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宮谷理香デビュー25周年記念ピアノリサイタル〜未来への前奏曲
2021年12月3日(金)18:30〜 北國新聞赤羽ホール

第1部 ピアノソロ〜未来への前奏曲
1) バッハ,J.S./平均律クラヴィーア曲集第1巻〜第1番前奏曲ハ長調, BWV.846
2) ショスタコーヴィチ/24の前奏曲とフーガ op.87〜第1番ハ長調
3) ドビュッシー/前奏曲集第1巻〜野を渡る風,亜麻色の髪の乙女
4) ラフマニノフ/前奏曲嬰ハ短調,op.3-2「鐘」
5) ショパン/24の前奏曲 op.28〜第20〜24番

第2部 対談:小林仁,宮谷理香「私たちのショパンコンクール」

第3部 弦楽六重奏版ピアノ協奏曲
6) ショパン(小林仁編曲)/ピアノ協奏曲第2番ヘ短調, op.21(ピアノ+弦楽六重奏版)
7) (アンコール)ショパン/ノクターン第20番嬰ハ短調遺作「レント・コン・グラン・エスプレシオーネ」

●演奏
宮谷理香(ピアノ),水谷晃,中川和歌子(ヴァイオリン*6),松実健太,村松ハンナ(ヴィオラ*6),江口心一(チェロ*6),加藤雄太(コントラバス*6)



Review by 管理人hs  

金沢市出身のピアニスト宮谷理香さんの「デビュー25周年記念ピアノリサイタル:未来への前奏曲」が北國新聞赤羽ホールで行われたので,聴いてきました。実は石川県立音楽堂では,楽都音楽祭秋の陣公演でオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の演奏会も行われていたのですが,「デビュー25周年」「前奏曲尽くしの前半」「後半は弦楽六重奏との共演によるショパンのピアノ協奏曲第2番」といった点に強く惹かれ,こちらを選ぶことにしました。





宮谷さんは,1995年のショパン国際ピアノコンクールで5位入賞後,1996年に金沢でデビュー・リサイタルを行いました。「あれから25年になるのか」という感慨を持ちつつ,最初に演奏されたバッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻第1番の前奏曲を聴いてびっくり。おおっと思わせるほどゆったりとしたテンポで開始。物憂げな気分で始まった後,少しずつ目が覚め,日が差してくるような独自の世界観。深く沈潜する雰囲気は,これまでの宮谷さんの演奏にはなかった境地では,と感じました。プログラムに書かれていた宮谷さんの文章や当日の会場でのトークでは,「コロナ禍の影響」についても語られていましたが,コロナ禍後の世界に向けて,ゆっくりと立ち上がっていくような前奏曲だったのではと感じました。

1曲目の後,ほとんどインターバルなしで,同じハ長調のショスタコーヴィチの24の前奏曲第1番が演奏されました。バッハと連続して演奏しても全く違和感なくつながるのが面白かったですね。最初は可憐で清潔な感じだったのですが,段々とショスタコーヴィチらしく,ちょっとひねった気分が加わってきました。ここでも次第に意味深な気分が加わり,後半は「物思うフーガ」といった落ち着きが感じられました。

その後,宮谷さんのトークが入ったのですが,ほぼ満席状態の客席を見て,感無量といった風でした。宮谷さんの両親が金沢出身で,北國新聞社とも縁があることなどが紹介された後,ドビュッシーの前奏曲集第1巻から2曲が演奏されました。「野を渡る風」では,じっくりと曲の世界に入り込んでいくような気分と機敏な音の動きとが両立していました。「亜麻色の乙女」の方は,最初のバッハ同様,最初の音のタメがとても大きく,ここでも物思いふける乙女といった風情でした。

ラフマニノフの前奏曲「鐘」は,ここまでの曲よりも壮大さがありましたが,宮谷さんの演奏にはふやけた感じはなく,ぎゅっと引き締まったクリアさを感じました。深さと同時に堅固さのある「鐘」でした。曲の後に残る余韻も鐘の音の残像を聴くようでした。

前半最後は,ショパンの24の前奏曲から,20番以降の最後の5曲が演奏されました。まず,20番ハ短調ですが,ラフマニノフの「鐘」嬰ハ短調の直後で聴くと,結構似ているなぁと思いました。弔いの「鐘」の後の葬送行進曲といった,しみじみとした強さを感じました。続く21番は変ロ長調ということで,じっくりと歓喜を噛みしめるような,全く別の空気に変わりました。その後も暗い切迫感のある22番ト短調,ほっと一息つく22番ヘ長調と,長調と短調が交互に出てきます。その曲想のコントラストが特に面白く感じられました。最後の24番ニ短調については,ばったりと倒れてしまいそうな壮絶な雰囲気の演奏もありますが,宮谷さんの演奏は深刻になりすぎず,毅然として未来に立ち向かうような感じでした。

というわけで,これだけ色々な作曲家の前奏曲が並ぶと,宮谷さん自身が,自らの発想で新たな「前奏曲集」を再構成しているような面白さを感じました。一貫していたのが,宮谷さんのピアノのタッチの磨かれた美しさとその音楽の持つ芯の強さでした。

トークの中で宮谷さんは,「コロナ禍の閉塞感におおわれた時期を力を蓄えるための時間ととらえている。今回演奏する前奏曲は,その後に続く未来への前奏曲です」といったことを語っていました。今回の前奏曲集の演奏からも,そのことが伝わってきました。25周年に続く,これからの宮谷さんの演奏活動がますます楽しみになる前半でした。

後半は小林仁さん編曲による,ショパンのピアノ協奏曲第2番の弦楽六重奏との共演版が演奏されました。その前に行われた,小林さんと宮谷さんによる「スペシャル対談」と名付けたくなるような対談も興味深いものでした。宮谷さんは1995年のショパン・コンクールで5位,小林さんの方は1960年のショパン・コンクールで入賞。宮谷さんが出場した1995年は小林さんが審査員だったという因縁があります。「ショパン・コンクール今昔」といった感じで,次々と面白いエピソードが出てきました。特に次の2つのお話が面白いと感じました。
  • 1995年の宮谷さんの演奏については,技術的に全く問題がなく安定感があり,「ショパンにはまっている。良いところまでいくだろう」と感じた。
  • 小林さんは入賞後,非常に高額の賞金をもらったのですが,当時はお金で持ちかえることができず,パデレフスキ版のショパン全集の楽譜を買って持ち帰ったとのことです。こういう話も面白いですね)。
色々なお話を伺いながら,このコンクールが長年,世界的権威のあるコンクールとして継続しているのは,ポーランド市民の「ショパン愛」の大きさの反映なのだなと感じました。


オーケストラ販とは違い,ピアノは弦楽六時重奏の背後に配置

今回のピアノ協奏曲第2番の演奏ですが,オーケストラ伴奏に近い雰囲気と室内楽的な雰囲気とが交錯していたのが面白かったですね。OEKの客員コンサートマスターとしてもおなじみの水谷晃さんを中心とした,初期ロマン派の気分たっぷりの六重奏と宮谷さんの凛としたピアノ。大ホールで聴く協奏曲とは違った魅力を感じました。宮谷さんのピアノからは,正統派ショパンといった「高貴なロマン」を感じました。

第1楽章の出だしは,管弦楽版と同様のしっとりとした気分で開始(ピアノ独奏の時にはあまり感じなかったのですが,弦楽器の音については,このホールの響きは少々デッドかなと感じました)。その後,宮谷さんのピアノが堂々と入ってきました。後半,宮谷さんは赤系(アプリコットのような色)のドレスに着替えていましたが,オーケストラ伴奏版よりも,より音がクローズアップされて「主役」的に聞こえた気がしました。

第2主題には落ち着きと気品がありました。さらに室内楽的なインティメートな絡み合いもあり,圧迫感の強すぎない,サロン音楽風の心地よさを感じました。弦楽六重奏のバランスの良いハモリも美しかったですね。楽章後半などは,可憐な雰囲気が連綿と続く感じでした。そして,ショパンの音楽の魅力の一つである,ポーランドの民族音楽的な気分もより鮮明に伝わってくるようでした。

第2楽章は,じっくりと演奏された室内楽的なノクターンでした。弦楽器の重奏による薄くモヤがかかった中にピアノの音がキラキラと加わってくる感じが,とても自然で美しかったですね。中間部は,弦楽器による鮮やかなトレモロなどを中心にシリアスな気分に変わります。オリジナルでは管楽器が演奏する部分も弦楽器で演奏していましたが,その雄弁な表現も面白いと思いました。

第3楽章からは,軽快さと憂いとが合わさった,硬質の美しさを感じました。宮谷さんのピアノは,速いパッセージでも乱れることはなく,生き生きとした気分と同時に落ち着きを感じました。この楽章では弦楽器のコルレーニョも注目です。大変軽快で,民族舞曲の気分がしっかりと,そして少し哀愁を交えて伝わってきました。

楽章の最後の方で,一旦音楽が終結したような感じになり,オリジナルではホルンの信号が入る部分も印象的ですが,今回はヴィオラが演奏していました。2人の奏者で分担し,エコーが掛かったような遠近感を感じさせてくれたのが面白かったですね。

その後は軽快なラストスパート。大変滑らかで軽快な演奏を聴きながら,宮谷さんのトークの滑らかさにも通じる感じがあるなぁと思いました。曲の最後は,「いかにも」という和音で終わりますが,弦楽六重奏版だと管弦楽版よりも,かなりこじんまりとして,慎ましい雰囲気になるのも面白いなと思いました。

宮谷さんも小林さんもショパンコンクールに出場した際は,第2番を演奏したとのことですが(今年,インターネットで観たコンクールの様子を考えると,お二人ともファイナルまで進んで協奏曲を演奏していること自体,「すごいなぁ」と感じました),特に弦楽六重奏版にぴったりの曲だと思いました。

アンコールでは,2番の後ではこの曲しかない,というノクターン遺作が磨かれた音でじっくりと演奏されました。少しステージの照明が落とされる中,協奏曲の余韻を味わいながら演奏会は締められました。

今回の前半のプログラムは宮谷さんの新譜CDの選曲と重なっていましたので,25周年のご祝儀のような感じで会場でCDも購入。宮谷さんの直筆サイン入り色紙が特典として付いており,良い記念になりました。今回の演奏を聴いて,宮谷さんの演奏には,さらに深みが加わったのではと感じました。アフターコロナ(そう呼べるように早くなってほしいですが)の時代にも宮谷さんも応援していきたいと思います。



PS. 小林さんと宮谷さんのトークの中で,「弦楽六重奏版」を編曲した経緯も紹介されました。
  • 2010年,ショパン生誕200年の年に,ポーランド大使館からの「何かやって欲しい」という要望で,ショパンのオーケストラ伴奏による協奏曲以外の4曲について弦楽六重奏とピアノとの共演版を編曲
  • 弦楽六重奏にしたのは,ホールのキャパシティの問題
  • その後,「せっかくなら協奏曲も」という声にこたえ,協奏曲2曲も編曲し,好評を博す。
  • 小林さんが編曲した6曲全部を演奏する公演の反響も大きかった
と言う具合で,是非,他の編曲版も聴いてみたいものだと思いました。


終演後,ホールの外から上を見上げると...宮谷さんの後ろ姿が見えました。

(2021/12/10)





25年前のチラシが我が家に残っていました。「金沢市民芸術ホール」というのは当時の名称で現在は「金沢市アートホール」になっています。