少々走り気味。個性的というよりは,やや気まぐれな感じの演奏に思えました。

前半に演奏された,ベートーヴェンの「エグモント」序曲とハイドンの「時計」交響曲は,秋山和慶さんならではの非常に安定感のある,バランスの良い演奏でした。
「エグモント」序曲の最初の音を聴いた時,室内オーケストラとは思えない,厚みとずしっとくる膨らみを感じました。主部に入っても慌てることはなく,じわじわと迫力をまといながら,音楽が盛り上がっていくのが快感でした。途中,クラリネット,フルート,オーボエなどが音をつないでいく部分のくっきりとした清冽さも印象的でした。カラッとしているけれども重みのあるティンパニの響きは,曲全体の骨格をしっかりと支えていました。ホルン(4本でした)による力強い響き後の決然とした区切り。それに続くコーダでの率直な盛り上げ方など,さすが秋山さんという聴きごたえのある序曲でした。
ハイドンの「時計」交響曲も素晴らしい演奏でした。秋山さんとOEKのハイドンについては,9月に「軍隊」の素晴らしい演奏を聴いたばかりでしたが,番号的にも「続き」である今回の101番でも,期待どおりのハイドンの世界を楽しませてくれました。古典派交響曲の持つ「姿の美しさ」や「品格の高さ」を自然に感じさせつつ,オーケストラの音がしっかりと鳴りきった迫力や輝きのある華やかさを味わうことができました。
第1楽章の序奏部はじっくりとした貫禄のあるテンポ。その中に明快な瑞々しさが漂っていました。主部になっても慌てることはなく,自然体の音楽がスーッと耳に入って来ました。展開部などでの,きっちりと模型を組み立てていくような実直な感じも曲想にぴったりで,端正さと力強さを兼ね備えた,これぞハイドンという演奏になっていました。
第2楽章は,やや速めのテンポで,くっきり正確に弾むようなリズムを聴かせてくれました。若々しく健康的な感じがあり,大らかさも感じました。きっちりとしているけれどもデジタル時計という感じではなく,正確なアナログ時計という趣きでした。楽章の途中では,松木さんのフルートの清々しい演奏が印象的でした。ハッとさせるような間が入った後,力強く楽章を締めてくれました。
第3楽章はガッチリとした,シンフォニックな感じのあるティンパニ入りのメヌエット。落ち着いたテンポ感だったので,高貴な気分と祝祭感が漂っていました。この楽章の中間部でも松木さんのフルートの落ち着きのある冴えた音が大活躍していました。
第4楽章は自然な起伏のある音楽でした。すべてが理にかなったような過不足のない演奏。すべての音がしっかりと鳴る心地良さと安定感を感じました。緻密に整理された展開部に続くコーダでは,気持ちよく開放された祝祭感を味わうことができました。常にクオリティの高い音楽を楽しませて続けてくれる秋山さんの指揮ぶりをみながら,「やはり,今年のコンダクター・オブ・ザ・イヤーは秋山さんかな」という思いを強くしました(今回もそうでしたが,OEKには2回代役での登場。それに加え,春の「楽都音楽祭」では3公演に登場という大活躍でした)。
今回の公演は,長年日本のクラシック音楽界を支えてきた2人による公演でした。キャリアの長さについては共通点はありましたが,演奏の内容につては,ある面,対照的でした。色々な点で忘れられない演奏会になりました。
PS. 前橋さんの協奏曲演奏を聴いた記念に,ホール内で販売していた前橋さんのCDを購入し,直筆サイン入りのカードをいただきました。CDは,エッシェンバッハと共演した,モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ集です。

(2021/12/02)
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